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国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

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----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

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国際結婚した友達に会うと、お仲間としていろいろ話の共通項があって楽しい。

そんな話題の中でも、これはけっこう永遠のテーマであーる。


なに?って、それは・・・

でさぁ、私たち、死んだらどーなるんだろうねぇ?

っていう。


これまでの人生のダイジェスト版を走馬灯のような感じで見て、その後、光のトンネルを抜けると、生前に親しかった人たちやあの世にいる親族がお迎えに来て・・・・・

とかいう、そういう観点の話じゃなくってですね、墓ですよ、墓。
この浮き世の最後の面倒事だよねこれ。


死んだらどこに埋まるの?墓どうすんの?どーなんの?って、すっごい国際結婚の盲点じゃないですか?



だいたい西洋では個人個人で墓があるけれど、日本などは一家揃って墓に入る。という時点ですでに話がこじれる香りがする。

まして、私なんてね、フグはインド人じゃないですか。

インド人というか、ヒンドゥー教徒って墓ないんですよ。

つまり、インドにはイスラム教徒とかクリスチャン用の墓地はありますけどね、人口の8割超してるヒンドゥー教徒には墓がない(ある意味、先見の明があったね、この風習。だってさ、人口11億超そうとしてるんだよ、インド。全員に墓用意しなきゃいけなかったら、今頃タイヘンなことになっちゃてたんじゃないの?)。

ヒンドゥー教徒は死んだら遺体を焼いて、遺灰をガンジス川(もしくは付近の川)に流して終わり。

日本のお盆に相当する「死んだご先祖様たちがちょっとだけ帰ってくる期間(ピトル・パクシャ Pitr Paksha)」ってのがあって、毎年(だいたい西洋カレンダーの秋頃の16日間)、その時期にご先祖様供養のような儀式をやったりするけれど、墓とか墓参りなんてもんは、ないんです。


まるで信心深くないフグとはいえ、一応ヒンドゥー教徒なんだから、フグが死んだら焼いて骨を川に流すのか??

え?どこの?わざわざ遺灰をインドに空輸?それか、まさかヤラ川(メルボルンに流れてる川)か(笑)?それとも、うちから5分のマリバーノン川とか(笑)!? (ヤラやマリバーノンはまさか冗談。だいたいからして、条例で禁止されてそう・・)。

つーか。フグだけの話なら、んなもんはどうでもいいんじゃ。 わたしゃ、海外在住インド人の死亡関係事情を心配しているのではにゃーーい。

フグの妻は日本人なわけだ。その日本人は、フグとの結婚のために異国の地に来たのじゃ。

それなのに、妻をさしおいて、勝手に自分だけ「あ、オレ、墓なしなんで」で済ませられたら、妻が死んだときにちょっと困るじゃないか。

しかも、いかにも「きみが死ぬ時には好きなようにしたらいいよ」という感じの、ズレた寛容(←世の男という男はこれが大得意だよね)を示されたりまでしそう。


<私は一人でこっちのどこかの墓地に埋まるのだろうか?>


というか、こっちでもよく墓地見かけるけど、あれらはなに?クリスチャンのための墓地なのか?それとも、宗教関係ないの? ほとんどの墓に十字架がデザインされている気がするけど。

それに基本、あれら墓地は、焼かないで埋まってるんだよねえ?

私、なんかやだな、そんなところに埋まるの。周囲と違って私だけ遺灰として埋まるにしても、お隣のウジ虫が私のエリアにやってきそうじゃないですか。

それに、いかにも寒そうだし。こんな寒いメルボルンの土葬衆にまぎれて、ポツネンと埋まりながら上から石乗っけられるなんてさ!

それに、フグはインド人だから墓なし。そのうえ、フグ以外は日本の家族もいないメルボルンに一人埋まるなんて、さびしすぎる。 

死後、孤独の淵に追いやられそう。


<それか、私は夫フグと一緒の方法に処されるのであろうか?>


例えば仮にフグの遺灰が、あまりの汚染度に大腸菌すら生息できない聖なる河であるガンジス川に流されるとしよう。

じゃ、その後、妻である私が死んだら、私の遺灰もガンジス河に流されるのか???

イヤ!それはとてもイヤです。あんな真っ茶色の河なんかに!しかもインドだなんて若者にはいいけど、あそこは老人にはキョーレツすぎる・・・。

死後、疲れそう・・・・。



<それか、私の遺灰は日本に送り返されるとか?>


まず、それは日本的には「出戻り」みたいですよねぇ?

そのうえ、うち、母の死後、まだ墓作ってないんすよ。

それにね、もともと親戚づきあいがろくになかった女が外国に嫁いでウン中年後に、いきなりその女の遺灰が送られてきても、そんなものをなんとかしてくれる人なんて、その頃にはおらんじゃろう。ある晴れた日に、そんなものがフイに届いたら、受け取った人にとっちゃ不気味事件だね、もはや。

あえて言えば老いた妹だと思うけど、あえて言っているだけで、絶対に面倒がられて終わるのが目に見える。

不気味事件になっちゃうなんて、浮かばれない。



<ずっとメルボルンに住んだので、フグと一緒にメルボルンに埋まる>


これなのか、やっぱり?

だけど、ヒンドゥー教徒でもともと墓がないはずの人に墓ができるのは、なんともヘンな気がする。

私がたまたまこちらの墓に埋まるよりもずっと、ヘンな気がする。

私たち二人とも、メルボルンに誰一人親族もいずに二人だけでいることについてたまに考えると、一抹の違和感を感じるんだが、それをそのまま墓まで持っていくってわけか。

死後も根無し草ということ?死後も帰郷に金がかかりそうだね・・・。



と、・・・・・・・・なんかここらへんまで考えて・・・、

でも死んだらもう、どうでもいっか。

と、思うわけだけど(さすがB型じゃろう?)。

死んだらもう、どうでもいいですよね、「こだわるかこだわらないか」のどちらかしかないなら。

もう、俗世とはおさらばなんだしさ。


でもね・・・・・・・「こだわらない」からって、やっぱり「メルボルンに一人ぼっちで埋まる」とか、「ガンジス河流しの刑」とか、「安易な判断されて、なぜだかベトナム人とかナニ人とかに紛れて埋まる」とか、やっぱりイヤな気が・・・。

こだわらないなら、「じゃ、墓なんていらない」方向のこだわりのなさのほうが、まだマシ。な気がする。

散骨とか。そんな感じ?

でもでも散骨っていっても例えばメルボルン沖の海とかに撒かれたら・・・・メルボルンの海は寒そうだし、海流に乗ってうっかり南極に流れ着いたら死後、もう一度寒さで死にそうだし・・・・ブツブツブツブツ(←結局こだわっている?笑)


ま、こればっかしは死んでみないと分からないけどさ!!!



国際結婚して異国で死んだ妻たち、どうしているんだろうね??既にたくさんいるだろうけれど。

特に、宗教がぜんぜん違う夫婦とか。生前、そんなに信心深くなくっても、死んだ時に宗教ってハッキリさせなくちゃならなくなるのが、この世の最後の面倒よね?しかも本人抜きで。

アジア人&西洋人は、個人墓か一族墓か、で必ずつまづくだろうし。

私たちが知らないだけで、もしかして「遺灰」って飛行機でけっこう行き来してんのかね??区アランティーン的には大丈夫なの?(笑)

一度生まれちゃうと、なかなか面倒ね~!この世ってばっ。


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2012.12.22 / Top↑
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