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国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

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----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

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あー、そうだそうだ!

江戸というか江戸っ子と言えば、寅さん(「男はつらいよ」)もあったよねぇ。

ということで、もちろん私は全作見てます!笑。

全48作中半分くらいは2度3度見ている。あれは子供時代から好きだったな。大ファンですわ。


といっても寅さん、もちろん江戸時代の話じゃぁないですけどね、でも、江戸の下町の雰囲気は濃厚に香っている。

サクラやヒロシが洋服だったり、テレビがあったり、タコ社長の工場(こうば)に機械があったりする以外は、江戸時代の一角ってあんなんだったんじゃないでしょうかねぇ。という部分がかなり濃厚にありますよねぇ。

それとかほら、あのフーテンライフスタイルとか、旅暮らしとか、テキ屋とか、テキ屋の口上、あれらは江戸っ子でしょ。何かにつけ刹那的というか、宵越しの金は持たないというところもね。

tora.jpg 



特に寅さんシリーズでは、寅さんなどのセリフが好きです。

有名なのは「よぅ、相変わらず馬鹿か?」とか「てめぇ、さてはさしずめインテリだな?」とかですよね。


そのほか、うまいこというなっていうセリフも多いし、タコ社長に吐く暴言も絶妙。

タコ社長の零細印刷工場に就職のためにやってきた若い男に「あの人はね、近所の不良で気違いだからね、相手にしない方がいい」(つまりタコ社長のこと)とか言っちゃうしさ。

いろんなセリフの言い方がこれまたほんとにいいですよねぇ。

生みの母親に会ったときなんか、「オレゃてめぇなんかに産んでもらいたくなかったい。ひりっぱなしにしやがって、
ひとのことほったらかして雲隠れしやがって」とか言ってますよ。

ひりっぱなし・・・・・(笑)。

あと、一度、寅屋にアメリカ人が下宿してることがあったですよね。マイケルっていう。それをみんなで「マイコさん、マイコさん」て言ってたりしてたのも、ツボ(笑)。



で、その寅さんなんだが。思い出したことが・・・・。


わたし、大学では映像専攻でした。文学部芸術学科映像コースっていう、ナゾな学科でね。映像っていっても、実際に撮影とか映画作りとかするんじゃないんですよ、一応、文学部枠だから。美大とかじゃないから。

ひたすら映像や映画を見ては、分析だの評論だのするっていう学科。それと映像の歴史とか。映像が歴史の中でどんな役割を果たしてきたか、とか(例えばヒットラーは、民衆のマインドコントロールのために、映像やワーグナーの曲をおおいに利用した)。

といってもね、私、典型的な「日本の大学生」だったので、オベンキョーなんて驚くべきしなさぶりで、ろくに授業にも出ませんでした(オトーサンオカーサン、スミマセン。ガクヒハラッテクレテ、マコトニアリガトーゴザイマス)。

でも、いくつか印象に残っている授業もありまして、そのひとつがある日の「日本映画史」。


そこで・・・・・ある時先生が、「好きな日本の映画を一人づつ挙げていきなさい」みたいなこと言って、生徒一人づつ立たせて、好きな日本の映画を言わせたことがあったのよね。

それで前の席から順番に一人づつ「溝口健二のナントカ」とか「小津安二郎の東京物語」とか、「ボクは大島渚ですね、やっぱ」とか言っていたときです。

ある男の子が「山田洋次の男はつらいよ」と言ったんです。

私、内心「あ、同じだ」と思いました。

というか、「同じだ」と思うや否やですよ、先生が突然、キレた。んです。


「それ、本気で言ってんのか!」ばりに、本気で激怒。


はっきりいって、クラス全員が縮み上がったくらいの突然の激怒で、もちろん、なぜだか誰もさっぱりわからない。

訳わからないですよ。何がいけないのか。

二十歳そこそこのいたいけな私たち生徒にとっちゃ、「ねぇ、何があったの?な、な、なにが起きたの・・・・?」みたいな。


で、そこから延々、先生の怒りトークが始まってね・・・・。「男はつらいよ」って言って餌食となった男の子は立ったまま・・・。


かいつまむと、「男はつらいよ」がなぜそこまでイケないのか、という先生の理由は

「男はつらいよ」には思想がない!でした・・・・・・・。



で、この学科に入った以上「男はつらいよ」などという答えを言うのは、学生としての自覚がない!ばりのいいよう。わたしゃ内心、「私の順番が先じゃなくて、ほんとよかった・・・・。血祭りに挙げられるところだったわ・・」と思いましたさ。


「思想がない」という意味、ノータリン大学生だった当事ははっきりとは掴めませんでしたよ、もちろん。今でも、やっぱり完全にはよくわからない。

メッセージ性がない、問題提起がない、スタイル提案がない、革新性がない、というようなことでしょうかね・・・・?


でも・・・・別にいじゃないですかねぇ。いろいろあって。

寅さんだって、普遍的なことなら、山ほど教えてくれますよ。ねぇ。


その先生、けっこう映像研究では有名な人なんだけど、いつも基本ピリピリしてるというか、物腰が柔らかくない人だったんです。

だからその先生、当時、「離婚したばっかり」だか「離婚しそう」みたいなウワサが流れてて、生徒の中では「きっと幸せじゃないんだね」とか言われてました(笑)。若者は残酷

で、大島渚の「絞首刑」とかが大好きでね(「絞首刑」は、挑戦人差別とか死刑制度とか、国家という枠に関するテーマを描いている。はっきりいって重苦しい映画)。誰かが「大島渚が好きです」、とかいうと授業に熱が入っちゃって。


でも確かに、普段の授業は面白かったですけどね。ふぅん、こういう風に見るものなんだ、映画って。みたいなことがなんとなく分かったりして。 ある意味、先生自身のツボに入る映画に関してはとても熱い先生でした。



わたしゃー、寅さん大好きだけどねぇ~。

その後、渥美清も死んじゃったし、江戸の下町情緒が残る街角がますます減っていっている日本。いまや「男はつらいよ」って、けっこう貴重じゃないですか。下町情緒の名残を感じるにあたって。たそがれ時のような存在ですよ。


と、江戸といえば寅さん、寅さんと言えばあのナゾの先生の怒り・・・というふうに思い出したので書いてみた次第。でした。


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2012.12.13 / Top↑
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