国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

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----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

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国際結婚した友達に会うと、お仲間としていろいろ話の共通項があって楽しい。

そんな話題の中でも、これはけっこう永遠のテーマであーる。


なに?って、それは・・・

でさぁ、私たち、死んだらどーなるんだろうねぇ?

っていう。


これまでの人生のダイジェスト版を走馬灯のような感じで見て、その後、光のトンネルを抜けると、生前に親しかった人たちやあの世にいる親族がお迎えに来て・・・・・

とかいう、そういう観点の話じゃなくってですね、墓ですよ、墓。
この浮き世の最後の面倒事だよねこれ。


死んだらどこに埋まるの?墓どうすんの?どーなんの?って、すっごい国際結婚の盲点じゃないですか?



だいたい西洋では個人個人で墓があるけれど、日本などは一家揃って墓に入る。という時点ですでに話がこじれる香りがする。

まして、私なんてね、フグはインド人じゃないですか。

インド人というか、ヒンドゥー教徒って墓ないんですよ。

つまり、インドにはイスラム教徒とかクリスチャン用の墓地はありますけどね、人口の8割超してるヒンドゥー教徒には墓がない(ある意味、先見の明があったね、この風習。だってさ、人口11億超そうとしてるんだよ、インド。全員に墓用意しなきゃいけなかったら、今頃タイヘンなことになっちゃてたんじゃないの?)。

ヒンドゥー教徒は死んだら遺体を焼いて、遺灰をガンジス川(もしくは付近の川)に流して終わり。

日本のお盆に相当する「死んだご先祖様たちがちょっとだけ帰ってくる期間(ピトル・パクシャ Pitr Paksha)」ってのがあって、毎年(だいたい西洋カレンダーの秋頃の16日間)、その時期にご先祖様供養のような儀式をやったりするけれど、墓とか墓参りなんてもんは、ないんです。


まるで信心深くないフグとはいえ、一応ヒンドゥー教徒なんだから、フグが死んだら焼いて骨を川に流すのか??

え?どこの?わざわざ遺灰をインドに空輸?それか、まさかヤラ川(メルボルンに流れてる川)か(笑)?それとも、うちから5分のマリバーノン川とか(笑)!? (ヤラやマリバーノンはまさか冗談。だいたいからして、条例で禁止されてそう・・)。

つーか。フグだけの話なら、んなもんはどうでもいいんじゃ。 わたしゃ、海外在住インド人の死亡関係事情を心配しているのではにゃーーい。

フグの妻は日本人なわけだ。その日本人は、フグとの結婚のために異国の地に来たのじゃ。

それなのに、妻をさしおいて、勝手に自分だけ「あ、オレ、墓なしなんで」で済ませられたら、妻が死んだときにちょっと困るじゃないか。

しかも、いかにも「きみが死ぬ時には好きなようにしたらいいよ」という感じの、ズレた寛容(←世の男という男はこれが大得意だよね)を示されたりまでしそう。


<私は一人でこっちのどこかの墓地に埋まるのだろうか?>


というか、こっちでもよく墓地見かけるけど、あれらはなに?クリスチャンのための墓地なのか?それとも、宗教関係ないの? ほとんどの墓に十字架がデザインされている気がするけど。

それに基本、あれら墓地は、焼かないで埋まってるんだよねえ?

私、なんかやだな、そんなところに埋まるの。周囲と違って私だけ遺灰として埋まるにしても、お隣のウジ虫が私のエリアにやってきそうじゃないですか。

それに、いかにも寒そうだし。こんな寒いメルボルンの土葬衆にまぎれて、ポツネンと埋まりながら上から石乗っけられるなんてさ!

それに、フグはインド人だから墓なし。そのうえ、フグ以外は日本の家族もいないメルボルンに一人埋まるなんて、さびしすぎる。 

死後、孤独の淵に追いやられそう。


<それか、私は夫フグと一緒の方法に処されるのであろうか?>


例えば仮にフグの遺灰が、あまりの汚染度に大腸菌すら生息できない聖なる河であるガンジス川に流されるとしよう。

じゃ、その後、妻である私が死んだら、私の遺灰もガンジス河に流されるのか???

イヤ!それはとてもイヤです。あんな真っ茶色の河なんかに!しかもインドだなんて若者にはいいけど、あそこは老人にはキョーレツすぎる・・・。

死後、疲れそう・・・・。



<それか、私の遺灰は日本に送り返されるとか?>


まず、それは日本的には「出戻り」みたいですよねぇ?

そのうえ、うち、母の死後、まだ墓作ってないんすよ。

それにね、もともと親戚づきあいがろくになかった女が外国に嫁いでウン中年後に、いきなりその女の遺灰が送られてきても、そんなものをなんとかしてくれる人なんて、その頃にはおらんじゃろう。ある晴れた日に、そんなものがフイに届いたら、受け取った人にとっちゃ不気味事件だね、もはや。

あえて言えば老いた妹だと思うけど、あえて言っているだけで、絶対に面倒がられて終わるのが目に見える。

不気味事件になっちゃうなんて、浮かばれない。



<ずっとメルボルンに住んだので、フグと一緒にメルボルンに埋まる>


これなのか、やっぱり?

だけど、ヒンドゥー教徒でもともと墓がないはずの人に墓ができるのは、なんともヘンな気がする。

私がたまたまこちらの墓に埋まるよりもずっと、ヘンな気がする。

私たち二人とも、メルボルンに誰一人親族もいずに二人だけでいることについてたまに考えると、一抹の違和感を感じるんだが、それをそのまま墓まで持っていくってわけか。

死後も根無し草ということ?死後も帰郷に金がかかりそうだね・・・。



と、・・・・・・・・なんかここらへんまで考えて・・・、

でも死んだらもう、どうでもいっか。

と、思うわけだけど(さすがB型じゃろう?)。

死んだらもう、どうでもいいですよね、「こだわるかこだわらないか」のどちらかしかないなら。

もう、俗世とはおさらばなんだしさ。


でもね・・・・・・・「こだわらない」からって、やっぱり「メルボルンに一人ぼっちで埋まる」とか、「ガンジス河流しの刑」とか、「安易な判断されて、なぜだかベトナム人とかナニ人とかに紛れて埋まる」とか、やっぱりイヤな気が・・・。

こだわらないなら、「じゃ、墓なんていらない」方向のこだわりのなさのほうが、まだマシ。な気がする。

散骨とか。そんな感じ?

でもでも散骨っていっても例えばメルボルン沖の海とかに撒かれたら・・・・メルボルンの海は寒そうだし、海流に乗ってうっかり南極に流れ着いたら死後、もう一度寒さで死にそうだし・・・・ブツブツブツブツ(←結局こだわっている?笑)


ま、こればっかしは死んでみないと分からないけどさ!!!



国際結婚して異国で死んだ妻たち、どうしているんだろうね??既にたくさんいるだろうけれど。

特に、宗教がぜんぜん違う夫婦とか。生前、そんなに信心深くなくっても、死んだ時に宗教ってハッキリさせなくちゃならなくなるのが、この世の最後の面倒よね?しかも本人抜きで。

アジア人&西洋人は、個人墓か一族墓か、で必ずつまづくだろうし。

私たちが知らないだけで、もしかして「遺灰」って飛行機でけっこう行き来してんのかね??区アランティーン的には大丈夫なの?(笑)

一度生まれちゃうと、なかなか面倒ね~!この世ってばっ。


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2012.12.22 / Top↑
インドの特徴のひとつとして、

地方の過疎化がまったく進んでいない

というのがある。

そりゃーもう、ぜんっぜん過疎化していないので、田舎へ行っても、もっと田舎へ行っても、閑散とするどころか、ますます活気が溢れていたりする。

まぁ、ある意味、とても健康な社会だと言えよう。国全体をひとつの体にたとえたら、毛細血管の隅々までちゃーんと代謝しているというか。だから人々は、小さいコミュニティの中でいまだにものすごーーーい濃いシガラミに巻きに巻かれて生きているのであり、そのシガラミの濃ゆさは過疎化をも阻むほどなのである。みたいな。

だから、「フグの実家はすっごい田舎町」と聞いても、「閑散としている」とか、「人もまばらで他は野っ原」とか、「さびれている」などと思ったら、それは想像間違い

日本やオーストラリアのような国での意味で、「田舎町」をイメージしてはならんよ、キミタチ。

ちなみに、オーストラリアも都市部はやたらインド人が多いけれど、メルボルンってシドニーと違って、エリート系じゃない(つまり技術系移民じゃない)インド人がすごい多いんです。タクシーの運ちゃんとか、夜中のピザ屋のバイトとかしてる人たちです。

彼らの大半は、想像以上にほんっとーーーーーーに「村」とか田舎町出身です。え?あんなところから・・・的な場所。でも、そこはいくら田舎だからって、やっぱり「閑散」とかしてる場所を想像してはいけない。

だいたいインドの田舎の町は、ワラワラワラワラと無限に湧いてくるかのように人がいて、ヤギやブタや牛も路地裏に溢れてて、サイクルリキシャ(自転車タクシー)やらオートリキシャ(三輪タクシー)がやたらめったらクラクションを鳴らしながらむやみやたらにたくさんいる感じです。とにかく、良くも悪くも賑わっていて、庶民生活満開!


旅行者的観点から言えばですが、だからインドの旅は面白いのです。


さて、で、フグの実家のある町も、かなーーり田舎町です。コルカタ(カルカッタ)からコトコト電車で13時間くらいの町。

その町はネパールとの国境まで60キロくらい、ブータンとの国境までも60キロくらい(といってもここからブータンへは入れないけれど)、バングラディッシュとの国境は25キロくらい。そういう妙な場所。


で、どのくらい田舎なのかと申しますと。

町の交差点の信号が手動なんでございます。


交差点のド真ん中にね、へんな小屋があって、その小屋ん中におっちゃんがいるの。で、そのおっちゃんがなにやら、時々ボタンを押しているわけ。

今時のテレビのリモコンとかエアコンについているボタンみたいな、モダンな感じのボタンを想像しちゃいけませんよ。なんかもっと、レトロな。小学生んときに見たウルトラマンとか太陽戦隊サンバルカンとかで出てきそうな、昭和っぽいボタンです。


でね、おっちゃんがチャイ片手にそのボタンを押して、信号を赤にしたり青にしたりしてるわけ。その小屋もさ、なんか、おっちゃんの友達とかが来て勝手に一緒に座っていたりとか。

だからある意味、いつ赤になるか青になるかは、おっちゃんにかかってるわけですよ。おっちゃん、時間を測って押してるのか、交差点の様子みて判断してるのか、それは定かではないですけれど。

なにしろ田舎のインド人だから、絶対、「おっと青するの忘れてた」とかいって一分とか余計に待たされたりしてそう。それに、赤信号で止まってるスクーターに知人でも発見したら、「へっへっへ。アイツがいる。よし、ちょっと青はおあずけにしてやろう」とかやってそうな気がしません?おっちゃんとその友人のじゃれあいに巻き込まれる人々、みたいな。いや、私の妄想だけど、けっこう信憑性ありだと思ってます。


ほか、もちろん電車の踏み切りの遮断機も手動。それに電車用信号なんて、もっと面白い。昼間は旗でお知らせ。夜になると旗が見えないから、今度はランタンを使う。それは中が空洞になってて窓がついてる箱でね、赤いガラス板がセットなの。

densha.jpg 
↑昼間は人間が旗でお知らせ。
densha2.jpg 
↑夜はこれ。左のランタンの中に火をともし、窓から漏れる光を赤いガラス板に透かす仕組み。昔は日本だってどこだって、こうだったんだろうねぇ。


それにそのくらいの田舎だと、銀行に行ったりしたって、アナタ、もう熱気ムンムンですごいごった返しですよ。みんないまだに、小切手とか持ってきて、キャッシュおろすのもいちいち、手帳持ってきて窓口でやるから・・・・。で、誰も並ばないし、いちいち職員の業務が遅いからそれでいとも簡単に2時間とか待つ。天井には、巨大な扇風機(この世のものとは思えないほどの埃が付着している)がブンブン回ってて。

で、待ってるとだね、一番貧しい系の女性とかがおどおど近づいてきて、なにやら紙渡されたりとか、色とりどりのハプニングに尽きない。なんだと思うこれ?これは、「字書いて」ってこと。

インド、まだまだ識字率低いから(とくに田舎行くと)、字の読み書きできない人がたくさんいる。でもそんな彼らでもコツコツと銀行にお金を貯めるわけ。

で、「今からこんだけ預けるから」みたいにして、お金見せられて、それで紙(つまり預金申請の紙)渡されて、「申請用紙を書いてくれ」っていうの。でね、彼女らも自分の名前だけ書けたりするの。名前のところにはこの名前書いて、って。そのために、自分の名前だけ図柄として覚えてたりするのよね。で、その「今から預金する」という金額が50ルピー(120円くらい)とかだったりする・・・。


でも、インド、今、高度経済成長まっただ中だから、いきなりそういう田舎にも、コツゼンとエアコン完備のピッカピカの今風の銀行が登場したりもする。「隣り合う店の様子に、50年以上の開きがあるよ・・」みたいな光景、いまのインドのそこかしこで見られるんです。


だから、一年半ぶりに里帰りしたフグだけど、その街がその間にどのくらい発展したかは分からない。

高度経済成長の一年半が経ったんだから、ものすごいいろいろ発展したかもしれない。でも、都市部と田舎の開きがまだまだ天と地の差ほどあるインドだから、一年半じゃ何も変わってないかもしれない。どちらも、大いにありえるわけ。

だから私、昨日電話で聞きましたよ。

で、アナタんとこの町、どうよ?発展の具合は?と。


そしたら、まだ交差点は手動、だって。


クックック・・・・(笑)。


フッ、そうか。あいかわらず田舎だな
(↑ドラマ「結婚できない男」の阿部寛の言い方とニヤリ顔で)


と、つい、ほくそ笑んでしまった私です。
 
ついでに、「人口が増えすぎてて、どこも混んですぎ」だって・・・。ますます過疎化しない方向(笑)。

ima.jpg 
↑実家ソファでくつろぐフグ。ポイントはフグの左側に見える日本人形じゃ!前回、二人で行ったときにおみやげとして持っていったんですよ・・・・。


ところで、そう!話がいきなりものすごい変わるけど、わたし、ドラマ「結婚できない男」にゾッコンです。

あのドラマが好きで好きで、好きで好きでたまらない。いつか自由なお金が入ったら、ぜひともDVD全巻買いたい!と決めている。

フグがいないのをいいことにここ1週間、YOUTUBEな日々送っているんですが、現在「結婚できない男」がYOUTUBEで全編見られるようになっていて(しかも一話ごと細かく途切れることなく見れて、CMカットまでされている)、一気に全部見直しました。

もう見るの3度目か4度目なんだけど、見ている間中、ニヤニヤが止まらないくらい、楽しかった。あのドラマ、私のツボに究極にハマるんです。


以前探したときには、断片的にしか見れなかったので、チャンスですよーー。いつまた削除されちゃうかわからないですもんね。

いま、全編見れるようになっているやつは、ローマ字で「けっこん できない おとこ」と打つと出てくるやつで、その中の、なぜかイタリア語字幕がついているやつです。エイキチ・オニヅカさんて人がアップしているやつ。

 
クリスマスに一人の人とか、オススメよ~っ。


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2012.12.21 / Top↑
jofu.jpg 

↑ フグマザー。フグってね、父親にぜんぜん似てないの。その代わり、母親に激似。はっきりいって私、「老けたフグがサリー着て女装してる」ようにしか見えないんです、この写真とか・・・・。



さて、フグの実家エリアのことについて書いたついでなんだけど。

そういえばフグってインド人だけど、もっと厳密に言うと、

「Made in India, Made of bangladeshi」なんですよ。

(Bangladeshi バングラデーシーというのは、バングラディッシュ人て意味です)


つまり、フグはインドに生まれたのでインド人だけど、原材料はバングラディッシュDNAなんれす。


インドらへんの歴史についてなんか、普通、初歩の予備知識もないのが普通だろうし、私だって初歩的知識しか知らないんですけれどね。

ほらインドってイギリスが支配してた時期があるじゃぁないですか。英領インド時代。

でも、その後、世界中が第一次&第二次世界大戦でゴタつきはじめ、インド国内もそのあれやこれやに、いろいろ巻き込まれて、やたらゴタゴタしてですね、そんな頃あのカンジーが登場したりしまして、イギリスから独立してやる!という方向に気運が高まる。

だけど、国内のゴタゴタの中には「ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立」っていうのがあった。たぶん、どうせイギリスがまたヘンに煽ったりしたんじゃないですか、それを。いろいろ統治するにあたっていいようにインド民衆を操ろうとしたわけですよ、なにしろ当時の世界で勝ち誇りまくってた大英帝国様ですから。

だけどインド人たら、そうそう一筋縄では行かない民。ガンジーまで登場しちゃって。それで、なんだか国内がすっげーこじれちゃった、みたいな。

で、私と来たら歴史の話の99%くらいを勝手に省いているに違いないけれど、イギリスはインド統治に挫折し、とにかくインドは1947年にイギリスから独立するわけです。

だけど。

特に「ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立」が面倒なことになっていた東西のエリアはインドではない別のイスラム国家として独立したんですよねぇ。細かい経緯とか知らないんだけどさ。

その東西のエリアが、現在の地図で見てインドの左上にあるパキスタンと、インドの右にあるバングラディッシュなんでございます。


(といっても、現在のパキスタンとバングラディッシュは最初はひとつの国として独立し、1971年までは、ひとつの国でした。1971年にそれがさらに2つに分かれて、現パキスタンと現バングラディッシュになったんです)。


で、最初の1947年のイギリスからの「分離独立」ん時に、(つまり、どうせイギリスから独立すんなら、ついでにインドとも分かれてイスラム国家として独立しーよっとっていう話のとき)

それまでヒンドゥー教徒イスラム教徒が入り乱れていた現在の国境付近の住民が、あわてて「そんならうちは、ヒンドゥー教徒なんでインド側に行かなきゃ」とか、「え、うち、イスラムだからそんならバングラディッシュ側に行かなきゃ」っていう事情に巻き込まれたわけ。

現在インドになったエリアにいたイスラム教徒はあわてて現在のバングラディッシュ側に行ったり、現在のバングラディッシュあたりにいた人たちがあわてて現インドに流入。

もちろん政治的思惑とかも渦巻き、「この際とにかくとりあえずインド側に行ったほうが絶対いい」とか、その逆とか考えた人もいたようなので、みんながみんな素直に宗教ごとにきっぱり分かれたってわけでもないみたいですけど、おおまかにいうとそういうこと。インド側に流入した人のほうが、ダンゼン多かったみたいです。

で、現インドに大量の現バングラディッシュ側の人が流入したわけですが、みんな、土地やビジネスを捨てて、着の身着のままで来たんだとか。


そして、そういう人々の息子がフグなわけ。


詳しく言うと、フグのお父さんは子供んときにバングラディッシュから一族でインド側に流入。フグのおかぁさんは、一族がバングラディッシュからインドに流入したあとに生まれた。

というと、「フグさん珍しいんですね」と思うかもしれないですけどね、珍しくもないんです。当時、ほんとうに大量に流入したみたいですから。


で、そういうインド人てね、やっぱり「先代がバングラディッシュから来た」ってのは、そうそう言いたくないみたいだけれど、いざそういう話になるとたいてい言うんですよねぇ。「うちはバングラディッシュにはこんなデッカい土地持ってて、ビジネスでもけっこう成功してて・・・・」という話。まるで、日本版「うちは平家の落人の末裔でねぇ・・・」っみたいな。

いや、とはいっても、日本の平家の落人の末裔話は信憑性がさっぱり分からないですけど、バングラディッシュから流入話はついこの間のことですので、ウソじゃないんだろうけどね。

でも、遠い目をして「うちもバングラディッシュにおっきな土地持ってたんだけどブラーブラーブラー」というのがはじまると、ちょっと「あー、はいはい。土地ですよね、うん、捨ててきちゃったんですよね」と思ったり(笑)。

まぁ、そういう歴史のゴタゴタの結果、フグの両親は実はけっこうバングラディッシュな方々。なんです。
 
フグやフグの両親も言ってましたよ、「バングラディッシュにはおっきな土地があって、どううのこうのだったんだけど、ぜーんぶ捨ててきちゃってetc....」みたいなこと(笑)。


でも、政治的な国境が無理矢理ひかれちゃっただけで、ちょっと前まではバングラディッシュなんて国もなければ、そこに国境もなかったんだから、「実はバングラディッシュ人なんです」とかいうのも、またヘンなんだけどね。

とにかくフグ、もともとは、現バングラディッシュあたりの人々の血なんですよ、どの地方の血かっていう話になると。

おおまかな話すると、ユーラシア大陸って東へ行けば東へ行くほど、人々の顔は薄くなるでしょ?

ベンガル(バングラディッシュというのは、ベンガル人の国っていう意味です)ってインドでも一番東にあるから、やっぱりフグの顔ってインド人にしては若干薄めです。

日本人に比べたらもちろん濃いけどさ。なにしろ日本人は、ファーイーストだしねぇ。




というか、私の記事はなんでこうも長くなってしまうんでしょうね、いちいち。

これでもあと半分くらい話が続きたいところをあえて止めているんでっせ。

スマフォとかで読んでるとエンドレスか?っていう長さだよね・・・・・すんまそんっ・・・。


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2012.12.18 / Top↑
水曜にフグがインドへ経った日の夜、私はあの記事に書いたとおり、「たくさんは飲みません」と誓いつつ、待ち焦がれていた「夜の一人晩酌」をしたわけであります。実に充実した夜更かしをいたしました。

実際、ワインをコップ2杯しか飲まなかった(それだけしかなかったし・・・)です。

が、次の日、朝起きて、なにげに冷蔵庫開けたら、冷蔵庫にポテトチップスが入っていました・・。


酔っていたってわけじゃないけどさ~(そんなんで酔うわけないじゃん)、よほどゴキゲンだったらしいね、わたしってば。てばてばてば。


そしてそれから連日、夜更かしの楽しいこと! もう4日連続夜中の2時3時就寝しているという始末。

ああ、フグとの清く正しい「11時就寝」生活に慣れたつもりでいた私だったけど、それは自分を押し殺していただけだったのね!!

スーパー夜型人間(夜21時ころから夜中の2時くらいまでが、最も精神が充実する)の血はまったく絶えていなかったのであーる。



実は現在、自分だけですすめている、あるプロジェクトがあってね。予想していたよりも数倍も骨が折れるということが発覚しつつあって、なんだか大変なことになってきたなぁ・・・・なんて思っているところ。ほとんど趣味道楽のようなものだけど、でも、なんとかして将来的にささやかな仕事になればと思っているので、絶対にやり遂げようと思っているわけ。

それって、「一人になって、まとまった時間、もくもくと集中する」ということを要するものなんです。それが、フグが帰郷した途端にそれまでの5倍速で、はかどっている。


100人中100人が「アナタ、昼間、たっぷり時間があるでしょう」と言うでしょうね。

だけど、昼間いくら時間を与えられても、心身の「心」のほうが、どーーしてもフラッフラッフラッフラしてね。つまり「気が散漫」というやつですよ。

はっきり言って、昼間の時間なんか「使って」って、渡されても困る。まして、「夕方には夫が帰る」という状況が余計に、落ち着かなくさせるんであります。何を用意するわけでも、きれいに家をピカピカに磨くわけでも、すばらしい料理を作るわけでもないのに。

それにフグって、固いのはサイフのヒモだけで、あとは実にわたしに寛大(というか、あまりそこらへんは何も考えていないので、妻に対する注文や意見も特にないらしい)なので、フグが悪いわけでは全くない・

とかなんとかボヤいてみたけれど、「抑えられていたスーパー夜型人間の血」の大噴出に、我ながら驚いているほど、毎日、夜が楽しくってしょうがないこの4日間。 ほら、アメリカのイエローストーン国立公園とかで吹き出てる間欠泉あたりを、イメージとして想像していおただければいいと思います。

毎日youtube見ながら、枯渇していたあらゆるものを埋めるのも、たのちー。


あ、ピピー!(←警告の笛の音)、だからといって、「また独身に戻りたい」とかじゃーないんで、カミサマ、そこ聞き間違わないように。 「ならば、オマエの願いを聞いてやろう」とか、そういう意地悪もしくはハヤトチリ、ナシで頼みます。


でもなぁ・・・・・。定期的にこういう時間が得られるといいんだけどなぁ・・・。

例えばフグが「なぜか3ヶ月に一度、2週間の出張に行かねばならない仕事」に転職する、とか・・・・(←フグの職種的にそんな可能性ゼロです、ただの妄想です)。


んぬがぁーー!イカンイカン!

わたくしという人間は、なんと、煩悩のカタマリなことか!くぅーーーー。

人間、欲のとどまるところナシですな。

ぎりぎりセーフで売れ残らずにご結婚できたんだから、不平不満を言うな!わたし!。

ってことで、あくまでもこれは、非公式、オフレコの私のツブヤキです。カミサマともども、みな、スルーで頼みますよ。


さーてと。

水曜以降まったく飲まなかったから(だって一歩も外出してないから、家に酒ないし)、今晩あたり、また飲んじゃおっかにゃーー。さっき、すぐそこのハイポイントSCでワイン買ってきたった。グフ。


あらやだ。部屋が想定スピードの倍速で汚くなって、気づいたら既にどっちらかってるわー。

どーでしょ、この散らかりよう。

私が1ヶ月留守にしている間、一度も掃除機をかけなかったフグを責められないわね。


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2012.12.17 / Top↑
むかーし、まだインドに住みに行く前のころだからもう8年くらい前。

東京でせっせと通っていたヨガ教室に、ひょこっと一人だけ、インド人のR君がいた。

そのヨガ教室は、そんじょそこらの軽いノリのヨガ教室ではなく、めっさ濃いヨガ教室で、適当な気分で行ったり行かなかったりなんて態度は断固許されない教室だったので、メンバー同士も時が経つにつれて家族のような連帯感を持つようになる。

そんな中、一人だけR君がチョコンといるのは、かなーーーりR君にとってドギマギする環境だったに違いなかった。場所もマンションの一室だったので、狭い部屋にタンクトップ姿の女子(男のメンバーは非常に少なかった)がひしめくようにいる感じだったので、なおさら。

しかもみんな日本人ってシャイだから、悪気はまったくないけれども、あまりこちらからガイジンにしゃべりかけなかったりする。だからR君は浮いているといえば、かなり浮いていた。浮いたままだった。

英語が得意な人が必要なことだけ告げるけれど、歓談とかにはまるで混じっていなかったR君。

まぁ、いい年した下着のような姿の女子群に巻かれて、そうそう浮かずにいられる男なんて日本人だっていないとおもうけれど(笑)。 (レッスン中はブラジャーも禁止だった)。



そんなR君だったんだけど、なぜか辞めずに地道に来ていた。

やはりインド人だしガイジンだから、「浮いてるかも」とか「なかなか輪に入れない・・・」ってこともまったく気づいていないというか、気にしていなかったのかもしれない。

もしくは、ヨガだけが目的だったので、他のことは気にしてなかったのかもしれない。

もしくはガイジンさんにとっても甘いわれらが師匠が毎回「んまぁ~、Rちゃん(師匠はちゃん付けで呼んでいた:笑)」と言いながらとても気遣っていたのが効いていたのかもしれない。



しかしR君はR君で、大人の男(当時30才くらい)にはあるまじきシャイ加減だったのも事実。

日本語はかなりできるというウワサで、長いお話であったとしても師匠の言うことは、だいたい理解している模様だった。

しかしだ。

いざ、何かの機会に自分が日本語で何かをしゃべらなければいけない事態になると、まるでくすぐられている幼児みたいにウキャキャキャって感じで後ずさりしながら、顔を赤くして上目遣い笑ってごまかすだけなんである。

「なによ、Rくぅーん、しゃべれるんでしょ~?恥ずかしがっちゃって~。アハハハハ」なんて師匠がいじくって、私たちが周りでニコニコ笑ってても、ますます後ずさりして、ヘヘヘ・・・てな感じで顔赤くしてクニャクニャクニャ恥ずかしがっちゃう始末。

でも、はっきり質問すれば短くちゃんと答えてもいたので、やっぱり日本語は普通にできていた。

単に、日本語をみんなの前でしゃべるのが恥ずかしい(ほんとはけっこうしゃべれるくせに)、というだけだったらしい。


というのも。


R君には、「英語でしゃべると、全く別人。はっきりいってキレ者」というウワサがあったのだ。

確かにR君は実はエリートで、アメリカの会社から日本に配属され中という身分だった。しかも、かなり重要なポストらしく、住んでいたのはあの恵比寿ガーデンプレイスお買い物は成城石井のみ、みたいな。

いつでも、キシ!!と糊の効いたブランド物のワイシャツに(つまりシャツは逐一、クリーニング屋に出していた)、ピカピカに磨かれた高そうな靴を履いていた。

はっきりいって、ヨレたお疲れな日本のサラリーマンにあんなのはいない。見るからに、アメリカのエリート臭がプンプンしていた。


しかし、ヨガ教室にいる限りは、とてもとてもそんなエリートだとは思えず、むしろ「ちょっと頭が弱いんじゃないだろうか」疑惑がささやかれるほどで、まるで恥ずかしがり屋さんの幼稚園児のようだった。

ヨガ教室にいた帰国子女何人かだけが、「違うよ、R君ね、ほんとに会社ではスゴい人なのよ。英語だと、はっきりいってデキる人臭バリバリよ!」と言っていて、

私たちみんなは「えー、想像できないねー。ほんとなのーー?」と言っていたのである。



なんで今日、こんな記事を書いているかというとだけど、実は先日、およそ8年ぶり!にR君とフェイスブックで繋がったんである。

代々木のヨガ教室の日々のあとサンフランシスコに戻ったR君、今や、ITだか、コンサルタント会社だかの会社の社長となっていた・・・・。

CEOとして、ビジネスクラスで出張に飛び回るという日々のご様子。

やはり、すごいエリートだったのであーる。

R君の会社のホームページにも、「腕を組んで、やや下方から撮影された」いかにもアメリカのCEO風なR君の写真が出ていた。

そして、オクサンは日本人。R君似の2歳の女の子まで生まれていた。フェイスブックの写真の背景にチラチラ写っている家も、なんともお金持ち風。結婚式の写真も、エリート風だった。こう、出席者がどの人もこの人も、みーんないかにも偉そうな感じ。



そして・・・・今日のオチなんだが。


そうかーー、やっぱりR君はバリバリのエリートだったのだなー・・・と思いながらも、R君の常軌を逸したシャイぶり(オンリー@日本語環境)について思いを馳せていて、私はふいに気がついたのである。

それって、メルボルンでの私じゃん・・・・・。


いや、私は決してエリートではないけれど、まったくもってエリートではないけれど、でもオツムは普通だ。と思う。

だけど、周りのオージーたちは、きっと私に関して「ちょっと頭が弱いんじゃないだろうか」疑惑を抱くに違いない。


何かしゃべりかけると、なぜだかわからないけど薄ら笑いとかしながら後ずさりしてごまかす。やたら恥ずかしそうな決まり悪そうな顔をする。

しかし、英語がぜんぜんできないわけではないっぽい。

実は、ちゃんと英語で書いてあることなども読んでわかっているらしい。むしろ割と英語できているっぽい。

たしかに、はっきり何かを質問すれば、イエスとかノーとか言うし、単語くらいは言う。

しかし、もうちょっとしゃべろうとすると、また薄ら笑いを浮かべて、後ずさり気味にウヤムヤにするだけで終わってしまう。

だいぶ英語は分かっているらしいのに、なにこの子、ちょっと頭弱いのか?

日本ではちゃんと仕事していたらしいんだけどなぁ?



という感じに。

というか、まさに、そう見えていると思う。

R君の場合、たんに恥かしがり屋だっただけかもしれないけれど、私の場合、英文が分かる度と「聞き取る&しゃべる」度のギャップがありすぎることが原因で、R君現象を発症しているな、きっと私。

外国語というものを学んだことのないオージーたち、そして「察する」ということをしないオージーたちにとって、「英語が分かる度と「聞き取る&しゃべる」度のギャップ」という案件なんて、とうてい理解不能な領域である。



今日、確信した。

私はきっと、「ちょっと頭弱い人」に見えている@メルボルン。

なんてご愁傷様なわたしであろう。



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2012.12.16 / Top↑
現在、フグがインドにいるってことで、私も久々にインドを思い出しているここ数日。

私の中では「旅行先としては今でもラブ、インド最高」という位置づけのインドであるが、インド人といざ個人的に付き合うにつれて決まって見えてくるなんともイヤな部分。であるからして、私は実は基本インド人嫌い(一応フグは別)。

矛盾していると言われるでしょうが、インド在住者や、インドくされ縁を持つ者なら誰しもうなずくであろう自分の中の「インド好き、インド人嫌いの共存」。私もその典型的な道筋を辿り中なわけです。

もしくは、全体として、集団としては掴みどころのない「なんらかの魅力・魔力」を持つインドなんですが、中に入り、その全体を構成する個人個人と接すると大変につまらない思いをするインド、という感じもいえるかもね。んー、でもやっぱりうまく言えんな、ここらへんのことは。

まぁそれは置いておいて、

だから、フグが一人でインドに帰るにあたっては、「ああ、ひさびさにインドに行きたいなぁ、あの空気の中に身をおきたいなぁ(旅行者心理)」という思いも湧いているのですが、

やはり、いいです。行きたくないです、「夫の里帰りの付属」としては。

あなたの友達はたとえ親友であろうとも、あなたの恋人ではない。というのと同じでね、「~としてなら大好き」というスタンスは十分ありえる、と思います。
 


私は、好きなようにインド全土を旅行者として駆け抜けまくったインド時代を、秘密の玉手箱にしまいました。たまに独りで開けて懐かしめばいいっすよ。最近のわたしの「現実」のインド(つまり夫がインド人であるという状況に付随するあれやこれや)は、なんだかなぁ・・・ですからねぇ(フグについて「なんだかなぁ」と言っているわけじゃぁごわいませんよ)。



ところで、フグの実家エリア(ベンガル)なんですがね、これまたとてもつまらんのですよ。

インドって広大だから、世界の屋根ヒマラヤエリアやチベット文化圏、マハラジャの王宮がたくさんあるまるでアラビアンナイトの世界のような魅惑の砂漠エリア、ポルトガル風情漂うゴアエリア、バリのような雰囲気のケララなど、いろいろなんです。

そんな中で、やっぱり「たまに夫の帰郷にあわせて帰らなきゃいけない」んであれば、ぜひとも妻としては、旅行的にアドレナリン出る度が高いエリアがよかった。

妻にとっては夫の家族なんて家族ではない。冷たいようだけれど少なくとも、「家族=会うとホっとする、気兼ねなく過ごせる、何があってもバカであっても愚かであっても困っていたら助けてあげたい」みたいなものを意味するのであれば、私のとってフグの家族はそれにはまったく当てはまらない。

夫は「実家に帰る」という一大目的があるからいいだろうけれど、ついていくほうとしては、そんな目的ないし、夫の実家にいたってつまらないだけ、息苦しいだけなので、どうせ行かなければならないのなら、せめて旅行的にも楽しいエリアがいいでしょう?妻も「帰郷」の楽しみが少しは得られるから。

だけどね、フグ実家のエリアは、多種多様千差万別いろんな魅力百花繚乱なインド全土の中でも、私が旅行者の目で見て最も「つまらんな」と思うエリアなんでございます。


それは、インド旅行時代(つまりフグなんかに会うずーっとずーっと前)からそう思っていた。

というのも、そのエリアはあえて言えば、もっとも日本に似ているからなんであります。

そう、日本人にとって「エキゾチックさ」「遠いところまでやってきた感」がもっとも乏しいエリアってこと。

え?どういうエリアかって?

それは、稲作地帯


私の実家周辺もね、けっこう田んぼが広がっているエリアなんだけどね、そっくりよ、そっくり。

日本の田んぼが広がる景色から看板などをマイナスして、その代わりに、ところどころに牛やブタを配置し、頭に薪などを乗せたサリーの女性たちを登場させたら、場所によっては見分けがつかないくらい。

で、稲ができるってことは、気候だって似ているわけですよね。似ているっていったって、相手は年中暑いエリアだけど、稲にとって重要なのはたぶん湿度。フグエリアは日本と同じで、とっても湿潤なエリア。そのことがこれまた、景色や雰囲気や空気感を似通わせる。

真夏の梅雨の晴れ間の、あぜ道に無造作に雑草が生い茂ったようなムンっとした田んぼ地帯を思い出してごらんなさいよそれ、ベンガルの田舎と同じだから。

ショナル・ベンガル(黄金のベンガル)なんていってね、稲穂がゆらめくその豊潤な景色がベンガル人の心の故郷なわけです。

だけど、育った環境が「心の故郷」であることは重々理解するし、私も故郷としての日本の田んぼ風景は好きだけどさ、

ベンガル、日本人の旅先としては、ねみーーーー。
写真撮る気もなかなか起きないという。

ben.jpg 
↑ ほら、例えばこんな。やる気ない写真ですみませんね。カメラは調子悪いわ、つまらないわで、ろくに景色の写真撮らなかったんですよ、フグの実家に行ったとき。


たぶんね、西洋人にとっては逆にエキゾチックなんじゃないかね。彼ら、東南アジアとかの稲作地帯の風景、好きでしょ。うわーーー(遠い場所にやってきたー)って思うんでしょ。


今頃、あの稲作地帯の小川のほとり(フグの家の裏には小川が流れている)で、魚のカレーでも食ってるんであろうな、わが夫。

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2012.12.15 / Top↑
hada.jpg 


現在フグはインド帰郷中なので、この写真は先週撮ったものなんだが。

その日、ヒゲを剃ったあとに、アゴからけっこうダラーっと流血。

本人曰く「吹き出物が出てたのを忘れて(というか、シェービングフォームに隠れて見えなかったし)、それを思い切りスライスした」のだそう。


それでね、探したら、こんな形の絆創膏があったので貼ったわけ。

だけど・・・・・なにかが若干、必要以上に面白い。

丸い絆創膏というのはたしかに面白いが、それ以上に、なにかがすごく面白い気がしたこのエヅラ。



・・・・・・。

・・・・・分かった。

「肌色」がぜんぜん合ってないよ・・・・・笑。



へぇ旦那、おまいさん、目立たないための「肌色」が、思い切り目立ってますぜ。 まぬけっ。



「肌色」、アンタなかなかやるわね~。いいよ、そのピリっとした辛口。どいつもこいつもへりくだって牙を抜かれた今のねむい世の中にとっては、そのくらいの不遜ぶりが逆にすがすがしいよ。

「デブ」を、さしさわりなく言いたい場合「horizontally challenged(水平方向に試練を受けている人)」と言うそうだけど、肌色よ、君はそんなふうにして魂を抜かれないでくれたまえ。

今後もへりくだることなく、その調子でいってね。(というか、コーカソイド用絆創膏、ネグロイド用絆創膏とかあったら、ウ・ケ・る)。



ところで話のポイントズレるけど、このフグの絆創膏だけど、そういえば日本の絆創膏と比べても白っぽいよね?笑

日本のはもうちょっと茶味が濃い気がする。

わたし、インドではケガしなかったのか、インドの絆創膏の記憶がないなぁ・・・。

インドの絆創膏はどのくらいの色なんだろ。あ、少なくともインドの靴下は、妙な色だったよ(笑)。


サリーとかって基本、裸足で着るものでしょ?裸足とサンダルが基本なわけですよ、インドの各種民族衣装は。

だけど北インドの冬はけっこう冷えるから(とても期間は短いが寒い冬がある)、そのときばかりは女性が靴下履く必要が出てくるわけ。

だけど、サリーだしサンダルだし・・。

そういう事情で、冬になるとインドでは足袋型(先っちょが二股に分かれてる)の靴下が出回るんだけどね、あくまでもパっと見は基本の「裸足&サンダル」に見えたい目的から、

へんな肌色なの、ほんとへんな色よ。

例えば日本だったら、いざ「限りなく肌色に近づけろ」というミッションが生じたならば、試行錯誤してほんとうに裸足に見えるような色を実現するだろうけどね、

しょせんインドだから。

なんだかオレンジっぽい濃い肌色、みたいな色。やっすい昔のおばちゃんのファンデみたいな色っていうか。

そうそうそう!こっちで、女の子がときどき、「日に焼けた色」再現する目的で、やたらオレンジっぽいファンデ塗りたくってることがあるでしょ?たぶん男側には内心、「頼むからそれ、やめてほしい」って思われてそうな、あのファンデ。

あの色!あの色をすくませたような色の足袋靴下が出回るの:笑。
 
でさぁ、しかも質がとても悪いから、履いててもなんだかへんに締りがない感じの見た目でね。そういう不気味色の足袋靴下なんですよ。ある意味、北インドの冬の風物詩だね。

ああ、あのぜんぜん洗練されていない感じ、不思議とちょっと懐かしい(わりと本気:笑)。



ちなみにフグ、もちろんこの絆創膏で外出はしてませんよ(笑)。さすがに。

インド人って、ヘタすると白人くらい白い人もいれば、黒光りするほど黒い人までいて、ぜんぜん一概に言えないんだけど、フグはその中間くらい。いや、ちょっとだけ「より黒い寄り」かも。

シティなどで待ち合わすといつも、人ごみに混ざりながら向こうから来るフグを見て「青黒いなー」と思います。
 

何が言いたいのかよくわからん内容だけど、とりあえずすみませんね、麗しさゼロな写真お見せしちゃって!


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2012.12.14 / Top↑

あー、そうだそうだ!

江戸というか江戸っ子と言えば、寅さん(「男はつらいよ」)もあったよねぇ。

ということで、もちろん私は全作見てます!笑。

全48作中半分くらいは2度3度見ている。あれは子供時代から好きだったな。大ファンですわ。


といっても寅さん、もちろん江戸時代の話じゃぁないですけどね、でも、江戸の下町の雰囲気は濃厚に香っている。

サクラやヒロシが洋服だったり、テレビがあったり、タコ社長の工場(こうば)に機械があったりする以外は、江戸時代の一角ってあんなんだったんじゃないでしょうかねぇ。という部分がかなり濃厚にありますよねぇ。

それとかほら、あのフーテンライフスタイルとか、旅暮らしとか、テキ屋とか、テキ屋の口上、あれらは江戸っ子でしょ。何かにつけ刹那的というか、宵越しの金は持たないというところもね。

tora.jpg 



特に寅さんシリーズでは、寅さんなどのセリフが好きです。

有名なのは「よぅ、相変わらず馬鹿か?」とか「てめぇ、さてはさしずめインテリだな?」とかですよね。


そのほか、うまいこというなっていうセリフも多いし、タコ社長に吐く暴言も絶妙。

タコ社長の零細印刷工場に就職のためにやってきた若い男に「あの人はね、近所の不良で気違いだからね、相手にしない方がいい」(つまりタコ社長のこと)とか言っちゃうしさ。

いろんなセリフの言い方がこれまたほんとにいいですよねぇ。

生みの母親に会ったときなんか、「オレゃてめぇなんかに産んでもらいたくなかったい。ひりっぱなしにしやがって、
ひとのことほったらかして雲隠れしやがって」とか言ってますよ。

ひりっぱなし・・・・・(笑)。

あと、一度、寅屋にアメリカ人が下宿してることがあったですよね。マイケルっていう。それをみんなで「マイコさん、マイコさん」て言ってたりしてたのも、ツボ(笑)。



で、その寅さんなんだが。思い出したことが・・・・。


わたし、大学では映像専攻でした。文学部芸術学科映像コースっていう、ナゾな学科でね。映像っていっても、実際に撮影とか映画作りとかするんじゃないんですよ、一応、文学部枠だから。美大とかじゃないから。

ひたすら映像や映画を見ては、分析だの評論だのするっていう学科。それと映像の歴史とか。映像が歴史の中でどんな役割を果たしてきたか、とか(例えばヒットラーは、民衆のマインドコントロールのために、映像やワーグナーの曲をおおいに利用した)。

といってもね、私、典型的な「日本の大学生」だったので、オベンキョーなんて驚くべきしなさぶりで、ろくに授業にも出ませんでした(オトーサンオカーサン、スミマセン。ガクヒハラッテクレテ、マコトニアリガトーゴザイマス)。

でも、いくつか印象に残っている授業もありまして、そのひとつがある日の「日本映画史」。


そこで・・・・・ある時先生が、「好きな日本の映画を一人づつ挙げていきなさい」みたいなこと言って、生徒一人づつ立たせて、好きな日本の映画を言わせたことがあったのよね。

それで前の席から順番に一人づつ「溝口健二のナントカ」とか「小津安二郎の東京物語」とか、「ボクは大島渚ですね、やっぱ」とか言っていたときです。

ある男の子が「山田洋次の男はつらいよ」と言ったんです。

私、内心「あ、同じだ」と思いました。

というか、「同じだ」と思うや否やですよ、先生が突然、キレた。んです。


「それ、本気で言ってんのか!」ばりに、本気で激怒。


はっきりいって、クラス全員が縮み上がったくらいの突然の激怒で、もちろん、なぜだか誰もさっぱりわからない。

訳わからないですよ。何がいけないのか。

二十歳そこそこのいたいけな私たち生徒にとっちゃ、「ねぇ、何があったの?な、な、なにが起きたの・・・・?」みたいな。


で、そこから延々、先生の怒りトークが始まってね・・・・。「男はつらいよ」って言って餌食となった男の子は立ったまま・・・。


かいつまむと、「男はつらいよ」がなぜそこまでイケないのか、という先生の理由は

「男はつらいよ」には思想がない!でした・・・・・・・。



で、この学科に入った以上「男はつらいよ」などという答えを言うのは、学生としての自覚がない!ばりのいいよう。わたしゃ内心、「私の順番が先じゃなくて、ほんとよかった・・・・。血祭りに挙げられるところだったわ・・」と思いましたさ。


「思想がない」という意味、ノータリン大学生だった当事ははっきりとは掴めませんでしたよ、もちろん。今でも、やっぱり完全にはよくわからない。

メッセージ性がない、問題提起がない、スタイル提案がない、革新性がない、というようなことでしょうかね・・・・?


でも・・・・別にいじゃないですかねぇ。いろいろあって。

寅さんだって、普遍的なことなら、山ほど教えてくれますよ。ねぇ。


その先生、けっこう映像研究では有名な人なんだけど、いつも基本ピリピリしてるというか、物腰が柔らかくない人だったんです。

だからその先生、当時、「離婚したばっかり」だか「離婚しそう」みたいなウワサが流れてて、生徒の中では「きっと幸せじゃないんだね」とか言われてました(笑)。若者は残酷

で、大島渚の「絞首刑」とかが大好きでね(「絞首刑」は、挑戦人差別とか死刑制度とか、国家という枠に関するテーマを描いている。はっきりいって重苦しい映画)。誰かが「大島渚が好きです」、とかいうと授業に熱が入っちゃって。


でも確かに、普段の授業は面白かったですけどね。ふぅん、こういう風に見るものなんだ、映画って。みたいなことがなんとなく分かったりして。 ある意味、先生自身のツボに入る映画に関してはとても熱い先生でした。



わたしゃー、寅さん大好きだけどねぇ~。

その後、渥美清も死んじゃったし、江戸の下町情緒が残る街角がますます減っていっている日本。いまや「男はつらいよ」って、けっこう貴重じゃないですか。下町情緒の名残を感じるにあたって。たそがれ時のような存在ですよ。


と、江戸といえば寅さん、寅さんと言えばあのナゾの先生の怒り・・・というふうに思い出したので書いてみた次第。でした。


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2012.12.13 / Top↑
今日からフグは、一人でインドに里帰り。

お昼ごろ、車で空港に届けてきました。そろそろバンコクへ着くころかと(バンコク経由でコルカタへ行くので)。


よく分からないけど、人生初の「南半球一人ぼち子」でございます。

インド時代に、一人旅ってやつはイヤというほど、本当にイヤというほどした私。若者にとって見知らぬ国を一人旅っていうのは、本当に楽しい(当時、わたしは一応、若者でした)。

インドのクソぼろい夜行列車で一人寝た夜合計68泊(インドはどこへ行くのも20時間30時間電車に揺られるんであります)。

けれど、「そういうのは十分にやりました、もうけっこうです」と本気で言える今現在、すっかり「一人見知らぬ国」という状況に弱くなった。

おかしいなぁ・・・・オーストラリアに比べて500倍くらい不安要素があるはずのインドであんなにコワいもの知らずだった私なのに、いまや「一人」って聞くだけで心細い・・・・。お年頃か?


ってなことで、フグを空港に落として家に帰ってから、フグの飛行機が飛ぶ時間くらいまでの数時間、なんだかものすごくセンチメンタルな気分に・・。

うち、空港が近い上に、空港方向にバルコニーがあるので、離陸着陸の飛行機が見えるのよね。で、フグ機が離陸するくらいの時間に、飛行機探して空眺めちゃったりしてね。

キュゥン・・・・。


それから7時間ほどが経った・・・・・・現在、夜の10時半。

ムフフ。

ムフフフ。

ムフフフフフファッ ファッ ファッ ファッ~!!!

ヌッハッハッハッハッハーーーーー!


やはりあのセンチメンタル気分は、ほんの気まぐれの一過性のものだったらしい。

今オレ、一人晩酌! イェーーーーーーイ!


いやー、フグってさぁ、お酒、飲むと言えば少しは飲むけど、あんまり飲まない。

で、私が飲むお酒を勝手に制限するのじゃ、あヤツめ。

だから普段、うちは飲むとして「ワインをコップに一杯づつ」なのであります。というか、「夕食時にワインコップ一杯か、たまーにビールの小瓶一本づつ」という感じの、実に自制の効いた慎ましく清い生活を送っていたのであります。

しかーーーーし。現在、妊娠計画中なゆえ、最近はそれもナシ。

もしも妊娠したら私だって、お酒飲まないようにしようと思うけどさぁ、結局、毎月妊娠してないわーけー。

だけどフグがさ。飲むなと。いやね、ほんと、そういうところは実に「良き夫」なので、そうそう逆らうアレもないわけですよ、私も。

この間もテレビでちょうど「妊娠半年前から酒を控えるべし」的番組やってたし。

だから、最近は「また生理が来ちゃったら、次の排卵日まではちょっとなら飲んでもいいでしょ?」なんていう譲歩案を勝手に作ってね、わたし。

ほんとは、その期間ってタマゴを作ってる期間なんだろうから、まるで理屈が通らないんだけど。男って、女体についてそこまでよく知らないし、よく考えないから、

フグも「まぁ、じゃ、そのくらいなら」なんつってダマされてるわけだけど。

でもでも、「妊娠半年前から酒を控えるべし」的番組も見たことだし、最近は生理~排卵日の期間だって、飲むっったって、その期間(10日くらいとか)でコップ2杯くらいですよ・・。ちゃんと、極限まで自制しております。


だけど、フグが今日から、しばらくいない。


っふふっふっ・・・・。

カミサマ、決してたくさんは飲みません。

と誓いつつ・・・・・・飲むしかないだろう?ん?


というのも、結婚して以来、「夜中の一人晩酌」という楽しみを奪われたまま早1年以上。

そろそろ、夜の晩酌への焦がれが限界の達しようとしていた今日この頃。

(そう、私はそういう楽しみを捨てて滑り込みセーフ結婚を勝ち取ったのであーる)。

ま、そんなに「一人」にこだわってるわけでもないんだが、フグが「ごはんと一緒に飲む」とかじゃなくて、「純粋に酒とツマミを楽しむ」という文化から1億光年くらい遠い男なんでね。

「大人の晩酌」っていうんですかぁ?それをフグと楽しむってオプションはないわけです。

だから、「夜のしじまに晩酌」への焦がれは、自動的に「一人晩酌」という目的へと変身したわけなんですよ。

夜中っていうのもけっこうポイントでね。

いつかの記事に書いたけど、フグって「どんなに遅くとも夜11時過ぎにはお布団に入る。絶対入る」という、自律神経失調症にネヴァーなり得ない、正しき生活を送る民なので、

元スーパー夜型人間であった私は、あの深夜の濃密な時間(←これについては
この記事に詳しく書いた)への焦がれも同時に限界に達しようとしていたわけなの。


だから、

今現在わたくしは、ワイン片手に上機嫌にこれを書いているところ。

ツマミは、フグにキモがられるスモークオイスター(缶詰)。

さぁ、今からが本番よ。

今からよ、深夜の濃密時間の始まりは~。

ということで、今からワイン片手に楽しみます。みなさん、グッナイ。


カミサマ、すみません。良き夫フグが帰ったら、また真面目に生活いたす所存でございます。


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2012.12.12 / Top↑
「江戸ロマン2:古写真」のつづき


昨日は幕末写真などについて、私の勝手な趣味に関して一人で息巻きましたが。

そうそう、江戸と言えばやっぱりこの人ですよね、というのが杉浦日向子さん。

ですよね。


日向子さん、漫画家でもあるし江戸関係の楽しい本も書いてるし、時代考証家というような肩書きもあった気がする・・・・と思って、ちょっとウィキってみたら「漫画家、エッセイスト、江戸風俗研究家」となってました。

彼女の江戸風俗に関するエッセイと漫画、本当に面白い。

特にエッセイは、読めば誰でも江戸に興味が湧かずにはいられなくなると思うような内容です。

IMG_1732.jpg 

エッセイは、日向子さんがイラスト付きで江戸時代に関するあれやこれ(男女のデート事情、食文化関連、おしゃれ事情、結婚離婚事情、師走の様子、色男とは、美女とはなどなどなどなど)について、すごく楽しく教えてくれるっていう感じ。対談集もある。

一番基本的なのはたぶん「一日江戸人」で、まずはこれ読むと江戸に行ってみたくなること間違いなしっ。

sugi1.jpg 
↑浮世絵に見る「美人」の推移 (「一日江戸人」)

sugi2.jpg

「杉浦日向子の江戸塾」は対談集

sugi3.jpg
 

↑ 面白そうでしょ?


一方、マンガはなんとも独特の雰囲気があります。江戸時代は妖怪と共存していた時代。だから、時々妖怪がぬらっと登場したりしてね。

sar.jpg 

futa.jpg 

私がメルボルンに持ってきている中では、一番上の写真の「二つ枕」と「百日紅 上・下」がマンガなんだけれど、特に「百日紅(さるすべり)」は、葛飾北斎と娘のお栄の話で面白い。

史実に基づいた何か、とかそんなんじゃないんですよ、彼女のマンガの目指してるところは。ただひたすら、なんだか江戸の空気感が心身に沁みるようなマンガ。


日向子さんのエッセイなんか読んでいると、さも江戸の人の人生は面白おかしかったんだろうって一瞬は思うんだけど、実は江戸時代っていうのは、平均寿命もめっさ低くて、みんな明日をも知れぬ儚い身だった。

そんな中、難しいこと言わずに、「あっけらかんとおめでたく生きていた」(←日向子さんの言葉)江戸の人々。

そういう江戸への思いをエッセイ「うつくしく、やさしく、おろかなり」で書いていて、これはひととおり江戸の楽しそうな風俗を知って楽しんだあとに読むと、実に心に沁みます。

utuku.jpg 

と・・・・・、こんなに本の中身の写真をペタペタ貼ってよいものか分からないんだけど、貼ってみた。

ちなみに日向子さん、2005年に病気で46歳でこの世を去ってしまいました。儚いですよねぇ・・・、江戸の如く。



あ、あとね、彼女の本「うつくしく、やさしく、おろかなり」の中で書いている粋(いき)と粋(すい)の違いに関する説明は特に印象に残っている。こればっかしは、なるほどな!!!!と目からウロコでした。

(日向子さんは他にもそこかしこで、江戸の「粋(いき)」について書いているけれど、本「うつくしく、やさしく、おろかなり」の中の、「江戸・遊里の粋と野暮」の章の後半にズバリ分かりやすく書いてあるのですよ)。


で、この辺から、日向子さんの言う「粋(いき)」だな、まさに!と私が思う勘三郎なんだけど。

私、演劇とかそこらへんは特にこれといって詳しくもなんともないんだけど、この江戸好きのせいで4~5回くらい勘三郎の芝居見に行ったんだよね、昔。

普通の歌舞伎じゃなくて、初めて見たのはあの、野田秀樹と勘三郎(当時は勘九郎だったけど)が組んで当時話題になった「野田版:研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)」(本当に面白かった)。

あれ見て、ものすごくハマって。そのあと、同じく「野田版:鼠小僧」とかいろいろ見に行きました。

といってもあの時期は10年以上前の話で、そのあと私はインドだのなんだの言い出し人生がヘンな方角に曲がっていったりしてたんで、すっかり忘れていたんだけど。 実を言うと、面白かったという事実だけ覚えていて、話の詳細も忘れてしまった。

でも、

勘三郎さんのオーラはよく覚えてるんだよね(あの時代、つまり勘九郎時代は普通に「カンクロー カンクロー」ってみんなから言われてたし、私は勘九郎時代しかよく見ていないので、どうしても勘三郎より勘九郎のほうがシックリくるんだけど・・)。

観客を驚かすために客席の後ろからいきなり登場したことがあって、そのとき、後ろの方に座っていた私は勘三郎から2メートルくらいの距離だったんだけど、なんといっても覚えているのはその顔のデカさ!と(笑)、

そして、あのオーラですよ。

んんんんんんものすごく、楽しそうなオーラ。 ザ・陽性!プラス!という感じの。

私たち観客も芝居見てすでにすっごく楽しかったんですけどね、勘三郎さんったらその百倍くらい楽しそうで、ひときわデカい顔が汗で光っているってのもあったけど(笑)、楽しすぎて仕方がないっって感じの目と顔の輝きがものすごい印象に残ってました。


こんなに楽しそうな人そうそう見ないよね、って感じだった。目、キラリンキラリンッなんだもん。

だから、「仕事が楽しくて仕方がない人」とか「まさに天職」などのフレーズを巷で聞くと、私の中で自動的に浮かぶイメージのひとつは勘三郎さんの顔でした。

だから、死んじゃったというニュースを聞いて、大大大衝撃受けましたよ。それで数日間、一日30回くらい勘三郎さんご逝去関連のニュースを見ていた感じ。

日本にいないので、各種の勘三郎さん追悼番組が見れないのが、非常に悔しい。


まぁでも・・・・・勘三郎さんはそりゃ無念だっただろうし、こんなところで私ごときが薄ら美しく話を締めくくるなんてほんと、おこがましいけど、


あんなに楽しそうで、好きなことがはっきり決まっていて(つまり芝居)、あんなにたくさん友達いて、みんなに好かれて、お酒飲みに飲みまくって・・・、そんな風にいたところ、ある日うっかり死んでしまった。そう、うっかり!


それって、チマチマぶつぶつみみっちくヘンに長生きするのに比べて、なんだか・・・江戸っぽい。

なんて、一観客としては思ったり。


袖触れ合うも他生の縁。

”楽しいオーラの威力”を知らしめてくれてありがとうと思います。と、本当に思います。



ところでなんですがねぇ。

「野田版 研辰の討たれ」とかはね、山田洋次監督の撮影で実際の劇をそのままカメラに収めて、「シネマ歌舞伎」として映画になっているのをご存知?

数々の歌舞伎の舞台をそのまま映画として見れるシネマ歌舞伎

http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/

(↑「野田版 研辰の討たれ」や「野田版 鼠小僧」などなどのトレーラーも見れます)


だけどね、DVD化されているのは「野田版 研辰の討たれ」だけで、ぜひ見直したい「野田版 鼠小僧」とか、ぜひ見たい宮藤官九郎演出の「大江戸リビングデッド」とか、ぜひ見たい「人情噺文七元結」などなど、DVDになっていないっていう話なんだよっ(なんつーこったい)。

私、外国にいるんですぅ。でも見たいんですぅ。貧乏だけどDVD出してくれたら買いたいんですぅ。

だ・か・ら松竹さん、DVD出してくれません!?
勘三郎さん追悼ってことで!!

ちなみに、ぜひともガイコクジンの夫にも見せたいので、英語字幕は不可欠デス!お願い~・・・・・。


庶民の嘆きを聞いておくんなましーーーー。
歌舞伎って、庶民の娯楽でっせー。


おわり

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2012.12.12 / Top↑
「江戸ロマン1:前置き」のつづき


さて、江戸好きなんだけど。

それはやっぱり、江戸時代の最後の最後、幕末時代の写真がわずかに残っている、という点がまず大きい。


「あんなにも昔っぽい時代なのに、実は写真が撮られた時代」ということが、「遠くて近い、近くて遠い」というもどかしさを、あおぐあおぐ。

幕末時代くらいのヨーロッパの写真に比べて、現在との違い度が甚だしいですよね。

ヨーロッパくらいだと、人々の服装、道路の舗装、車か馬車か、以外は現代とそんなに変わらない感じのする写真もよくある(なんせ、石造りの建物は強いというのもあるし)。洋服だってね、あの頃のドレスと今の洋服はやっぱりつながってますよね。

だけど、同じ頃の日本の写真を見ると・・・・、まるで違うワールド

だけど、それがかろうじて写真が撮られた時代なんだよ?ということは、そんなに昔じゃないんだよ?

そういうもどかしさとか、憧れとかが、こう渦巻いて渦巻いて。

だから、幕末写真とか明治の写真見ると、脳内からなにかがジュルっと出るくらいうっとりする。んです。


明治は江戸じゃない、とか屁理屈いわないように。

明治の写真に写ってるひとの多くは江戸時代生まれだし、明治写真の多くはまだまだ濃厚に江戸時代の雰囲気や名残が残っているわけで、それを一滴でも二滴でもいいから感じ取りたくて。

江戸つったって幕末写真以前は写真ないじゃないか、なんていわないように。幕末写真に写ってる老人ともなれば、そこからさらに80年とか昔の人なわけで。

それにね、江戸時代はたしかに長いけど、いわゆる江戸文化が華を咲かせたのは、どっちかっていうと中~後半だよね。写楽が活躍したのは1700年代後半だし、葛飾北斎が生きたのは1800年台だし、やじさんきたさんの東海道中膝栗毛だって、1800年代。


だから私、メルボルン行き荷物の中にも、これら本は重くともしっかり入れました。
 
IMG_1492.jpg 
重いのよ、これら。写真集だから。

IMG_1731.jpg 

↑ 中はたとえばこんな感じです。

たとえば「幕末」とかいうと、司馬遼太郎の「飛ぶが如く」だの「竜馬がゆく」だののイメージがあって、あのへんの小説がやたら好きな男の人って一定量必ずいますよね。

でもわたし、わりとそんなんどうでもいいんです、政治っぽいなにかとか戦術がどうしたとか天皇譲位論がどうのとか。

そんなことどうでもよくて、ひたすら、その時代の人々の普段の暮らし、着てた物、考えてたこと、風俗などなどに興味があるわけですよ。

だから、日本の古写真の中でも特にヨダレが出るのが、女性の写真だよねやっぱり。

例えばこれなんかも、一日うっとり見てられる。
  ↓   ↓
 
http://www.baxleystamps.com/litho/ogawa/ogawa_geysha105.shtml

↑ これに載ってる写真はクリックすると拡大できるんだけど、これ、1895年に浅草で行われた美人コンテスト!



やっぱり日本人はひたすら着物と日本髪が似合うよね・・・って、思わずにはいられない。

たとえば私が持ってる写真集「幕末明治の女たち」では、時代的にペリーの黒船が来たちょっとあとくらいからの時代なわけで、ご婦人が洋服とか西洋ドレスにチャレンジし始めた時代なわけ。

着物だとすごい美人で「ああ、きれいだなぁ・・」って思える人が、ドレス着た途端にみんな「なんじゃ、このブサイクなオバハンは」ってな感じになっている。

たまーーに、洋装が似合ってる人もいたりして、「洋服が似合う人とは」というテーマで考えさせられちゃうんだけど(笑)、やっぱり日本髪と着物ってのはズバリ、私たちの顔カタチに似合うってのがよくわかるわけ。

というか誰でも魅力を持っているとして、日本人の場合、その魅力はやっぱり着物と日本髪のときに一番あぶりだされるんだな、というのが分かる。
 

で、うっとりするくらい可愛らしい彼女たちなんだけど、顔の本体だけ見ると、「あー、いるいる、この顔。普通にいるねぇ、今も。お隣さんにいそうだよ」ってな子ばかり。

そうするとね、ああ、やっぱり実はそんなに昔じゃないんだよなぁという思いが湧いて、またもどかしさに悶えるわけであります。

洋服で定着してしまった現代はやっぱり日本女にとってはハンデだよなー、なんて思ったりね ガイジンはずるい!)。


この本の中には、「明治の令嬢美人コンテスト」も紹介されててね、洋装和装が入り混じってて興味深い。江戸時代が終わったこと、江戸の雰囲気がまだ濃厚なこと、その両方が感じられてね。

ちなみにその明治の令嬢美人コンテストがこれまた、ほんとうにカワイ子ちゃんがいたりするかと思えば、なんでこんなサル顔が?というようなのもいたりして。

現代の美感覚とのギャップを感じると江戸や明治が遠のき、「今いても絶対ド美人!」というような美しい人がいると、江戸や明治が近づいてね。

そうやって、古写真に心をいたぶられるわたし。 


この間は、溝口健二監督の「近松物語」見たんだけど、着物姿の香川京子の常軌を逸した美しさにやられたね。なんでしょうね、あの美しさというか、「日本女性は着物と日本髪に限るのだ」という確信。1952年の映画だし、白黒だけど、メルボルン図書館で借りれるから見てみて。

着物女性の美しさ以外にも、近松門左衛門時代の暮らしとか印刷屋の様子とかが面白いから。

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「近松物語」


と、なんだか美人の話になってますが、そうやって江戸時代の雰囲気が少しでも感じたくて、わたしは必死なわけです(笑)。 人々の生活や文化をちょっとでも垣間見たくて。


あ、こんな本も持ってます。

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小さい本なんだけど、絵で江戸の人々の暮らしを事細かく楽しく紹介してあるの。

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江戸時代のあらゆる職業などが紹介されていて、飽きない。

あと、江戸と言えば「町火消し(つまり消防士軍団)」だけど(博物館で江戸時代の火消しの半纏やノボリを見ると、ウットリで気絶しそうになる)、その火消しについてイラストでこれまた、すごく丁寧に紹介してあってね。

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地区ごとに違っていた火消しの半纏とノボリのデザインが全部紹介されている。


それから、私、福沢諭吉の自伝「福翁自伝」も持ってたりするんだけど、あれもやっぱり、開国論がどうのこうのなんてどうでもよくってね、それより、当時の暮らしや雰囲気が垣間見たくて読みました。

あの人、なんというのか写真も普通に残ってるし、娘さん何人かは1960年代!まで生きてるし、いかにも現代にそのままつながっている昔の人のイメージあるけど、なんと!江戸時代が終わったときに既に34歳なわけ。

黒船が来ちゃった時にはすでに思いっきし20歳なわけ。びっくりでしょ?

で、オランダ語まじくそ勉強してたら、いつのまにか時代遅れになってて英語の勉強しなおさなきゃいけなくなったりとかしてたわけ(笑)。

福澤諭吉、真面目そうなイメージあるけど、読むと面白いです。かなーーーりフザけてて。現代と比較すると、ある意味「きわめてゆるかった時代」、本当に面白いね。人間が管理されすぎてなくて、窮屈なモラルに縛られてなくてね。

ユキチ、「ちょいと拝借してやった」みたいなノリで平気で盗みとか働いてるしさ。

火事、エンタメ的に楽しんじゃってるし。すっごい酒ばっか飲んでるし。危ない実験とかやっちゃってね。それで、「女に関してはオレ、すごい真面目。遊び人じゃない」みたいなアピールとかもチラチラ織り交ざってるし(笑)。
 
でね、初めてアメリカに行って絨毯に驚いたり、季節はずれの氷に関心したり、男が普通に家事して奥さんが客と一緒に座ってるといって驚いたり。

何もかも初めてで何もわからなくて、まるで「勝手の分からぬ家に嫁いだ花嫁のような気分」みたいなこと言ってたりしてます。

でさ、この「現代とかろうじてつながってるイメージがある一番昔の人」の一人、福澤諭吉だけど、あの葛飾北斎と生きた時代が20年くらいかぶってるわけですよ。

ね!?ロマンでしょ!!?(オタクの押し付け)。

ところで余談だけど、諭吉ったら1901年に死んだんだけどね(私のひぃおばぁさん「ミヨコさん」が生まれた年よ)、なんと1976年!になってひょんな事情から墓掘り返したら、埋めた場所が偶然うまい具合にミイラができる環境になっていたらしくミイラ化(死蝋化)してて、そのまんま「さっき死んだ」みたいな感じで出てきてしまったのよ。

といっても空気に触れた途端に、化学反応で全身緑色になったそうだけど・・・。


あ、話がそれて、なかなか勘三郎にたどり着かないんだけど。次は杉浦日向子さんの本などの話につづく・・・。


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2012.12.11 / Top↑
ちょっとご無沙汰してたら、あっつーまに2週間以上が経っていたという始末。

私、まんべんなく物事をこなす、ってのが全然できなくてね。何かを始めると他の何かのことがどうでもよくなるというか、そっちに手をつけられなくなるんです。

だいたいそれが2-3週間周期でローテーションしてて最近は、ヨガ期、ブログ期、絵描き期ってのがその周期で回ってるという感じ。

ヨガ期になると、ヨガたくさん行って、「ああ、ずっとこのペースで続けてたら今ごろどんなに健康で、ボディのシェイプもどんなにスッキリしていることだろう。なぜ1ヶ月もサボってしまったんだ、私」とかブツブツ言う。で、家でもちょっと開脚練習したりなんかしてね、この時期は美容モードにもなるので、フェイスパックしたり、朝からヨーグルト食べて健康に気を使ったりするというのがお決まり。

ヨガ期は、ヨガたくさん行くとやっぱり健康的に疲れるので、他の時間はついソファでうたた寝なんかして時間が過ぎてしまう危険性大。あ!もう夕方・・・みたいな。

でも、やっぱり2-3週間で必ず、このマイブームは去ってしまう。どんなに「今度こそずっと続けるぞ」と心から思っていても、ダメなんだよね。次にブームが訪れる1ヵ月後とか2ヶ月後とかまで、またヨガや健康や美容について、すっかり手抜き状態になるのが常でございます(笑)。


「周期」の例をヨガ期で説明してみたけど、他、ブログ(及び各種インターネット系活動)期、お絵かき期もだいたい同じような感じ。

この他、小さい周期(サブ周期)として「ああ、もうちょっと料理をちゃんとして、新しいレシピを作ってみたりしなきゃ、主婦なんだし」期とか、「掃除掃除、掃除してこそ生活全体が整うのよ」期とか、「英語よ、英語!掃除なんかしなくたって死にゃぁしないんだから、その時間はむしろ英語!毎日英語ニュース読まなきゃ!」期とかがクルクル訪れます。

だから、ずーーーっとコンスタントに同じ事をし続ける人とか、「まんべんなく”今日やるべきこと”を次から次へとサラっとこなせる人」を心の底から「すごいなぁ」と思ってきました。ある時期まで。私ってなんてダメなんだろうと。

でも、最近は自分の心身の赴くままにのほうがいいに決まってんじゃんと思うようになりまして。
 
人から見たら、さもメチャクチャで、さも非効率的に見えるみたいだけど、私にとってはそれが一番、最終的には効率がいい

ほら、一日の予定がめさくさ詰まってるのにヒマな人より何倍も仕事も趣味も盛りだくさんやってます的な多忙な人とかがよく言う、「けじめと気持ちの切り替えが大事」とかいうようなアレ、

日本社会にはびこっているああいう各種のプレッシャー?(ああいう見えないプレッシャーが自殺を増やすんであーる)に、私もいつのまにか毒されていたなぁと。

たとえば「子育てこなしながら働いてますが、家事にも手を抜きません。そのうえ、新しい資格に向けてお勉強もしてます。え、どこにそんな時間があるんですかぁ?!はい、集中するときとリラックスする時間の切り替えが大事なんです」み・た・い・な。

ああいうの、少なくとも私のとってはモラハラだったんだと、わりと最近はっきり気づいてね。

日本と言うのは、ほんとうにほんとうに、モラハラ社会だよね。ああするべき、こうするべき、人間としてどうだああだ、社会人としてなんだどうした、大人としてこうだああだ、こうするからにはどうしろ、ああしたからにはそうしろ・・・・・。しかもその恐ろしい圧力が存在するのが一見分かりにくい。みんな薄ら良い子ちゃんぶってて、嫌われ恐怖症だから。

で、気をつけなきゃ根から腐るわ、とか思ってても、日本にどっぷりいるとだね、いつのまにか蝕まれんだわ、あれ。 「こんなんでいいんだろうか、私」みたいなあの袋小路に迷い込んで茶色っぽいシケた日々送んのよね。

で、わたしなんだけど。やぱりオタク体質なんで、ある意味ヘンに濃くて偏っているわけですよ。だから「まんべんなく”今日やるべきこと”を次から次へとサラっとこなす」みたいには行かないわけ。サラサラしてないから(笑)。

切り替えなんか簡単にできんわけです。

だからね、周期が来たら「こんなことしてちゃいけないんじゃないだろうか」なんて思ってソワソワせずに、心身の赴くままに周期に没頭する、っていうやり方で行こうと決めたの。


だからうち、家が汚いときはずっと汚いし、妙に料理をかんばるかと思えば、ある週は「フグが作る⇒ピザ⇒冷凍してある何か⇒外食」みたいな感じで一週間終わったり。

妙にブログ更新したかと思えば、いきなり放りっぱなしとなり、今度はやたら絵描く3週間を過ごしたり、やたらストレッチしはじめたりと、そんな感じ。

フグは呆れてると思うけど。

そんなこんなでですね、かいつまむと周期性オタク体質のため、たまにブログから遠ざかってしまうんです。すくなくとも、コメント返しまで放置してしまう点だけは、一応反省しております・・。 まことに申し訳ございませんっ。



で、ここから今日の記事がはじまるんですが(え?今から!?)、わたし、この数日は中村勘三郎が死んじゃったというニュースにいたくショックを受けていましたわ。

わたし、クドいようだけどオタク体質なのでね、その延長線上として、歴史好きっていうのがあります・・。

古代遺跡好き、ヨーロッパ16-18世紀好き、ガンダーラ美術に萌える、クレタ島と聞くとアドレナリンがかすかに出る、などなどいろいろあるんですが、日本に関して言えば江戸好きなんです。

わたし、江戸時代というか、江戸文化?が大好きで。

そう、江戸はわたしのロマン。

その関係で、勘三郎も登場するわけだけれど、長くなったのでそれは次回の記事で。


つづく


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2012.12.10 / Top↑
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