国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

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----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

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------「結婚式顛末11 仏滅結婚のススメ」のつづき-----

色内掛けでのロケフォト撮影を終えると、今度は白無垢。

境内端の「ちょっと建物の裏」的な場所に行ってそこで着替え。この「ちょっと裏のほうで」という感じは、「部活の先輩に体育館の裏に連れ込まれる」感じに、ちょっと似ていた(笑)。

「てめぇ、生意気なんだよっ。この間、昼休みにすれ違ったときに、挨拶しなかっただろ。無視すんじゃねぇよ!」とか言われるかと思ったわ・・・。(って、ウソ。ただの妄想です。あ、でも私の中学時代はほんと、こんなんだった。「耳の上で髪結んでんじゃねぇよ!」とかね。下級生は髪の結び目が耳より下でないといけなかったりしたんでした。おー、こわ)

あ、すみません、話がそれた。

内掛けを脱ぐと、あらまーというくらい軽くなった。内掛けって、ものすごい量の刺繍がしてあるから、すごい重いのね。


 
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そしてとうとう・・・・念願の?綿帽子ってやつをかぶる。

このボワーっと間抜けな巨大な米粒、かぶってみたかったのだね。
バカでかいシャモジみたい。

綿帽子ってほんっと、ただのペラッペラの布なの。八千代ウェディングの方がアイロンかけてました(笑)。

この形を保つには、生地にハリがあるとか、中に細工があるんじゃないかと思ってたけれど、そんなものはなかった。ペラペラの布であった。中の頭がデカいので、かぶるだけでこのシャモジシェイプが保たれるってことらしい。


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そして、色内掛けの時と同じように、ロケフォトの撮影開始。

色内掛けに比べると、なんだか色が足りなくてあっさり・・・・。

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ということで、今度は赤い傘の登場。

私の眉毛の両端だけ、ボカシがかかってなくてこわい・・・(笑)。

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色内掛けの時とは、別の橋で。

傘の赤と橋の赤が、「和」な感じを醸し出している。

一面紅葉か、もしくは一面アジサイだったら、きれいだろうねー。

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↑ 手に持っているのは、カラフルなぼんぼり玉のようなもの。

やはり白無垢だけだと、ぼんやりしまりがないからか、こういう小道具で差し色を加えるらしい。

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↑ これは家族の誰かが撮った写真。このようにして、カメラマンさんのアドバイスを聞いていろいろ写真を撮っていった。

白無垢でも、この他、「見つめあい写真」など、いろいろ撮影していただいた。

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そして、とりあえずはロケフォト終了(あとは、式後に親族全員での集合写真や、白無垢のキメポーズ写真など撮った)。

そこへちょうど、参列者たちが集まってきたので、家族で待合室のある建物に移動。

↑ こういう何気ない光景の家族写真も、なかなかいいよなぁと思った。

香港人、インド人、やもめ、未亡人、ハーフに見えないハーフのベイビーで構成された愛すべきツギハギ一家よ。


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↑ 巨大米粒の後ろはこのような感じ


つまり、妹一家&父&K子さん以外の参列者(つまり家族以外の親族)は、式開始の30分前に集合にしたので、親族の方々はロケフォト撮影は見ていない。

つまりつまり、親族は私の色内掛け姿は写真でしか見ていないのである。「あなたたち、惜しいものを見逃したわね」というわけでもないけれど(笑)、

どちらかなら、だんぜん色内掛けのほうを見ていただきたかった。気がする。これは計算外だったわね~。
 
きっと、用意にぬかりのない花嫁さんだったら、そういう細かいところもちゃーんと考えて計画を立てるのであろう。ちっ!ぬかった。


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親族に挨拶をする父。

「うちのアイツもなんとか片付くことができまして、いやはや、胸を撫で下ろしております」みたいな(笑)。

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その他の親族も続々登場(って、全部でたったの8人だけど・・・)。

「おー、とうとう結婚かぁ!とりあえず今日はおめでとうだな」
「ついにパナッタレちゃんも結婚なのね~」

と、妙にみんなの言葉に「とうとう」とか「ついに」とか「やっと」的な枕詞がつくのは気のせいかい?


ようやく出席者全員が集まり、待合室に集まった。


つづく

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2012.07.29 / Top↑

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小国神社入り口の鳥居の前で。

↑ これ、一番気に入った写真のひとつ。

ものすごいスラーっとスタイルのいいカップルに見える。
下からググーっと見上げて鳥居ごと撮っているからか、2人とも8頭身で、ワーオ。

もちろん実物もこのとおり。いや、言い間違った、実物はこの2割減くらいであるよ・・・。

※   ※   ※

-------「結婚式顛末10 春夫と幸子の門出」のつづき---------


さて、今日の記事は色内掛けでのロケフォト(ロケーションフォト)。

ロケーションフォトだけれど、式の時間帯など諸々の都合にとって、どこに持ってくるかが決まってくるもの。私たちの場合は、挙式開始が11時からだったので、挙式前の9時半から10時半までの1時間に撮影をした(親族が集まってからの集合写真などは、挙式後)。
 
まずは色内掛けの撮影からスタート。

小国神社はなんといっても、森の中でロケーションは最高!だったので、私たちは小国神社で撮影をしたけれど、神社がショボいとか、特別にこだわった場所があるとか、挙式はやらない人など、どこでロケフォト撮るかはいろいろ相談できる模様(例:港、湖畔、公園etc)。

また、ポーズとか構図も、「こういうのが欲しい!」とか、いろいろ自分のこだわりがあれば、相談できる様子。

私たちの場合は、なーんにも要望を出さずに、お任せいたしました。


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鳥居をくぐって、歩いているところ。

ちらほらいる他の参拝者(おばちゃんグループとか)が、「あらまー、きれいねぇ~」「あら、ダンナさんどこの方かしら」「最近は国際結婚が多いだよ、はぁ、いい景色ねぇ~」とか言う、ヒソヒソでもなければわざわざ話しかけてくるでもない声が聞こえる。

みーんなこっちを見ている。

グフフフ。さすが、色内掛けパワー。今日は主役じゃな。

とか思いつつ、嬉し恥ずかし歩いている間も、カシャっ!カシャ!といろいろ撮っていただく。

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「仲良く会話しながら歩いて」とか、「あ、だんなさん、傘をもうちょっと上に・・」とか言われながら、

私は、日本語分かってないフグに「傘、上げてって。顔隠れちゃってるって」とか通訳したりして、

撮影はつづく。

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よろしい感じでしょ~?

大股で歩かないようにとか、手がブラブラしないようになど、私もけっこう気をつける。

内股内股って言い聞かせながら歩いたけれども、あとから見たらズボン歩きのまんまの足の写真もけっこうあった:笑・・・・・(特に妹などが撮っていた写真の中に・・)。

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この後ろの深い森の奥には境内がある。

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「もっと見つめ合う感じで、しゃべりながら笑って!」とか言われたりして、こんな写真もできあがる。

でもこちとら、なにしろ家族一同が笑った「小林幸子」顔でしょ?

こうやってる時なんか、フグの目が「おいおい、近くで見るとますます、すげーメイクだな・・・・」って語ってるのがよく分かって、もう可笑しいやら何やら。


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 ↑    ↑

池にかかる赤い橋で。

ジャパネスク趣味のガイジンさんなら、狂喜乱舞するでしょうなぁ、この舞台と構図。

うちのフグはぜんぜんジャパネスク趣味じゃないので、いまいち反応が薄いんだけれど、それでも、「こういう場所=絵葉書の中の日本」ということは分かっていた模様で、あとから友人知人に結婚式の話をするときには毎回、

「池があって、ほら、赤い橋がかかってて」と自慢風に説明していた(笑)。


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「去っていって」とか言われて、去ってみたり。後姿をカシャ。

ここで紹介できる写真はわずかで、他にもいろいろ撮っていただいた。

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そして最後に、「正式なイッパツ」を撮るために、初めて色内掛けのスソを下ろす。(今までは、上にあげて留めていた。そういうものらしいです。歩くときは留めて、ここぞという時に下ろす)。

そして、ポーズもここでイッパツ、正式風に、やや向かい合い気味にならんで、シャキっとな。

フグの扇子の角度とか、私の手の位置とか、いろいろ指図を受けて、カシャ!


この日は稀に見る天気の良さで、いやがおうにも天から祝福を受けていることを認めざるをえないくらいだった(笑)。

雲ひとつない晴天、どこまでも真っ青な空、10月下旬なのに昼間の気温26度でまったく寒くもなければまったく暑くもない、カンペキな無風・・・と、例えばメルボルンだったら2年に一度あるかないかでは?くらいの良き日で、


「世紀の雨男フグ」の雨運も、生前「最強の晴れ女」と万人に言わしめたうちの母があの世から送る晴れパワーには負けたか!


とみんながささやいた程、天気に恵まれた(やはり、このあと出かけた飛騨高山でずっと雨だったが)。

そのうえ、あとでアルバムを見返して「仏滅特典で色内掛けが着れて、本当によかったね」と35回言ったほど、色内掛けが映えていた。 (仏滅特典については、この記事参照)


それもこれも、この日(2011年10月27日)を選んだからこそなのだった。

だから・・・

なんだ、仏滅サイコーじゃん!仏滅万歳!仏滅ありがとう!ビバ仏滅!

とひとしきり、仏滅に感謝いたした次第でございました。


このあと、今度は白無垢に着替えて、白無垢の撮影に入ります。


つづく~   

2012.07.27 / Top↑
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------「結婚式顛末9 小林幸子かっ!」のつづき-------


まずは、デッキに出て妹一家とカジュアル写真の撮影。

ちなみに、これまでの着付けの間の写真は、主に妹が撮ったもの。(カメラマンの方は、着付けの最初からいるわけではなかったので)。だから、今日の記事からが、カメラマンの方に撮っていただいた写真。


映ってる妹のだんなは、香港人(厳密には中国人と言うべきかもしれないが、香港の人は自分をあくまでも香港人と考えていて、「中国人と一緒にされたくない」と思っているようなので、香港人:笑)。

姉妹そろって、ヘンな国の人と結婚しちまったということだ。
でもね、実はすっごいメジャーなのよ、地球的に。

考えてごらんなさいな。

世界人口約70億人のうち、1位の中国人の人口が13.5億人くらいで、2位のインドが12.5億人くらいでしょ?

あなた、世界の人を適当に5人集めたら、1人は中国人、もう一人はインド人ってことよ。 確率的に。

というか、

世界で2.7人に1人は「中国人かインド人のどちらか」ってこと!!!

すごい事実だね、改めてのけぞる・・。

犬も歩けば棒にあたんのよ。
だから私たち姉妹、なにげに歩いてたら、中国人とインド人にあたっちゃったってわけ。

むしろ、ある意味、一番高確率!
姉妹で、現在の地球の縮図を体現?


あらやだっ、トレンディ~ってことかしらぁ~?!(ものすごく間違った解釈)


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抱っこされてる赤子(つまり私の甥っ子)は、見かけは純日本人だけど、ハーフなのだね~。


この日は、目も覚めんばかりの快晴で、 ピカピカの青空が広がっていた。

だからカメラマンの方に「背景に青空入れたいから、みんなカメラ覗きこんで~!」と言われて、上の写真をパチリ!

こうやって、かしこまった写真以外にも、楽しい写真もけっこう撮ってもらった。

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   ↑   ↑
段差を降りるだけでもこの苦労。
人様にスソ捲り上げていただかないと、降りれない。
それでも2人でカメラ目線。

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デッキの写真が済むと、玄関へ回らされた。
玄関から出るところの写真を撮るということで。

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そして・・・・・

たららららららららららららら~んっ。

おめでとうございます!末永くお幸せに!(記事を盛り上げるべく、自ら言う)

↑ これが

「春夫と幸子の晴れの門出 ~野麦峠を越えて希望の未来へ~」

と題された写真よ。


新郎が新婦の手をとって導きながら一歩を踏み出すってなシーンがいいでしょ?

今回の結婚の写真の、一番お気に入りになったひとつ。


大丈夫、ちゃんとその場その場にふさわしく、いい感じになるよう、ポーズや立ち位置を指示してくれるから。

今回、結婚式のあとに写真を見返しながら、「ちゃんとカメラマンも雇って本当によかった」と思った。

この記事(クリック)で書いたように、友達Bが言っていた「ウェディング・カメラマンはケチってはいけない。カメラが得意程度の知り合いとかに頼んだってダメ。絶対後悔する!」って意味がよーくわかった。


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めでたき門出の写真を撮り終わったと同時に、近くの別の場所に泊まっていた父とそのパートナーK子さんも、正装してやってきた。

着付けなどで部屋を占領していたので、他の場所に泊まってもらっていたのだ。

本当に、到着したと同時くらいに私が色内掛け着て玄関から出たので、その色内掛けのあでやかさに2人も


K子さん「あら~!んまー、すごいわね~。さすがねぇ~、やっぱり色内掛けは違うわよ」
父「んー、やっぱりさすがなもんだねぇ。これはなかなかのもんだ」
K子さん「あら、きれいじゃないのよ~。バッチリよ~!いいわねぇ~」
父「花嫁衣裳ってのは、たいしたもんだねぇ。たしかにこれは一見の価値があるなぁ」


などと言って、目を丸くしていたが・・・・やはり顔については・・・・・、


父「 だけどオマエ・・・・」クックックックック・・・(←笑)、「オマエ、その・・・」クックックックック・・・「その顔は・・・ちょっと・・・」クックックックック・・・・

K子さん「でもこういうもんなのよー。やっぱり洋服のメイクとは違うから、誰でも塗り壁みたいになるものなのよ~。笑っちゃダメよ~。・・・・・あら、でもなんかちょっと・・・・・・アハッ。なんか、ちょっと・・・アハハハハハッ」


背後では妹もケッケッケッケ笑ってるし、横にいるフグも会話は理解していないものの私の顔のことを言っているというのは分かるらしく、ニヤニヤニヤニヤ・・・。



このあと、とうとう神社に向けてみんなで車で出発した。

ところが、道中30分のツラさと言ったら!

「ちょっとくらいなら寄っかかってもいいんですよ」って言われるんだけれど、どう考えても、後ろの帯がつぶれそうだし、着崩れしそうな気がして寄っかかれない。

しかし、自分の頭がはるか上まで高くなっているので、寄りかからないでいると、頭というかカツラと角隠しの部分が車の天井にズリズリついてしまう。

「大丈夫です」「大丈夫ですから」って言われるものの、どうしても安心して首を伸ばしたら「絶対カツラごとズレる」っていう感覚がして、無理。

それで、あらぬナナメ加減の体勢を腹筋の途中みたいな状態で支えて絶える持久戦、みたいなことになり、ほんとーに参った。

でね、 あんなに「大丈夫です」「大丈夫ですから」って言ってたのに、最後の最後で降りるときに、「あぁ!ちょっと待ってください!」って突然言われたんだけど、そのときには時すでに遅く・・・・、

車から降りると同時に、天井で思い切りカツラをズリっ!っとやってしまい・・・・


降りるなり、汗で崩れたメイクともども、カツラと角隠しの歪み直しをされたのであった。
   ↓      ↓

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女優さんって、タイヘンなのですねー。と、勝手に女優に同情。


かくして、なんとか無事に小国神社にたどり着いたのであった。


つづく


2012.07.24 / Top↑

-------「結婚式顛末8 三波春夫でございます」のつづき---------

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     ↑       ↑
バカ殿メイクが乾き気味になってきた頃、フグの着付けが終わり、また私の着付けが再会された。

メイクはもう終わっていたので、カツラが取り出される。

初めて間近で見たカツラ!すげー、昔の人はこんなもんを自分の髪で結ってたのかっ。

(あ、髪の毛ですが、「半分自分の髪」っていうやり方もできるそうです。私はひどいクセ毛で、生え際がモヤモヤしているので、ぜんぜんそんな気起こりませんでしたが、生え際がきれいな人は、いいのかも)


 
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↑       ↑
カツラを着用。

お、お、お、お、重い!!頭をちょっと傾けるだけで、グラーンとする感じ。

でも「昔のカツラはもっと重かったんですよー。最近のは、これでも軽いんです」だって。

カツラを固定するのに、ピン止めみたいなもん?で、中にある自分の髪の毛に止めるんですが、それが突っ張って痛い。

だんだん痛くなってきて、カツラの重さで背中と肩がパキパキに凝って、式中は脂汗出る思いで発狂寸前だった。実を言っちゃうと。

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↑       ↑
まずは色内掛けを着るということなので、角隠しをかぶる。

部屋に鏡がなかったので、自分の頭周辺がどんなことになっているのか、もはや、さっぱり分からず・・。

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↑       ↑
珍しいものを見る目つきで、フグが観察中。

見目麗しいものを見る目つきでは、決してなかった・・・笑。

しかし、それも無理はない。

というのも、私のバカ殿顔! これには家族一同、腹を抱えて大笑い。

紅白の小林幸子かっ!と、妹なんて、腹をよじって笑いをこらえている始末

生肉食いちぎったような口とか言われて(ものすごい赤い口紅をべったり・・)。

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襦袢のまま、頭だけ完成。

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下に着る白い着物を着る。

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引き続き、珍しいものを見る目で、観察中のフグ。

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だんだん、らしくなってきたぞ。

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ここで一度、帯を巻かれる。

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中身完成!

やっと分かったけれど、この「中身」は、色内掛けと白無垢の両方に共通する中身で、このあとは、色内掛けを羽織るか、白いのを羽織って白無垢となるか、なのだ。

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とうとう、色内掛け登場!

この色内掛け、適当に選びました(笑)。

メルボルンにいたから、「実物見て選ぶ」なんて、まず無理だった。だから、送っていただいた写真の中から選んだんだけれど、その頃、私の旧パソコンがすでに瀕死状態で、添付してもらった写真も満足に見れず。

細部まで分かるよう、できるだけ大きい写真を送ってくれているのだろうけれど、開こうとするとフリーズ、みたいな。

サムネイルだけ見て、なんとかパっと見で気になるものを選んだという程のいい加減さだった。

でも・・・・だってどれもこれも等しく豪華絢爛で、等しく魅力的だったんだもん。だから、いい意味でけっこうなんでもよかった。

それに、写真に残すのが目的なんだから、「パっと見」の印象が一番大事。それって、サムネイルで分かる印象がポイントってことでしょ?

オレンジ味は嫌いだし、ムラサキだと「年増っぽい」って言われる気がしたのと、お坊さんみたいな気がしたのでやめた。

黒系は、美魔女な和風クーガー路線的によかったけど、自分の年齢をすっかり棚に上げて「やはり新婦にはかわいげというものが必要だろうな。ムフフ」などと考え、一応遠慮しておいた(笑)。

ので、遠目に見てわずかにピンク味のある赤を選んだ。何を隠そう、私、こう見えて(どう見えて?)、好きな色はピンク。だからピンク系の色内掛けがあればそれを選んだろうけれど、それはなかった。

図柄も、牡丹でも鶴でも、どれもこれも等しくめでたそうなので、何でもよかったんだけれど、結果的に鶴になった。



pink.jpg ←例えばこんなようなピンクがあれば選んだな。


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そんなわけで、いいかげんな気分だったわけではないにも関わらず、全部ステキだったためにどれでもよくなり、適当に選んだ色内掛けであったが、たいへん気に入った。

たぶん、どれを着てもたいへん気に入ったであろうけれど(笑)。

ピンクがあればそれがよかったとか言ったものの、あとから写真を見ると、やっぱり花嫁は赤だな!とも思ったし。存在感が違うし、神社にも赤のほうが映える。


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角隠しの後頭部って、こうなってるのねー。

色内掛けも、重さにびっくり。ズシっと来た。


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↑       ↑

とうとう、二人の着付け完了!

二人して並んで、鏡に見入る(この向こうに洗面所があり、鏡がある)。

私はこの時、初めて自分の姿を見た。


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   ↑          ↑
ほぅら、どことなくピンクの箇所があって、鶴も舞いつつ、ハナも散らばってていいでしょ~?オクサンッ。

我ながら、御成婚まことにおめでとうございます! って感じだわね~。



つづく

2012.07.22 / Top↑

--------「結婚式顛末7 神前式費用」のつづき------


えーと、連載8話目にしてやっと、結婚式当日、本番の話を今日から開始である。

今日は着付けの新郎編。

着付けは神社ですることもできるし(そういうスペースを神社が提供している場合)、自宅など、他の場所でもできるということだった。

神社ではない場所で行う場合は、着付けた後に神社に移動しなくてはならないので、時間は早まる。

妹宅で着付けをすることにした私たちであるからして、八千代ウェディングのスタッフの方々がスタッフ入りしたのは、なんと朝の6時半!(タイヘンな仕事ですねぇ・・)。7時から着付け開始となった。


<これが私たちがたどったスケジュール>

6:30 妹宅にスタッフ入り

7:00 お支度開始(色内掛け)

9:00 お支度完了→神社に向けて出発

9:30 神社に到着→ロケーション撮影(まずは色内掛け、次に白無垢)

10:30 社務所集合(参列者には、この時間に来るように言ってあった)

11:00 挙式開始(すでに白無垢)

11:40 挙式完了→集合写真など撮影

12:30 神社で服に着替え、スタッフの方々と別れて家へ


着付けは、まずは私の顔の化粧から始まった。しかし、私が「志村けんのバカ殿のような顔&襦袢」という出で立ちになった時点でいきなり、「まずは先に新郎さんの着付けを終わらせますね」という方向になった。

私、「バカ殿顔&襦袢」で、ひとまず置き去りに(笑)。

なので、まずはフグの着付けからです。


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         ↑        ↑
ヤクザの家着みたいな出で立ちにさせられ、笑いがとまらないフグ。
私は、ラクダ色の腹巻に雪駄を履かせたい衝動に駆られた。
「出刃包丁で腹部を刺される」タイプの人の出で立ちという感じもする。

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         ↑        ↑
人生初の足袋を履く。
なんとまぁ、見目麗しくない景色でしょう。

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         ↑        ↑
フグはこの写真が、一番気に入っていた。
メルボルンに帰ってから、友達全員にこの写真を送っていた。
写真のタイトルは「After Surgery(手術後)」。

胴体部分に入れたタオル(凹凸がないようにタオルを入れて、胴体を丸くするらしい)が、術後のガーゼに見えるらしく、一人で写真見て大ウケ。また見返して大ウケ。

確かに、おんどりゃぁ!!と叫ぶ「出刃包丁で腹部を刺された」おっさんみたいに見える。


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         ↑        ↑
内側に着る一枚目。
やっと、雰囲気出てきた~。

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         ↑        ↑

八千代ウェディングの人に「けっこう、外国人も扱いますか?」と聞いたら、「いますいます~」と。

やっぱり日本人花嫁&外国人夫はけっこう、いるらしい。

でも、「インド人は・・?」と聞いたら、「初めてですー!」と。やっぱりな(笑)。

「外人さんと言っても、やっぱり欧米系が多いですねー」とのこと。そりゃ、そうだろうな。特に、日本人を嫁にする欧米系の男は、もとからこういうコスチュームが着たい人、多そう。

それどころか、「ガイジン同士」ってのもあったそうだ。日本趣味のガイジンカップルが、日本の衣装で結婚写真を撮りにくるらしい。面白い・・・。


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         ↑        ↑

おお、紋付を着たら、かなりサマになってきた!

フグは「でもインド人始めてですけれど、なんか西洋の方に比べて、違和感ないですねー」と感心顔で言われた。

確かに・・・。

フグ、私の友達にもけっこう言われるのが、「割りと薄い。比較的日本人っぽい」。

そして、一番言われるのが「なんか、意外に違和感ない~」。


別に、ネパールとかにいるモンゴロイド系の顔ってわけではないんですがね。

なぜだろう?まつ毛は長くて巻いてるし、目はパッチリだけど、他が薄いのかも。

顔全体がプニプニしてるからか?(笑)。

インドも西へ行くほど、彫刻みたいなキリリ!ビシ!っとした、彫りが深い人がいる傾向あるんですが(生きるカンダーラ彫刻みたいな)、フグはなるほど、インドの東端の人。やっぱり、インド的には薄いのですよ。

たしかに言われて見るとフグって、不思議なほどエキゾチック感がない。


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         ↑        ↑
とうとう、袴着用。

フグ、いままでサムライとかが着ている袴をスカートのような構造だと思っていたらしく、「中は2本にちゃんと分かれてる!」とかつぶやいていた。

私にとっては、袴って懐かしい。私、小・中学校は剣道やってたの。白い袴によくアイロンかけたもんだわー。

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         ↑        ↑
袴のヒモをこんな風にしてもらう。

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         ↑        ↑
袴着用も完了!

なんか・・・・・下半身がサバとかカツオみたい・・。
それか、シロナガスクジラのシマシマ部分みたい。

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         ↑        ↑
最後に羽織をはおって、「バカ殿顔&襦袢に前掛け」の出で立ちで放置されていた私と一枚。

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         ↑        ↑
新郎の着付け完成~!

小道具に扇子まで持たされる。

・・・・・ほんと違和感ないわー。(これが、新婦の私、参列者一同が共通して感じたこと。


もともと体型とアゴ三波春夫風だからだろうか?

三波春夫1
三波春夫でございます。お客様は神様です。

若い人の中には三波春夫を知らん人もいるだろうと思い、画像をググってびっくり。
に、似てる・・・・(笑)。


つづく(次は新婦の着付け編でーす)

2012.07.19 / Top↑
------「結婚式顛末6 野麦峠越え」のつづき--------


結婚式顛末話、すでに6記事も読んでんのに、まだその「小国神社とやらでの式」の話が始まってねぇ。

ッカ~。 (チャブ台ひっくり返す)

とか思われてそうな気配を感じる今日この頃だけど、まぁ、気のせいでしょう。そもそも、これを読んでくれている人なんてわずかなんだし。 
 
そろそろ小国神社での式と、ロケフォトがどんなものかを、記事にしてさらっと紹介しようかと思う。

人の結婚式の写真なんかをズラりと並べられても退屈なんじゃないかとも思うんだけれど、実際に似たようなことを計画してる人にとっては、どんな感じなの?って興味あるでしょ?

だけどその前に、

かかった費用などをこんなところで大公開するのも、ほんとナンだと思うんだけれど、こういう情報って渦中にいる人にとっては参考になるので、どうせ結婚式記事書くのなら、かかった値段も公開しちゃおうかと思う。

知りたいじゃろう?ん?


●<25万2000円>


先日、「挙式&ロケフォトプラン」の費用が252、000円だったのは、述べたとおり(詳しくはこの記事見てくんさい)。

実は、このプランはデフォルトでは「色内掛けか白無垢のどちらか」なんだけれど、私はこの費用で、実は両方とも着た。

というのも、その日が仏滅だったから。

この「仏滅特典」がいつものことなのか、今後もずっとそのサービスで行くのかは、私のあずかり知らぬところなんだけど(笑)、とにかく「仏滅特典ということで、仏滅の日は同じ値段で両方着れます。ロケフォトも両方撮ります」と言っていただいたので、大喜びで両方着た。

最初は私は、「どっちかひとつ着れればじゅうぶんだし、どちらか選ぶなら白無垢」と決めていた。花嫁らしいかな、なんて。あと、綿帽子ってやつ(あの巨大な米粒みたいなかぶりもの)をかぶってみたかったから(笑)。

だけど、みなさん!!!おせっかいになるけれど、

予算の関係でどちらかしか着れないとか、残念なことに結婚式の日が仏滅じゃなくて大安だとかいう場合(笑)は、


絶対に!ぜーーーったいに、色内掛け着たほうがいいと思う

ぜんっぜん、ぜーーーんぜん、ぜーーーーーんぜん、映えるから!

実際着てみてそう思ったし、着た私を見た人の意見もフグ含めて全員一致で「色内掛けのほうがいい」だったし、あとから写真を見ても、圧倒的に色内掛けのほうが、ス・テ・キ!

ここまでおせっかいを焼かれたあげくにも、白無垢のほう選ぶってなら、自由だけどさ。


●<7万円>

この7万円は、神社への初穂料(挙式料)。

ざっと調べていたけど、神社の初穂料はだいたいどこも、5万円か7万円程度が多かった。気がする。

安いところだと、2万円とかも、ないわけではない。

特にその神社がショボいから安いってわけではない。例えばあの出雲大社の挙式料はたったの2万円。出雲大社では友達が式したんだけれど、あそこは貸衣装なども提供してくれて、とても安いらしく、出雲大社で挙式はけっこう経済的にやさしいらしい。 詳しくは知らないけれど。

ひとつの目安としてだけど、ちゃんとした「結婚式場」みたいなのを兼ねてる神社(神社敷地の一角に宴会場があったりとか)は初穂料も比較的高くて、挙式も他の儀式のひとつとしてやってます程度の神社だと安めってのは、あるみたい。

例えば明治神宮だけど、ここは神社自らが御婚礼プランなるものを提供していて、それが一番安くても38万円!するうえに、挙式初穂料も15万円から、という破格の高さ。


でも、私がざっと調べたところ、5万か7万ていうところが一番多かったかな。

「5万円だけど、巫女の舞もつけたければ7万円」(香取神宮)とか、そんな感じとか。

小国神社は最初から勝手に巫女の舞がついていて、7万円だった。


●<約7万円>

これは、会食にかかった費用

披露宴はやらないと言っても、参列者にちょっとしたレストランなどで会食を提供もしくは、手土産を持たすくらいは、せざるを得ないもの。

私たちは、「新郎新婦以外に、12人の大人と乳飲み子1人」という人数で、小さなレストランを貸しきって、立食形式のちょっとした御馳走+とりあえず一人一杯づつドリンク」で、頼んだ。

田舎って意外にちらほらと、「小さいけれどこだわりの家族経営的なフレンチレストラン」みたいなの、点在してません?

特に、東海地方ってそういうのが多い。気がする。

そういうこじんまり経営の店って、「少人数パーティー、貸切などの相談承ります」というのが多い。そういう店はだいたい、ランチタイム後~ディナータイムの間(14時-17時の3時間とか)をパーティー用にしたりしているのである。

なかなか平日の午後を貸しきっている店で、よさげな店を探すのは困難なもので、私はそこは地元民(つまり参列者たち)の情報とネットワークを頼った。

そして参列者の一人が「あそこはいつ行ってもおいしいし、雰囲気もいいで、あそこがいいに(遠州弁)」と言う、彼の知り合いの店「西欧料理サヴァカ」を選んだ。

うちの父以外に酒飲みがあまりいなかったこともあり、予想を裏切るかたちで追加ドリンク代があまり嵩まず、お腹一杯うまいものを食べたにもかかわらず7万円で済んだのは、大成功だと思った。

「新郎はサシミ食べないんです」「でもなんらかの魚料理はほしい」みたいな細かい注文も聞いてくれて、よかったです。

----------------------------------------------------

ということで、ねがいましてはぁ~、カチカチカチ(そろばん音)

「挙式ロケフォトプラン」+初穂料+会食代 (252000+70000+70000)で、


合計39万2000円 でした。


物価が高くて有名な日本で、まがりなりにも結婚式あげて、この値段ならOK?

ドレスだけで、この値段超す人も世の中にはたくさんいることだし(笑)。



私は「渋る&疑い深い&日本の物価にビビる」フグに当初「いったいいくら位かかるの・・・?」と聞かれていた。

そりゃ、確かに聞かれて当然だ・・・。
しかし、実はわたしもまったく検討も着かなかった。

私だって、「なんだかんだ、こういうのって嵩んじゃうんだよなー・・・」ってビクビクしてたし、でも、かなり厳しい経済状況なのも分かってたから、

ここで勇気を出して正直な金額を言わなきゃ実現しない!
でも、どうしても大それた金額が口に出せない!

の板ばさみで、友達の結婚式体験談などを思い出しつつも、さっぱり分からず

ただの勘で 「たぶん35万前後。出来る限り、安く済むようがんばるから!」と答えていた。

本当に勘だけだったけど、あら不思議、本当にそのくらい(いきなり4~5万円をドンブリ勘定:笑)で済んだじゃないの!


しかも、


当初は「全然かしこまったものでもないし披露宴もしないので、何も気にせずフグの紹介がてら、手ぶらで気楽に来てくれればいいです」程度で考えていて、招待状もカジュアルなものを出していたので、まったく期待していなかったんだけれど(本気で期待してなかった)、

やはりみんなが「お祝い」を包んでこっそり渡してくれたので、

結果的には、最初におそるおそるフグに言った予算より、ぜんぜん安く済んだ。

それで気分が軽くなり、ディズニーランドなんかにまで行っちゃったのよね、わたくしたち。オホホ・・・。


みなさん、御祝儀ありがとうございました。


さて、次回からついに、結婚式始めますぞ。


つづく

2012.07.18 / Top↑
------「結婚式顛末5 神社決定とサヨナラ私のセイシュン」のつづき------


さて、めでたく神社も決まり、その後に会食するレストランも決め、出席者に連絡して出欠の確認をし、招待状を出し・・・・と、怒涛の2ヶ月がすぎたのであるが、

その間に同時進行で、ついでに日本で申請する配偶者ビザの申請書類の用意もしながら、さらに3ヶ月探し続けていた家がとうとう決まったりもして、荷造り&引越しまでしているうちに、あっという間に日本へ行く日になった(我ながら、よくもやったぞ、ほんとーに)。

レストランは、レストラン探しに始まり、やっと決まったところで、今度はレストランの人とパーティーの内容に関するやり取りのメールを果てしなくすることになり、アナタ、本当にいやになりましたよ。こういう「事務的メールやり取り作業」って、私、世界一嫌いなのっ。発狂しそうになったよ。


招待状は、うちの親族全員、形式なんてどーでもいいって人ばかりなので、改まったものの替わりに「フグの紹介」みたいなものを作成。

「なんかよくわからんけど、インド人らしいに(遠州弁)」
「たぶん色ん黒いら(遠州弁)」


くらいしか伝わってなかったので、フグの出身地とか趣味とか仕事とか、インド人なのにオーストラリアにいるいきさつとか、そこらへんをかいつまんで説明したインドマップ付招待状(笑)。もしくは、「よくあるQ&Aに先手を打つ」作戦目的のカードね。

さもないと

「インドっていっても広いら。インドのどこ出身かもよくわからんもんで、ちょっと誰か地図で説明してくれないかやぁ(遠州弁)」
「インドって、はぁ、あの辺だに。ねぇ、パナッタレちゃん、あの辺だら?」(遠州弁)
「バングラディッシュの人なら仕事で会ってるけど、インドって意外に知らんもんで。やっぱカレーばっか食べるだ?(遠州弁)」

みたいなことになるからね。


それで、目まぐるしすぎてフルマラソン終えた人みたいに、ぜぇぜぇしながら、引っ越して2週間経たずに私がまず先に日本へ経った。


実を言うと、この頃 。。。


2つ以上のことを同時進行するということができない典型的男脳のフグが、①日本の結婚式用意、②家探しと引越し、③ビザ申請書類の用意の3案件同時進行状態のこの数ヶ月の間、ブチ切れまくりで、常にイライラピリピリしていた。

超仕切り屋体質のフグ(←この記事参照)が、うまく仕切れない形で物事が進行していることも、余計にフグをイラ立たせた。

特に、部屋探しと引越しについては、完全に私のせいにされていたので(フグは乗り気じゃないのに、私がワガママで無理矢理やっているという風に)、

メルボルンでの結婚式前の7月あたりから、この10月の私の日本帰国までの期間は、私たちの関係は思い出すのもゾっとするほど、実は冷え切っていた・・・。


ひどいケンカを繰り返し、一度は、「もう結婚やめた」って私は本気で考え、家の物を投げて壊して、自分で描いて飾ってた絵をビリビリに破いて撒き散らし、「悪いけど帰国資金貸してください。インド人じゃないんで、ちゃんと返しますんで!!」とか叫びながら夜中に家出までしたんだけど、当たり前だけどメルボルンのどこにも家出先がなくて、絶望したことまであった・・。

数時間歩き回り、冬だったので体が冷え切ったし、行く場所がなかったので、家に戻ったんだったなぁ・・(涙)。この時私は、結婚するならもう本当にここには他に逃げる場所すらないし、頼れる人は他に誰もいないんだと思い知った。


zo02.jpg zo01.jpg
↑ 怒り心頭のあまりビリビリに裂いたゾウさんの絵(泣)。なかなかかわいいでしょ?ビリビリのままずっと放置してあったんだけど、ある日、拾って右写真のようにして、トイレに飾りました。裂け目見えたまま額縁に・・・。他の部分はビリビリすぎて無理だった(笑)。


しかし、この荒波期をなんとか乗り切り、どうなるかと思いながら私は一足先に日本に帰ったのであったね。

ふぅ

この頃のフグは、そのほか諸々の事情もあり(インド側の家族と私のイヤ~なイザコザとかあるんですよ・・・・)、完全に私に対して不信状態に陥っていて、ほんと、わたくしもしんどかったざます。実際、数キロ痩せたし。 私のほうもインド側問題に関しては、一歩だって譲る気はさらさらなく、完全にお互いの心、凍結状態。
 
メルボルンの結婚儀式の写真も、笑っているけれど、実は朝から最悪険悪ムードだった。写真を撮ってくれる知人や、参列者のために笑っていた。

周りに家族や親族もいなくて、自分達だけで結婚するってこういうことだった。参列者程度の人は内情までは知らない距離。でもそこに家族でもいれば、さすがに異変に気づくだろう。そして、なにか助け舟出したりアドバイスをしてくれたり、我に返らせてくれたり、気をそらしたりしてくれるんだろう。でも、お互いそんな存在は周りにいないので、泥沼にハマればそのままドツボだった。

会場までタクシーで行ったけれど、ウェディング風ドレス&スーツで、「いまから結婚します的状況」満載のカップルが、一言も会話をせずに固まって後部座席に座っていて、タクシー運転手もさぞかし寒かったに違いない・・・。


それでワタシは一足先に、空気冷え切ったまま日本帰国したのだった。だから私より1週間遅れで日本に来たフグを成田空港に迎えに行った時には、わたしゃもう、かなりドキドキハラハラだった。


でも、成田空港に現れたフグはすっかり普通に戻っていて、ようやく私たちの結婚生活は前進し始めたのだった。

私がいない間、フグもやっと落ち着いて頭の整理ができたってことだったみたい。それか、私がいなくなって私の存在の貴重さに気づいたとかぁ(←独断的超ポジティブ解釈も2割くらい 混ぜるオレ)。


とりあえず、最初の峠は乗り越えたけれど、

長い人生、今後もいろいろあるだろうと思うと、「ストレスに弱くて、一度にひとつのことしか出来なさ過ぎて、妻を含め他人を信じないクセのある仕切り屋体質の夫」のコントロール方法をもっと上手に習得していきたいものだと、新妻は思ったのでありました。

ヒマな時にはヒマだけど、人生って何かあると、突然てんやわんやにならざるを得ないことって多々あるでしょ?そん時に、夫がこんなんだから今後は一度にひとつのことしかしません、なんて風にはやっぱり思えない。 後からものすごいいろんなシワ寄せがきて、絶対後悔するってこと、目に見えるし。

あの時、「がんばって平行して部屋探し」してなくて、フグ流に「ビザや諸々が落ち着いてから」とかやってたら、きっと今でもあの心底ミジメな暮らし(←クリック)してたと思う・・。うわ、想像するだけでゾっ!


とにかく、

私にとっては、この数ヶ月でとにかく一番大変だったのは、結婚の用意でも、ビザの準備でも、引越しでもなく、「結婚生活の舵取り(転覆まではしないように)」と、「(他に誰もいないから)自分で自分をなだめて、なんとか自力で自分を保つこと」でした。


あー、しんどかった。ほんと、思い出すのもイヤ。

shi.jpg

よくわかんないけど、野麦峠くらいの峠は超えたな。


結婚生活とか、妻の成長って、こういうもんなのかもしれませんねー。

と、トイレの破れたゾウさんを見ながら「怒りはよくないわっ」と自分を戒めつつも、そんなことを思うのでありました。


まだまだつづく~


2012.07.16 / Top↑
jikka.jpg 
------実家の2階の部屋(昔は私の部屋だった)からの眺め---------



ってことで、ということなので、ですからなのでありまして、わたくし

20日間ほど日本に行ってまいりまーす!

ビザ受け取りに行ってきます。(詳しくは過去記事「ビザ、香る」(クリック)参照)


今回ばっかりは、ものすごく楽しみ!

だって、日本は今、夏まっさかり!


私はね、若かりし頃には一度は「日本なんて嫌い」とか思ったりしましたけれどね、その頃でさえ、「夏だけは日本に限る」って既に思っていました(いきなりトーク口調)。

それくらい、「日本の夏」が好き。
世界中どの場所のどの季節よりも、「日本の夏」が昔から好きだった。

まずあの風情!そして風情、そしてそして風情、とにかく風情!


それから、あの蒸し蒸しした空気。
私、なんといっても、湿度が好き!オールウェイズ  ギヴミー湿度。

そして、あの、うっそうとした緑。あくまでも緑。

それとね、どんなに天気が悪かろうと、さすがに「夏のくせに寒い」ということは、絶対にありえないっていう安心感と開放感!(ホッカイドーとかのことは知りませんっ)。

「夏」に裏切られることはぜーーーーーったいにない!

っていうことが、どれほど貴重なことか。

確固たる夏!覚悟の決まった夏!腹の据わった夏!
ちょっとしたことですぐ肌寒くなったりとかしない、あの潔さ!


見ろ、日本の夏は、誠実なのだ!
(例えばメルボルンの夏の不誠実さは、世界一不誠実でウソつきな男よりもタチが悪い)。



甘ったるい濃厚な熱帯夜の夜、

ちょっと寝苦しいけど網戸から時たまソワ~ッと若干涼しい風が入ってきて、

遠くからカエルの大合唱が聞こえてて、網戸のすぐ外あたりでは虫の声。

ガーゼの布団すらはいでようやくウトウト眠りにつき、

でも夜中に一度目が覚めると、汗グッショリ!

麦茶(そう、麦茶!)をかーっと1杯のんで、また眠りにつく・・・・
 
っていう、あの!!

あの、この世のものとは思えない満ち足りた世界!

うぉー~~

そう、網戸一枚で外と同じ空気の中で寝れるあの幸せ!


日本の夏以上の開放もしくは解放もしくは快方は、他にありませぬっ。

オレにとって。

プチウツも治るってもんよ。

(ちなみに、私の実家は千葉県北西部の典型的ベッドタウンにありますが、住宅地の一番端っこにあるので、うちの前は野原か農家。そして、その向こうには林がひろがっております)。


あー、つい興奮した。
息巻いた。

す・み・ま・せ・んっ。
ご・ざ・い・ま・せ・ん。
です。ます。なのでした。

あ、記事は予約投稿でなんとなーく更新もします。

でも、コメント等、なにかと普段よりはスローペースになるかと思いますが、よろしくです~。


2012.07.15 / Top↑
------「結婚式顛末4 痒いところに手が届いた」のつづき---------


ところで神社なのだが。

一番の希望は明治神宮だった。

王道を行くようだけれど、私にはちゃんと自分なりの思いがあった。

私は2008年インドから帰国して、また東京で一人暮らしを再開したわけだけれど、メルボルンに来るまでのその東京生活2年間は、明治神宮が徒歩圏内だった。

うちから歩いて、代々木公園と明治神宮の森を超えると、原宿駅だった。

だから、しょっちゅう、明治神宮のあの大きな森に通って散歩した。
そして、ついでに神社本殿にも寄っていた。

仲がよかった友達(同じく近所に住んでいた)と数ヶ月間くらいの間、ほぼ毎朝、会社行く前の早朝に明治神宮を歩くのを習慣にしていた時期もあった。

その時期には一度だけ、神社境内横のあたりで、澄み渡った早朝に「木霊(コダマ)の声」というやつも聞いた。

ほんとうに、コココココココココ~ッ ココッ!ってな感じで、木がしゃべるの。木の精霊を木霊(コダマ)っていうらしいんだけど、その声。本当にこの耳で聞いたの。木のキシむ音とかじゃなくってよ。


私たちはお互い、適齢期というか、適齢期が過ぎ去りそうなお年頃(笑)だったので、会話も自然と「ねぇ、どっかにいい人いないのかねぇ~」みたいな話ばっかりしていた。

私はインド帰りで太って「身も心も貫禄系」と言われていたアイタタタ系だったし、彼女はバツイチでアイタタタ系だった。

それで「私たちって、まじ、やばくなぁーい?どーしよー」とか言いながら、早朝の朝もやの明治神宮を歩いていたあの頃。

そして、「誰かいい人が現れて、ゴケッコンとかすることになったら、絶対、ここ(明治神宮)で挙式する~っ!」「え、ちょっと、何言ってんの?私が先だから~!私が先にここで結婚すんだってばー」とかいう会話を、あの森の中に響き渡らせていた。 
 
私たちこのままオールドミスとして孤独に死ぬのかもよ的方向に話がすすんだ時などは、「まーじー、やべぇー!!」と大声で叫んだことも何回かあった。森の中で絶叫。そのあと、会社に出かけていた。 そんな日々。


東京にめずらしく雪がちょっと積もった日も、「まだ暗いけど雪でちょっと明るい」明け方の明治神宮に行った。あの清浄な静けさは、今でも忘れられない。

あの2年は桜も明治神宮で見た。 原宿駅ホームにいると、明治神宮の森の蝉の声がものすごかった夏もあった。
土日は、ヨガのあと、やはり歩いて明治神宮に行き、大鳥居を出たところにあるカフェで友達とぐうたらした。

明治神宮は、適齢期が過ぎ去りそうだった微妙なお年頃な私の、セイシュン(青春。うぉー)最後の時期に欠かせない場所なのである。

それどころか、インドに住みに行く前の時代だって、明治神宮のある代々木にあるヨガ教室にひたすら通っていたから、いつも代々木にいた。代々木界隈全体が私の一回きりしかない今世の「若かりし頃のおもひで」の場所なのだった。

そういえば、フグが初めて日本に遊びに来たときも、まずは歩いて明治神宮に連れてった。

だから、とうとう結婚となったからには、私の頭にはすぐさま「明治神宮??私ってば、とうとう明治神宮で挙式っちゃう?グフフ ヌホホ デヘヘ」という嬉し恥ずかしな企てが浮んだのだ。


meigu01.jpg 
明治神宮鳥居。 懐かしい・・・。
これまでの全人生、2度の東京生活合計12年が一番楽しかった。 私の愛してやまないトーキョーよ、ありがとう。
 
過去になって初めて、「もう二度と来ない時間だったんだなぁ」という実感が涌くもんですな。
いつだって今だって、同じように「もう二度とない時間」なんだけどさ。それが人情ってもんですよ。

meigu02.jpg 
明治神宮境内  フグ初来日のとき。


でも・・・・明治神宮で挙式は値段が高すぎた(笑)。

他の神社に比べても、ちょっとじゃなく、だいぶ高かった(泣笑)。

高嶺の花ってやつ。

明治神宮はきっと、私が嫁に行けるまでを見守ってくれたのである。だから、明治神宮はもう役割を終えたのだ。と勝手に思うことにした(なんて前向き)。ありがとう、明治神宮。わたくし、おかげさまでもれなく嫁に行けました。



ってことで、じゃぁどこにする?となった。


次に名前あがったのは、鹿嶋神宮か香取神宮である。

神社と土地は密接な関係があり、土地と「この世に生まれること」は密接な関係があるから、神社は、縁がある土地の神社を選ぶのがいいといいますね。

で、私が育った実家から比較的近い、由緒ありそうな神社はこの2つだった。

鹿嶋神宮(あの鹿嶋アントラーズの本拠地の鹿嶋よ)には、メルボルンに発つ前にも、一度ぶらっと行ってみていた。

雰囲気はとてもよかった。明治神宮の思い出もあることだし、私はぜひ「深い森の中」っぽい神社がいいと思っていたから。鹿島神宮はその条件は満たしていた。香取神宮は、んー、まぁまぁ・・・。

千葉県出身だから近いといえば、そりゃ、「千葉神社」ってのがあった。だけど、この神社はどうでもいい感じのあの千葉市の、どうでもいい所にあり、けっこう街の中だし、森の中的雰囲気はほとんどなく、外と同じ普通の空気っていうか。由緒はあるらしいんだけど。

千葉神社は私の七五三をした神社ではあるのだけれど、どうしても好きじゃなかった。こういうのは相性ってもんだろう。好きじゃないのに選ぶわけにはいかない。

「じゃぁ、鹿嶋神宮かな」と、もう少しのところで決めそうになり、電話で仮予約なるものまでした。


そこに、父と妹から、異論が出た。(←なら、最初から言ってくれ・・)


静岡県に住む妹

「こちとら、乳飲み子抱えてるし(当時生後数ヶ月)、犬もいるし、あんまり遠くに行けないんすよねー。それに、披露宴もやんないのに、一時間足らずの式のために、わざわざ出席者をそんな場所に呼ぶってのかい?そこ、果ての地だよ。出席者、ほとんど静岡県民じゃないの?しかもキミ、今までインドとか行ってて、たいして親戚づきあいしてないから、なおさら、みんなをそんな遠いところまで呼ぶのはどうかと思うね」

千葉の実家の父

「オマエさぁー、 そうだよ。オマエなんかいまさらになって結婚しますって言ったって、みんなはオマエと違って忙しいんだから(←必ずこういう一言がつく)、式だけのためにこっち方面に呼ぶって言うのはなぁ。披露宴とかだってないんだろ?」


ぬがー・・・・。

しかしながら、確かにそうだった。

私は、出席者のほとんどが静岡県西部在住者であるのを忘れていた。なんとなく、東京付近にもいる気がしていたが、東京にいるのは私の友達であって、親族ではない。そして、式ってのは、基本、親族しか出ないんじゃん!

その後、静岡と関東の中間ということで箱根神社?背景に富士山映っちゃってステキ?とかいう案も浮んだが、


妹の住む静岡県西部の小国神社(遠江国一宮 小國神社)というところで、挙式することに落ち着いた。


(小国神社サイトはここクリック)


静岡県西部は、現在妹一家が住んでいるのみならず、母の育ったところであり、母方親族はこのあたりに散らばっている。父は子供時代に両親を亡くしていることもあり、私は父方親族とはほとんど縁がないから、式に呼ぶのは母方親族のみで、その数はせいぜい15人未満程度である。

そして、この神社でやれば、新築の大きな妹の家が近いので、式の支度などにも都合がいい。

ようやく、小国神社で決まった
この神社、ここにして本当によかったと思える神社だった。


大きな敷地の深い森の中にあって、静けさが漂ってて、森の中の池には鯉がいて、ひっそりと赤い橋がかかってたりして、人もあまりいないし、かといって見すぼらしくなく、とてもステキな神社。

母の実家エリアだから、縁がないわけではないし、とてもいい感じに一件落着した。

メルボルンに嫁に行くんだから、どうせトーキョーとはお別れなのだ。でも、いろいろな理由で結果的に妹の家付近の静岡県の神社になったことによって、「トーキョーや楽しかった独身時代」と本当に決別するのねワタシってば、とさびしいながらも、改めて実感した。

「トーキョーや、トーキョーのおかげで類を見ないほど自由で楽しかった独身時代」は、じゅうぶん楽しんだんだから、もう思い出の小箱(なんじゃそりゃ!まさか、オルゴール付き?)にしまうことにした。たまーにこっそり開けて、ひとり懐かしがろう、過去の栄光を(笑)。


つづく

2012.07.14 / Top↑

------「結婚式顛末3 人間、すべては初期設定」のつづき-------


さて、日本での神前式への思いもむやみに長ったらしく述べたので、次は神前式に向けた用意の話に移るかにゃ。


フグの有給休暇のことを考えると、日本に行けそうなのは10月下旬頃となった。

そこで突如、大急ぎで日本の神社式の用意をしなければいけないことになった。

あー、出たよ、インド人の「直前バタバタ」症候群。

どんなに気をつけていても、これに巻き込まれる。なぜか必ず、「直前でバタバタする」ハメになるのだよ、おまいさん。

私はずいぶん前もって、「ちゃんと考えて」と言っておいたのに、なぜか、用意する時間が2ヶ月しかない!!という状況に見舞われる結果に・・・・(予定を立てるという能力のない人種=インド人とケッコンした人の宿命です)。

メルボルンにいながら2ヶ月で遠隔地日本の神前式の用意、これってものすごい大変なの、既婚の人ならわかると思う。

まずは私はさっそく、ネットで調べ物にとりかかった。この時期、部屋探しとビザ申請書類の作成も同時進行しており、私は日本のサラリーマンなみに毎日毎日、朝から晩までパソコンにへばりついていた。




まずは、貸衣装、着付け、神社の初穂料、ウェディングカメラマンなど、バラバラで調べていった。

最初は「そのほうが安く済むだろう」と思ったからだ。

だけど、実際は予想以上に高かった。。

貸衣装は、「共済だとすごい安いよ」と聞きかじり、いろいろ調べたけれど、結局、共済に加入していなければいけないっぽいとか、共済の会館を使わない場合は、衣装持ち出し料金おいくら万円だとかなんとか。

着付けもおそろしく高いし、そこにカツラ貸し出し代金が加算されて・・・とかetc。
 

カメラマンについては、友達Bが「絶対にカメラマンはウェディング撮影のプロを雇うべし。絶対よ!写真が得意とかいう程度の友達に頼むと台無しだよ。私、それだけは心底後悔してるの」と念を押していた。

その友達Bは、とてもケンジツなタイプで、地味かつ冷静、ワタクシ無駄な出費なんか絶対しませんことよ、という人なのだが、その彼女がそう言うのだ。私の目的は「写真を残す」というのが重要事項だったし、これは従うしかない。 だからウェディングカメラマンも探したけれど、彼ら、とても多忙だし値段も高い。

それに、それぞれバラバラだと、それぞれに交通費など払わなくてはいけない。そういうことも考慮に入れると、どうにもこうにも値段が嵩む嵩む。

これは、うまくいかなそうだぞ・・・という感じが濃厚になり始めた。


私は頭を整理した。

・私に必要なのは、まず第一に和装を着て撮る写真なのだ。
・そして、披露宴等は行わないから、シンプルに神社式だけの予定。

だから、

「和装コスチューム写真に重点をおいていて、かつ、式は本当にシンプルにそれのみ。そして、予算がささやか」という人向けのパッケージみたいなの、ないかなぁ?と思いはじめた。

そういう人、すごい多いんじゃない? ほとんどの人が、似たような希望を持っているんじゃない?今どき、ニーズがあれば誰かが何かしらして、そのニーズに答えるビジネスをしているもんじゃないか(日本の場合)? 

と思った。


だから、

「冠婚葬祭ってヘンなところで、ヘンなお金が発生していやデスネ♪ でもうちは、そうではありませんヨ♪ 明朗会計&必要なものだけにお金を使いたいという方に喜んでいただきたいのデス♪ 貸し和装も高いですネ♪ だけどうちは衣装も常識的値段ですヨ ♪ それにやっぱりなんといっても写真って重要ですよネ♪ そこ分かってマス、心配無用ですヨ ♪ 全部おまかせしちゃってよくてよ♪」

みたいなウマすぎる話を、逆に売りにしているようなところ、ないかなぁ? と探した。


今の時代、そういう売りが一番大切でしょ? 実際、世の中(日本の)そういう流れあるよね。昔みたいな消費者の足元見まくったパッケージじゃなくて、そういう商売のイヤさ加減を逆手に取った良心ビジネス。ありそうでしょう??


と思いながら、予定していた神社が静岡県だったので、その神社でもできそうな範囲で探した。

そして、ちゃーんとあったのである、そういう「痒いところに手が届く」ありがたいことをしているところが。

ありがたや~っ!

それは、その名も

「挙式&ロケフォトプラン」という、名前からしてすでに「分かっている」オーラ漂うプランであった。

披露宴なしの挙式だけで、和装もカツラも貸してくれて、着付け屋もついてきて、ウェディング・カメラマンもついてきて、特に写真が大事だから、写真はいいロケーションでばっちりとって差し上げます。そして、CDに焼いて全部お渡しする他、アルバムも込み」というプラン。

252、000円なり~。 (あ、神社に払う初穂料(挙式代)は別ですよ、もちろん)



バラバラで頼んでいたら、とてもじゃないけど実現不可能な値段。

そのうえ、全部お世話もしてくれる。自分で他に用意しなければいけないものは何もない。かといって、余計なものも何もない。これ以上「ナントカ料金」が加算されることもない明朗会計。ピッタリハナマルな内容。

結婚式というものを多少なりともやったことがある人ならば、これがそうとう安くて、かつ、そうとう便利なプランだということ、分かると思う。

ということで、私は八千代ウェディングさんの「挙式&ロケフォトプラン」にお世話になることに決めたのだった。


つづく

※次回の記事は、神社について


-----※---八千代ウェディングさんに興味ある人、詳細は以下---※------


「八千代ウェディング」 (←クリックで飛ぶ)

この八千代ウェディングさんの左側メニューのなかにある「挙式&ロケフォトプラン」ってやつ。

個人でやっている八千代ウェディングさんは、他にも「ロケフォトだけ」のプランもあるし、旅館でウェディングしたい人プランとか、十二単着ちゃいたい人用プランとか、

とにかく、和装ウェディング中心に、いろいろなタイプの「痒いところに手が届く」サービス提供しています。

基本は静岡県東部中心でやってるようだけど、私は静岡県西部まで来ていただいたし、場合によってはいろいろ遠いところにも行っているらしい。

サイトメニューにある神社以外でも、もちろん相談すればできます。

「国際結婚するんだけれど、日本で和装挙式考えてるんです」「和装結婚の写真が欲しい」的な方、かなりおすすめよ。(あ、わたし別に八千代ウェディングさんの手下とかじゃないっすよ:笑)。


ちなみに、私は最初から静岡県で探したのでたまたま八千代ウェディングさんを見つけたんだけれど、東京周辺とかにも、それなりに似たようなサービスを提供しているところ、なくはなさそうでした。でも、八千代ウェディングさんところほど、いろんなサービスがあるかどうかまでは、よく分かりません・・・。


2012.07.13 / Top↑

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前回までの結婚式顛末話シリーズは小休止ってことで・・・、

えーと、あいかわらず、料理に励むフグ。

特にここ2ヶ月くらいはマイブームらしく、土日は「マダム・フグ」と化している。

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これは先週の夕食。

上から向かって時計回りに、アラハルダール(アラハル豆のカレー)、カリフラワーとマッシュルームのサブジ、ニンジンとタマゴのブルジ、じゃがいものポシュト。

このじゃがいもの「ポシュト(Post)」なんだけれど、激ウマ。

フグ料理の中で私がダントツ好きな料理。

ポピーシード(ケシの実)をゴマ擦りの要領で擦ってペーストにし、それでイモをあえてあるの。
インドのベンガル地方の家庭料理の定番。
デリーでは聞いたことも見たこともなかったので、地方料理。

味もマイルドでやさしくて、不思議とこれは和食にも合う(あまりスパイスは使わないからかも)。

他に、オクラでもいいし、オクラ&ジャガイモでもOK。もしくは、パルマルというインドによくあるズッキーニみたいな野菜も定番。


だけど・・・・・・「ブログに載せるからレシピ詳細言って!」って言ったら・・・、

「だめだ。これはシークレットなのだ。流出はさせない」とか言っちゃいやがりまして、フグがっ!!!
 
あんた、何者っ?笑

というか、私のブログ・・・・・せいぜい1日の読者10人とか20人なんですけど・・・。

スキを見て、聞きだせそうだったらそのうち・・・・(笑)。


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これは、インドの大衆食の定番中の定番。インド中どこにでもあるし、メルボルンにだって、そこら中にある。フードコートのインドフード店にも、必ずあるほどよ。

ヒヨコ豆のカレー。「チョーレー(Chole)」もしくは、「チョーラー(Chola)」と言う。

しかし、この料理は必ずと言っていいほど「バトゥーラ(Bhature)」という、揚げたナーンみたいなパンと一緒に食べるので、「チョーレー・バトゥーレー(Chole Bhature)」という名でセットで食べるのが普通。

どちらかというと、朝とか昼に軽食扱いで食べることが多い。
ので、道端の露天で食べることが多い屋台食でもある。

たいていインドでは、ジャガイモも入っていることが多いんだけれど、メルボルンのフードコートあたりで食べると、ジャガイモなしの場合がよくある。

あとは、おしんこ的感覚で、必ずマンゴーのアチャール(漬物)がひとかけらと、生タマネギのカケラがつくのがインドでは普通。

マンゴーのアチャールだけど、「マンゴー」の響きからくる甘くてトロピカルな味は皆無で、めっさすっぱくて辛い!熟れてないマンゴーを使うから。

でも、食べ慣れるに従って、「やっぱチョーレー・バトゥーレーには、マンゴーのアチャールとタマネギだよなー」と思うようになるもんなのだね。

日本人が、「やっぱ白いメシに梅干とタクアン、そこにちょっくら焼き魚でも付きゃぁ、言うことないよ」と思うのと同じですな。

メルボルンのレストランなんかでは、気取ってるからか、分かりやすくしてるからか、「Chicpea masala curry」などと書かれていることがあるんだけれど、

チョーレー・バトゥーレーは、日本で言う「おやき」とか「キャベツの焼そば」くらい、庶民くさく屋台な食べ物なんで、すまし顔で召し上がったりとかしないように!


あ、それで今からが今日の本題なんだけどさ。

今日の本題「哀愁」


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これ、フグの「冬の足元@家の中」・・・・・。

フグ、基本的に家の中ではノー靴下、かなり寒くても裸足な人なんだが、今年のメルボルンは例年より寒いうえ、今度の家の床がフローリングだからか、さすがに寒いらしい・・。

ということで、最近は家の中でもわりと靴下はいてるフグなんだけど。

どうですかね?この景色。

靴下にビーサン。
ズイっと、靴下を鼻緒(ビーサンでも鼻緒って言うのか?)にメリこませて。


私、この景色に、しみじみ物悲しさを感じてしまいまして・・・・。
いかんとも表現しがたい、えもいわれぬ哀愁が漂っているというか・・(笑)。


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これで、ビーサン脱ぐと、しばらく靴下がそのままの形になってるわけ。

もや~っと、ハート型に。

毛玉だらけだし、靴下・・。


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出勤前の足景色。

スーツのズボンに、靴下食い込ませビーサン・・・。

ひゅるるるるるるるるるるる~。



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かく言う私も、あまりの寒さに、家の中ではこのような足元。

フカフカムートン風ブーツに、
厚手のウールの靴下(無印のよ)に、
厚手のタイツ(つま先まであります、ヘソの上まで隠れます)に、
さらに、裏起毛のズボン。

これでも一度足が冷え切ると、冷え切ったまま。

それくらい、わたくし、寒さに弱い・・・・。

最近はたまに涙が3粒くらい出ます。
あまりに暮らしが寒くて、突然つぶれるの。

最近は、このムートン風ブーツの中のフカフカがペタンとしてきて、フワフワ感が薄れてきたからか、どうにも足が冷えたまま。

そろそろ買い換えようかな~、家用ブーツ。
これ、そこらへんで7ドルくらい(550円くらい?)なのよ:笑


2012.07.11 / Top↑

-----「結婚式顛末2 ドラ娘の宣言」のつづき-----


理由② 人間、結局は初期設定>


もともとのもともとからして私は、多くの海外在住の人と同じタイプだったと思う。

「ことの始まりを思い返せば、日本がなんとなくイヤで海外に飛び出していったんだよなー・・」というタイプ。
 
そして、その後にたどっているコースも大半の海外在住者と同じだと推測する。

海外暮らしでいろいろと経験し、歳をとり、とうとう取り返しがつかないところまで来た頃になって、「日本とはなんなのか、どんななのか」が分かるようになる。

そして海外暮らしの中でいろいろな人と出会いながら、

「生まれ育った文化が、その人の全人生に及ぼす重み」を見る経験をいやがおうでもたくさんし、

ふと自分を覗いてみれば、あの人やあの人が「結局 ザ・フランス」とか「結局 ザ・インド」なのと同じように、自分がまさに「結局 ザ・日本」なのだと実感することになる。  


別名:アナタと私の間に横たわる絶望という名の超えがたき壁の認識

 
そして、ああ、私は、こんなにも日本人なのだなぁ。と、空を仰ぎ見るようになるのであった。

というコース。

ま、同時進行で「古今東西、人間って本当に同じだなぁ」という経験もしていくんだけどね。


でもやっぱり、
私は、海外に飛び出てから約10年(海外旅行はそれ以前からしていたけれど)の間に、


人間、結局は初期設定なのだ。


ということを、ことごとく思い知ったわけなのである。

「20歳くらいになるまでにどのような文化の中で育つか」というところが、結局その人の全人生に及ぼしていく重みを思い知ったということ。

その後の人生は、どんなカラフルな経験をしたって、どんな人に出会ったって、詰まるところは、子供時代に固められた基礎をフィルターにして経験や出会いをするって程度にとどまるのだ。

いくらソフトを追加することはできても、OSは変えられません、ということ。(パソコンだってOSの入れ替えをするには一度初期化しなければならない。それは人間に例えたら、一度死んで生まれ変わることなのだ)。

これって、他の文化圏にどっぷり暮らしてみて、「ワケのわからない人たち」とすったもんだしたり、「解せない経験」に悶絶した末なら、誰もが分かることだと思う。 いやというほど。

いろいろなソフトを入れてみたりするのは面白くていいと思うし、いろいろな価値観を知ることで成長できる。しかし、やっぱりどうしてもフリーズやクラッシュも多くなる(引きこもり、ウツ、激昂、号泣などなど:笑)。


でも、OSさえしっかりしていれば、パソコンは大丈夫だよね。



では、これがなぜ、日本での結婚式の話と関係するのかといえば・・・・、



私は日本人ではない人と結婚し、日本ではない場所で人生を送ることになることを考えると、必ずある不安が頭をよぎるからである。

私の子供は、私がこんなにも知っている日本を、どれだけ知らずに育つのだろう?という不安。


自分が子供を生めるとしてだけれど

その子供はオーストラリアで育つんだから、いろいろな要素を取り込んで独自のOSを構築していくだろうけれど、そこに日本のよさもぜひ取り込んで欲しい。

私のOS「日本」も、ちゃんと受け継いで欲しい。


だから私は将来、自分の子供などに見せられる「日本の結婚式の写真」「日本の縁者が集まった写真」が欲しかったのだった。

写真が残っているからって、どうなるわけでもないかもしれない。

でも、「象徴」というものの力って実際に存在すると実感している。 
 そして、「何かをわざわざ形にして残す」ということが、時々大切だということも、実感している。

だから、私に入ってるOS=「日本」

象徴するものとして、日本の結婚式の写真が必要だと思った。

「日本人ではない人と結婚し、日本ではない場所で人生を送ることになる」自分のためにも、節目として「私と日本」を形に残しておきたかった。




別に、他の文化を排他しよう(自信がない人の保身術)とか、子供に「日本が一番すばらしい」とかわざわざ言ったり(負け犬の遠吠え)したいわけではない。いいものは、吠えて告知せずとも、周囲をざわざわさげすまなくても、いいもののはずなのであるからして。相対的価値観を頼った間違った「民族の誇り」とかが結局、戦争に繋がるわけだし。 


それとか、例えばインド人みたいな、「子供は自分とおなじOSでなければ許さない。さもないと、オマエの人生は結果的に必ずや失敗に終わるだろう。オマエは親の言ったとおりにだけしてればいいのだ」というやり方には、絶対に陥りたくなーい。
 
だから、


子供は私から自然なかたちで日本を嗅いで育てば、それでいいと思う。
私のOSが揺らいでさえいなければ、万事OKだと思う。


だけど、写真があったり、家庭料理で肉じゃがや味噌汁に触れたり、行事に親しんだりするのはやっぱり大切でしょう?

自分の子供時代を振り返ると、おばぁちゃんの家で見たナントカとか(たった一度だけ見ただけだとしても)、おかぁさんのあの時のナントカ(ほんの些細なことだったとしても)が、日本人としての自分のアイデンティティを作る途上で、ポイントになってるなぁってこと、いろいろありませんかね?

日常に接するものに加えて、象徴的なものとか節目節目の体験がものを言うと思うのです。小道具よ、小道具。

そんな小道具のひとつとして、自分のためにも子孫のためにも、日本の結婚式の写真がほしい。

と私は思ったのでした。

糸の切れた凧にここでイッパツ、目に見える日本印を押そうと。


つづく~  

2012.07.11 / Top↑
----「結婚式顛末1 まずは、紙切れのため」のつづき----

では、なぜ私は日本での神社式がやりたいと思っていたのか。
それには私なりに明確な理由が2つあった。

理由① ドラ娘の宣言>


私は若い頃にグレていたとか非行に走ったとかいうワケでは全然ないのだが、たぐいで言えば、ドラ娘であった。

「最初の彼」を皮切りに、父親の世代感覚とか、特にうちの父親の性格とかから見ると、くっついたり離れたり。もうこのままついにケッコンか?と思わせたかと思えば、また別れたとかいう。みたいな。

「まぁ、でも今の世代はこういうものなのかな」と柱の影からハラハラ見守る父親がやっと慣れてきた頃に

今度は「インドに住む」とか言い出しちゃって、その長女の次元を超えたワケのわからなさはエスカレート


そのうち、「娘の彼氏」に毛深いインド人男までが登場。父親、のけぞる。青い目の好青年ならまだしも、インド人て・・(父親、欧米に憧れた世代)。

父親は、「オレの母親はこの子の年頃に4人の子を産んだあげく、もう死んでいたのに」なんて思って、娘の落ち着かなさに空を仰ぎ見る。

しかし、「意味不明な長女」は、まさかに重なるまさかを実行。

インド人男と別れたし、日本に帰ってきてやっとこれでマトモな道を歩むのか?やっと平静の世がやってくるのか?と思わせるやいなや、しばらくして今度は「メルボルンに行くことになったくさい」とか言い出す。

父親は「え?メルボルン・・・・?」と一瞬とまどうも、「でもでもでも、インドよりはいいじゃないか。あのめちゃくちゃなインドよりいいじゃないかーっ?そこで、妥協しろ、オレ」と内心で葛藤に励む。しかしそんな矢先、

「でも相手はインド人」と娘はのたまわったのであった。


・・・・・・(オレの心の)波乱は永遠につづくのか・・?
チロリーン


とまぁ、こんな感じ? (私の想像するに)。


(あ、言っときますけど、私はね、別に男をとっかえひっかえとか、してませんからね。でも、一人につき2年とか3年とか付き合ったって、私の歳にもなりゃぁ、何人いるわけでありまして~。普通ですよ、フツー、やだわーもう)。


だから、私としてはここで、「皆様、これはホンモノの節目でございます。今度こそ、とりあえず落ち着くんでございますよ」ということを形にして見せる必要があった。

合弁するするとウワサばかりがたっていた会社の、合弁決定公式プレスリリースみたいなやつ?

さもなければ、

「とかいって、またメルボルンやめたとかいい出すんじゃないだろうね?」
「とかいって、また別れたとかいい出すんじゃないだろうね?」
「とかいって、またいきなりヘンな国に行くとかいい出すんじゃないだろうね」

という感じで、父親からも妹からも「とかいって不信」が止みそうもなかった。


「オマエは今までを見ても、本当にコッチがわけがわからないことばっかりだからブツッブツブツ、今度こそ本当にメルボルンに行くというのならボソボソボソ。。。人にオマエのことを聞かれても最近はなにを言ったらいいのか困っちゃうしさぁ・・ブツブツブツ」というようなことも、父親からちらりと言われてたし(笑)。

だから、ドラ娘の糸の切れた凧のようなながーいながーい独身時代の節目を、周りにも見せる必要があったのであった。

ある意味、親を安心させる親孝行のためってこと?

そのためにも、ちゃんと日本で「見せる」必要があると思っていた。

父だって、もともとは「儀式」とか「世間体」とか、そういうものに対して反抗的なタイプなんだけれど、親子ともども、ずっとそういうものを気にせずに生きてきてしまったため、逆に、儀式などが持つ本当の意味や力が見えてきた感じもあった。

今こそここで、人々がすなるといふ「式」というものの肩を借りるべし的に、うち一家が始めて儀式というものを真面目に目指した。


で、思ったけど、

儀式って詰まるところは、自分に対する宣言
というか、腹のくくりなのだね。
 
だから実は、親に見せるためというのは、ちょっと違うのかも。

神社の奥には必ず丸い鏡がある。神社の奥にいるのは、神様の銅像とかじゃない。
鏡。あれは、本当の自分=神様なのだ、ということだと言う。

だから、鏡に向かって何かを宣言するのは、自分に向かって公式に何かを宣言することなのだ。

「もう、何があっても逃げませんやめません。これで行きます」と。

こうでもしないと、人間弱いから、すぐにくじけちゃうのかも。そこで、儀式の力を借りて、公式宣言を自分にセットするのだ。

そして、自分に対して公式に宣言をする姿を親にも見せる、という2段階式。

だから回りまわれば親孝行でもあるけれど、本当のところは自分のためなのかもしれないね。 そう考えると根無し草的な私(家族にはフーテンと言われている)には、特に重要だわ・・。


次回は、理由②です。

つづく ~



2012.07.10 / Top↑
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------いきなりバラを小道具にポーズ----------

私たち公式には、2011年の8月に結婚した。 ということになっている。

オーストラリアで結婚する場合は、牧師か神父、もしくは結婚執行者という資格を持った立会人の前で結婚をしなければ、認められない。

私たちは二人とも、親族や家族がオーストラリアにいないタイプの孤立した者同士だから、オーストラリアで結婚するのはどうも無意味感があったのだけれど、ビザ関係もろもろの事情で、とりあえず公式な結婚はオーストラリアで済ませよう、ということにしたのだっだ。

まずは紙切れさえ用意してしまえば、その後のいろいろが比較的スムーズだろうと思って。

お互いクリスチャンでもないので、牧師や神父というのもピンと来ない。

だから、結婚執行者の立会いのもと、結婚登録所で結婚という形をとった。

といっても、これは結婚する二人がその立会人の前で「結婚します」という宣誓書にサインし、証人となる人2名の署名も必要だという、ちゃんとした儀式なので、そう簡単にはいかない。

友達が少ないフグと、メルボルンに来たばっかりの私は、証人として署名してくれる2人を含めて人を集めるのに苦労し、なんとかして8人を呼んだ。

儀式には、2種類の部屋のうちのひとつを選ぶことになっていて、ひとつは立会人(ゲスト)が8人まで呼べる小さい部屋、もうひとつは55人まで呼べる大部屋。私たちは当然8人部屋を申し込んだわけだけれど、8人呼ぶのだって苦労してしまったのであった・・・。

メルボルンでは、この結婚登録の式を行う場所は、シティにあるOld Tresuary Building(オールド・トレジャリー・ビルディング)の中にある。ちょっとした、歴史の香る建物だ。


そんなこんなで、各種いろいろな手続きをし、去年の寒い寒い8月(こちらは真冬)のある曇り空の日、私たちは結婚にこぎつけたのであった。

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-----こうやってゴケッコンを誓ったわけですよ、みなさま------


あくまでも「オーストラリアでの結婚は、公式手続きのためだけのもの」という思いのあった私たちは、この式に向けた準備も、「そんなんでいいのか?」というくらいに、簡単に済ませた。

一応8人呼ぶのだし、写真を撮ってくれるというありがたい友人もいるし、立会人はやはりスーツで来るだろう、だから、ドレス風のものを着るべきだ、ということになった。

簡単に済ませるはずが、話がおおげさになってきちゃったよ~、こりゃ・・・・とモヤモヤしながらも、

近くのショッピングモールで、1時間半くらいで実に適当に白いドレスを買ってきた。こっちの人がたぶん、パーチーとかに着ていくドレスショップの端っこにあった、白いドレス。

買うまでに試着したドレス、たったの2着。150ドルがセールで70ドルだった。買った理由は「白い」から。それから、「小さいサイズがあった」から。あと、もちろん安かったから。

一番小さいサイズを買ったにもかかわらず、胸ブッカブカのパッカパカだったので、パッド入りの白いブラも買った。「そんなもん持ってないよ」ってことで、白っぽい靴もターゲットでお買い上げ。ついでに、耳にパールくらいついてなきゃ?って思って、安いパールのピアスもそこらへんで購入。

結婚式の衣装たるものを、数時間で全部揃える女ってなに?しかも総額120ドルくらい。


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(後日、写真を見て初めて知ったんだけど、ドレスの裏地(中についてる下着スカート)が短いのが丸分かりで、全然おかしいじゃぁないですかっ!これ、私が勝手に短いやつ履いたんじゃないのよ、ドレスにくっついてるやつなのよ。ナゼこんなデザインなのっ?だから売れ残ってセールだったのか・・・?)


もちろん、当日の髪の毛もメイクも自分で適当にやった。練習すらしなかった。よくわからいままに、やたらめったら頭にピン止めを刺していったら、正面から見た場合限定でなんとかなった(笑)。

本当に、ツギハギもいいとこの、適当極まった結婚式なのであった。


でも、

思い入れナッシングで、ケチりまくりながらメルボルンの結婚登録を済ませたのには、それなりのワケがあったのだ。


私は、日本での神社式を計画していたのである。

ビザ関係やら、お互いの国の行き来やらで、本当にお金が厳しかったから、出来る限りお金は日本でやりたい神社式のために節約しておく必要があった。それに、何度も「本番」をするのは意味がないだろう。

先にも書いたけれど、メルボルンは私にとってもフグにとっても、なんら自分の歴史が「根ざして」いない土地なのだ。「しがらみ」も、なさすぎるほどない。

今後ここで人生を送るのだから、これから段々と根ざさなければいけないのかもしれないけれど、結婚の時点では根ざしていないのは当たり前だったし、しがらみがないのも当然だった。

そんな風なメルボルンでの結婚だったので、それはあくまでも紙切れのためのものであって、私の中の「本番」は、日本でやりたいと思っていた式だったのである。

だから、20ドルとかの靴履いて嫁に行く花嫁はなかなかいないだろうとか我ながら思いつつ・・・。、メルボルンでの登録式は適当に済ませたのだった。

(とはいえ、来てくれた8人よ、ありがとう~)

では、なぜ日本で神社式をしたいと思っていたのかというと。。。


つづく


2012.07.08 / Top↑
■■ PHOTO で India ■■-------------------------------------------------------------------


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女学生の制服がサリーってのを見かけました。

足が裸足なのは、ここが寺院入り口だから。

インドでは寺の敷地に入る前に靴脱がなきゃいけないんです。



インドの民族衣装サリーですが、以前も書いたように、けっこう地方色があります。

そしてインド全土、女性は普段からサリーを着ている率が高いんですが、それもけっこう地方によってバラつきがあります。

例えば、ベンガル地方あたりでは、ものすごい率で女性はサリーを着ている。

大都会コルカタ(カルカッタ)ですら、路地を覗けばサリーだらけです。

グジャラート州とかも保守的で、サリー率ものすごい高いし、あと、南インドは全般的に高い。

でも、ポルトガルの影響が濃厚なゴア州では、ほとんどが長いスカートだったりとか、まぁ、いろいろです。


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ところで、彼女たちは制服がサリーのようですが、普通はサリーって既婚女性が着るものです。

未婚女性や少女たちがサリーを着ているとすれば、それはフェスティバルとか結婚式など、特別な時の晴れ着として着るだけで、日常で未婚女性がサリーを着ていることは、ほぼないと思っていていいです。

その代わり、未婚の女性で、洋服を着るタイプ(=かなりの都会派のみ)でもない人が着ているのは、「スーツ」と言われるもの。

やたら丈の長いカミーズ(シュミーズとおなじ語源よ)というブラウス(前は開かないけど)に、下はやたら膨らんだズボン(サルワール)か、細いズボン(でも膝から上部分はやはり風船のように膨らんでいる。チュリダールという)をはくものです。
 
これは日本では「パンジャービー・スーツ」の名で通っているんですが、インドではその名前では呼びません。

「サルワール・カミーズ」と言うか、あとは、単に「スーツ(インド人訛りでスートゥ)」と言います。



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↑ ほら、スーツの人も何人か。


たしかに、もともとパンジャーブ地方の衣装なので、その名のとおり「パンジャービースーツ」ではあるんですが、インドでは完全に未婚女子や少女が着る普段着として定着しきってるからか、そう呼ばないみたいです。

では既婚になるとスーツを着なくなるのか、ですが、着る人は着ます。

でもサリー度がすごい高い地方では、あまり見ませんねぇ。
着るとしても、家着とか、そこらへん歩く着とか、あくまでもカジュアルとして着るくらいかな。
 
このへんは、人によりけりで、フグのおかぁさんなんかは「絶対スーツ着ない。絶対サリーしか着ない。寝るときもサリー」です。

でも逆に、パンジャーブ地方の人などは、もともと自分達の民族衣装なので、既婚でも晴れ着でスーツ着ます。というか、値がはって、きらびやかなタイプの晴れ着スーツというのがある。シルクとかね。パキスタンもそうです。

パンジャーブ系が多いデリーでは、おばさんでも気軽にスーツ着る文化が他の地方より断然あります。上の写真の右端の藤色の人みたいな。デリーでは、誰問わずして、みんなスーツ着てますね。


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サリーは、体型を選ばず、誰でもどんな体型/身長でも、仕立て直し等不要でおなじ一枚の布を着れるので、便利ですねー。

基本、巻くだけですから。

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あ、男子生徒もいた。やっぱりテーマはムラサキ(笑)。

いくらなんでも教室中、ムラサキすぎじゃないですかね・・・。

もしかしたら、学年によって色が違うとかかもしれませんね。

私が中学生の時はそうでした。

ジャージ、名札、上履きの色が3色あって、学年によって違うの。私は緑でした(←なんの訳にもたたない告白)。

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下の写真は、最後のオマケ(どこかから拝借した写真れす)。

インドって、女性警官の制服にもサリー/スーツがあるんですよ。ほら ↓ ↓


このカーキー色は、インドの警察官の象徴的色。

もちろん男性警察官の制服もこの色です。

この「カーキー(khakee)」ですが、もともとインドの言葉なんですよ。

もともとのもともとは、ペルシア語あたり起源のカーク(Khak)という言葉らしいですけど。

khakって、埃とか土とか。



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※このコーナーは、当ブログの番外コーナーです。
インド時代の写真を地味に紹介していています。
当時のブログや仕事で紹介した写真もたまに出てきますが、あしからず。



2012.07.06 / Top↑
結局、あれからもダラダラして、昨日やっと10日以上ぶりにヨガに行き、今日も行って来た。

やっぱり行くと体がすっきりしてよろしいね~。


なんだけれど、


今日は・・・・すごい景色を見てしまった。


ヨガやりながら周りを見渡して、「さすがガイジンだよね」っていつも思う点が、みんなの出で立ちなんだけれど。

極小ミニパンツの人がすごく多い。ホットパンツとか言うんだっけ??ほとんど下着のパンツとカバー範囲が違わないくらいの、小さいパンツ。

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↑ こういう、ちっさいパンツでヨガ。


ヨガってけっこう足開いたり足あげたりするのに、よく履くよねーって思う。それに、モモの付け根から思いきり足丸出しでしょ?素肌部分が多いと汗で滑って、いろいろやりにくいポーズあると思うんだけどさぁ。

でも依然として、彼女たちはホットパンツなわけ。スタイルに自信がある人だけじゃないよ。普通のブヨブヨの人とか、おばさん化が進んでる人とかも、何食わぬ顔してさらけ出してらっしゃる。

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↑ 半分以上の人は、こんな感じの出で立ち


でもね、ホットパンツと言っても、パッチパチの肌に密着する感じのものならまだいいんだけど、困るのはブカブカしたようなやつ履いてる人。

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↑ 
こんな感じの、ブカブカしてるのにやたら短いパンツ。こういうのは、ホットパンツと言わずにショートパンツというのか・・?


で、今日、私の斜め前方1メートルくらいのところに、ブカブカしてるくせしてやたら短いタイプのパンツはいている、ブヨブヨした人がいたの。おん歳35歳くらいでしょうかね、毛は栗色。

そしてその人が、このポーズ(下図)をやった時にですね・・・

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ちょっともうやだ、見えすぎ! (私はナナメ後方にいる)。


だって、この人下着はいてないの!!
ナゼ?ナゼですか?

足にもカールしてフワフワしてるような風合いの毛がたくさん生えてる人なんだけど、その毛がそのままショートパンツの奥へ続いてて、それで足あげてる間の1分間、ガバっとしたそのショートパンツの片側から、その奥地の領土までさらっと公開。


普通はね、ブカブカしたようなやつ履いてる人だって、その下に下着のパンツ履いてるから、最後のところで、やっぱりなんとかなるの。

見えそうで見えないものなの。最後の砦んところに、下着のパンツが登場して、大奥は隠れてらっしゃるの(下着のパンツなら見せていいってわけでもないと思うとはいえ)。

私もすっかりそのつもりでいたから、油断してた。最後んところまでは見えないだろうと。

だけど・・・・テーブルの上にリンゴがありますくらいの普通さ加減で、足の毛が続く向こう側には森があります的に、そんなものが見えていて・・。

「髪の毛が栗色の人は、足の毛も栗色で、そして、かのエリアの毛もやっぱり栗色なんだね」とか、くだらんことまで思いながら、ドギマギ。

だけど当の本人、気づいていないし、それどころか超真剣なまなざしで、さらに足を上げようとがんばってる(教室の前面は壁一面鏡なので、誰かの後ろにいる場合、その人の後ろも見えるし、鏡に映った正面も見える)。


だけど、それでもまだよかった。


正真正銘の最後の砦がまだ奥に隠れているなんて、考えていなかったんだけど、この後に、ホンモノの最後の砦を大公開されて、キョーレツ。

それは、レッスンも終わりに近づいた頃にやったこのポーズ(下図)の時。

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その人、ブカブカ系ショートパンツのサイズが合っていないとかではないんだろうけれど、本人がブヨブヨしてるからか、なんかこう、そのショートパンツの収まりが悪いようで、

いきなりこのポーズんときに、ショートパンツのセンターラインが思い切りズレていて・・・、そのうえ、間口がガバっとしてるでしょ?


だからか、栗色の毛に包まれた具が!

がそのままに、そのままの姿で・・!私のナナメ前方1メートル目の前にあられもなく大登場!


ああ、なんという言葉を使えば、清く正しい当ブログの品が保たれるのかしら?

秘密の花園の真中に座ってるツボミ? こう言えばいいの? あ、女版の秘宝


銭湯とか行ったって、そりゃみんなすっ裸だし、あのへんの毛だって丸見えだけれど、あのエリアというのは服を全部脱いだとしても実にうまい具合に、最後の砦もしくは花園のクライマックスは見えないようになっているじゃないですか。普通。

銭湯でいきなり、アクロバット的なことしない限りは。

だから私たぶん、人様(女性)の具をこんなにまる見たの、初めてなんだと思うわけ・・・。


人体のいっちばん見えにくい部分に姿を隠してて、さらに、周囲に毛を生やすまでして身を潜めている恥ずかしがりやさんのアレを、いきなり朝から、ご開帳すんなよ!!


しかも時間にして30秒(このポーズは30秒耐える)ご開帳しっぱなし!


私、この景色がまさか、そこらへんの男に見えてやしないかと、お堅い女校長的にハラハラして、見えてそうな範囲を見渡しちゃったよ(幸いなことに、いや、男にとっては残念なことである可能性も高いのだが、とにかく男は周囲にいなかった)。

でも、その時に、私のすぐ隣にいたベトナム系の女の子にはやはり同じように見えていたらしく、思わず2人で「うわっ・・・キョーレツダヨネ・・」と顔を見合わせちゃった。

彼女と私は、「禁じられたファラオの墓を一緒に空けちゃっって、一緒に秘密知っちゃった仲間」くらいの親近感を覚え合ったわ。 なんだか例えがよく分からないけど(笑)。


実話ですから!

もうさー、もうちょっとちゃんと閉まっておいてくんないかなー、具は。

普段からして、下着のパンツが見えるのも(←これは日常)、いかがかと思うのにさー(だって、やっぱり境界線付近の毛が見えたりはするから)。

というか、ナゼ下着はかない?
普通、スースーしたりして、公開状態に気づかない??




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2012.07.05 / Top↑

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「フグと魚@日本 前編」のつづき-------
 

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---ホッケにご満悦----


2度目の日本は去年、2011年の秋。

前の年は、まだ私が東京一人暮らし中だったので、その家に滞在できた。

しかし今回は、便利な滞在先がない・・・。結婚式を静岡県でやったので、そのまま妹の家がある袋井を拠点にすることになった。

それで、名古屋経由で伊勢神宮と飛騨高山へ小旅行することに。

名古屋についたのはもう夜だったため、食事をとるために、適当に選んだのが「山ちゃん」

あの、手羽先が有名な山ちゃんですよ。

こんなチェーン店風の店じゃなくて、もっと渋い焼き鳥屋とかに行こうと私は目論んでいたんだけれど、おなかが空くと待てないフグがホテルの目の前にあった山ちゃんに決めてしまった。

しかし、テキトーにフラっと入ったわりに、こんなにフグに気に入っていただけるとは予想外(笑)。


山ちゃんの手羽先も、激しくうなずきながらおおいに味わって食べた。

そして、ついでに頼んだのが「ホッケ」。

これが、なかなかになかなかの、ちゃーんとしたウマいホッケでありまして。

山ちゃん、侮れない!と思った。

フグ、ハッピー。

手羽先については、「日本料理は普通、味のない。だけど、これは味がある!しかもうまい!一番正しい料理だ。ついに日本人も分かってきたか」とまで述べた。

そして、ホッケ。

ホッケ、メルボルンで見かけないのであれ以来食べていないが、たいそう気に入っていた。


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フグは山ちゃんがあまりにも気に入ったので、後日(シャツが違うのがお分かりかな?)、看板を見かけたときに一緒に写真を撮影。

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名古屋では、名古屋城見学に行った。そのとき、フグ自ら撮った写真がこれ ↑。

後日、写真を見返しながらフグは、

「・・・」「なんだっけ・・?」「この魚を食べた覚えがない・・!!」「どこ?どこでこれ撮ったっけ・・?」と、ひたすら目をパチクリ。

面白いので、私は「ん?それ名古屋で撮ったじゃん」「え?ジャパンのスナッパー(鯛)だよ」とだけ返答。

フグ「スナッパー?」「スナッパーを食べたっけ?」「どこで・・・?」と、アゴに手をあてて真剣に考えこむ

かなり不安げな眼差しで「スナッパーを食べた記憶が飛んでいる・・・。こんなにウマそうなのに・・」と言うから、とうとう教えてあげた。


それ、殿様が食べてた食事のサンプルだよ。
前後の写真見りゃ、わかるじゃん。


オ~ゥ!  アンタが撮った写真だよ。

そう、これ、名古屋城の中に、「当時の殿様が食べてた食事」のサンプルが並んでるみたいな展示コーナーがあって、それを撮影したもの。 フグが。

うまくできてるよねー。

うちでは、普段からフグの記憶力の貧しさがトピックになるほどなので、フグ、今回ばかりは自分で自分が不安になったらしかった(笑)。


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名古屋見物のあとは、レンタカーで北上。飛騨高山へ。
途中、美濃加茂というところのサービスエリアに鮎の塩焼きが。

淡水魚でもあるし、もちろん、食べましたさ。
500円って高いよねー、こういうの。

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次は、高山近くの「飛騨大鍾乳洞」。

せっかく山に来たのに、毎日雨で、山なんか見えやしない。 ということで、雨でも濡れない鍾乳洞に行ったのであった・・・・。

と、そこで、岩魚(イワナ)の塩焼き発見。
 
フグ、すかさず食べる。私も食べた。(2匹で千円・・・!たけー。旅行中じゃなきゃ、絶対食べないわ)。

マズっ・・・。

くだらねぇ商売してんじゃねぇよ!って思った。

これ、絶対、ここで焼いたとか、焼きたてとかじゃないと思う。焼いたやつを1回冷凍とか冷蔵とかして、暖めなおしてんじゃない?って分かったよ。

で、演出のためにだけ、後ろに映ってる炭火っぽい火鉢に刺してやがるんだ。

フグ的には、ホンモノの炭火塩焼きとか知らないので、普通程度においしかったようです。

雨でなーーーーーーんにも見れなかった飛騨高山。
この時の来日では他に、伊勢に行った。


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伊勢の内宮横のおかげ横丁。そこに、いつでも魚の干物を焼いて、どんどん試食させている「ひもの塾」という干物屋がある。

本当に気前よく、試食させまくり。目の前でジュゥジュゥ焼いて、サンマのまる干しとか、カレイの干物とか、うるめイワシの干物とか、まるごと一匹、どんどんくれちゃう。朝から晩まで、こんなに試食させまくって、店は大丈夫なのかと心配になる。見店のものも別に高くないし。

フグ、この店のとりこに・・・。

焼いているおっさんの横にずーっとたたずんで、焼きあがるのを待つフグ。「早くくれ」的オーラをじわじわとおじさんに投げかける。

おじさんも、やっぱりガイジンには優しい。

あー、何が欲しいの?とか聞いてくれる。

私が横からすかさず、「このひと、サンマが好きで」と言うと、おじさんは「あー、ちょっと待ってて~。今もうちょっとでこのカレイが焼けるから、その次ねー。このカレイもおいしいよー。」とか言ってくれる。

フグ、焼きあがったカレイを食べながら、引き続きサンマを待つ。

とうとうサンマが焼きあがる。

おじさん、すかさず「これ、一番大きいやつ」と言いながらフグにサンマを与える。えこひいきされても、ガイジンさんの場合、誰にも文句を言われない日本。

その後も、なんとなく店の中をウロつき、うるめイワシなども試食。

この日、フグがここで食べた魚の合計、「サンマ、イワシ、カレイを全部一匹づつ」(ちゃんと私の手帳に書いてあります)。

しかし、ひもの塾襲撃はこれではおさまらなかった。


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次の日、またおかげ横丁へ出向き・・・・
また、ひもの塾に。

フグやおじさんの服が違うでしょ? 2日にわたって通ったのよ。

それで、前日と同じように、なんとなーく店の中をウロウロしながら魚を待つ。

で!!!!この日、フグは「サンマ3匹 うるめイワシ2匹」を食べたのである。おじさんのナナメ後ろにずーっとたたずんじゃってさ。

サンマ3匹って・・・。かなりだよ?

それで、「もう、夕食までなにもいらない」とかぬかした。

私、いてもたってもいられなくなり、干物一箱買いましたよ。父におみやげに。

あ、もちろん、伊勢神宮も2日かけていろいろ見ましたよ~。


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さて、今度は千葉の実家。

来日も終わりに近づき、最後は空港に近い、私の実家へ。

ヒマだなぁということで、つまらないと知りつつ成田山新勝寺へ(成田山新勝寺きらいなんです。雰囲気もやたら俗っぽいし、なにより、寺の建物が鉄筋なのがいや。木造風にみせかけた鉄筋というの?浅草寺もそうですよね)。

上の写真は、成田山の仲見世通りにあるカレーショップの前にいる人。

フグ、おもわぬ場所で同郷人を見かけ(笑)、カレーを拝借。の図。


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さて、成田山界隈は、ウナギでも有名
成田山も印旛沼エリアだし、お隣茨城にある霞ヶ浦(湖)も近いからね。

たくさんあるウナギ屋のひとつが、ウナギさばきの実演をやっていたので、しばし見学(上の写真)。

しかし、ここでは食べず、名店「下田康生堂」へ。


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「下田康生堂」のウナギは、ウマいのです。
地元民はここへ行く。(他にもう一店、名店があるらしいが、忘れた・・・)。

ウナギだけは、2度目も名店で食べたフグ。
またもや、山椒ふりかけまくり、食べていた。

こうして、ウナギで締めくくり、2度目の来日を終えたのであった。

今回も食べたよねー、魚。



2012.07.03 / Top↑

こんな記事こんな記事を書いて、最近、「フグと魚」というテーマが熱い(当ブログ限定で:笑)。

  (※この記事で初めて私のブログに遭遇したという人へ→フグってうちの夫のことです)


なので、フグと魚@日本っていうテーマを思いついた。

フグがこれまで日本に行ったのは、2回。

ざっと写真を見返したら、やっぱりな、魚系写真がたくさんある。

ということで、その一部(たくさんあるので全部は無理)を2回に分けてご紹介。


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築地の魚市場


2010年9月、フグ初来日。

スカイプで話題がなくなると、とりあえず魚食の話をしていた私たちであるからして、やはり築地の魚市場に連れて行くのはマストであろう。

初来日とあって、私としてはかなり真面目に計画を立てていた。そして、築地へ行って日本の魚食文化を誇らしげにお見せいたした。

って、私も実は初めてだったのよ、築地の魚市場。

外国人見学客が多すぎて仕事にならん、ということで、魚市場が一番活気がある早朝の時間帯、つまり、有名なマグロのせりが行われる時間帯は、既に入場制限を行うようになっていたこの頃。

ザンネン!

しかもそれは基本的に予約ができず、ぜひ見たいならば、とてつもなく早い時間(深夜)から並ばなければいけないと言う。

そんなことまでしたあげく、入場制限内に入れなかったらタイヘンだ。と思い、それは諦めた。

結果、わりと閑散とした、後片付け中の築地魚市場をウロついたのであった。

けれど、フグはそれでも、大満足。

世界一デカい魚市場を見学しまわり、100枚以上写真を撮ったよ。

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 ↑  ↑
もちろん、「フグ」と一緒の写真も撮影。トラフグだね。


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焼サンマ定食。


その後、築地界隈の食堂で、人生初のサンマを食す。

フグ、いたく気に入る。

最初、私が「サンマだよ」って言ったら、「ふーん・・」とちょっとケゲンな顔。

あとで判明。サーモンだと聞き間違えていたらしい。サンマ、サーモン。確かにちょっとだけ、似てる・・・か?


というか、こんなサーモンあるかよっ。

「日本のサーモンはちょっと違うのかと思った」だと。


このサンマはさすが秋口の築地なだけあって、そりゃーもう、新鮮でまるまるとした極上のサンマだった。

フグも大満足。「これなら海の魚でもいい」とか言いながら完食。

その後も、たまに、この時の焼サンマ定食を思い出している模様。

 

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↑  ↑ 

築地では「鯔背(いなせ)」と書いてあるTシャツを買う。
背中には「粋 魚河岸」の文字。

「粋」の横に小さく書いてある文字は・・

「いなせ」とは江戸日本橋、魚河岸にいた若者。今は「侠気で粋な」気風のことを呼んでいます。

だって。

インド人とはいえ、さすがガイジンだ。これ着て、渋谷ウロついちゃうなんて。
これは、渋谷のセンター街。


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外を眺めたら・・・おっと、フグがっ。

ということで、また「フグとフグ」の写真を激写。

これは、渋谷の道玄坂上交差点付近にある店。知ってる人は、分かるであろうね。

ちなみに、フグは「絶対にフグは食べたくない」のだそう。

たまに間違ってさばいて、フグ毒にあたって死ぬ事故ありますね。あれを知っているフグ、絶対に食べたくないらしい。

ああいう、「フグの毒にあたって死ぬ」とかいう事故のニュース、以外に海外にも伝わってるのよ。

フグは、気になったニュース記事があると、そのURLを無言で私に送りつけてくるというクセがあるんだけど、これまで2回、「日本でフグ毒による死者」的ニュースをフグから送りつけられた(もちろん、英語ニュース)。


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 ↑ 向こう側に映っているのは、わたくしの妹さん


さて、今度はうちの実家でのゴハン。

パナッタレ家では前もって、「フグ君は魚が好きらしい」と伝わっていた。

すると・・・・見よ、この日本のホスピタリティの質の高さを!

フグだけのために、焼魚プレートが用意されているではないか。

実を言うとこのとき、他のみんなのメインは刺身だったの。

でもフグ、刺身は「死んでも食べたくない」という。だから、フグだけ焼き魚プレート。

フグ、「食べなれないもの=野蛮」という図式を持つ典型的インド人だから、刺身はノー。

で、「フグ君、サシミ食べれないからかわいそう」って。

いやーでも、日本ってほんとすごいよね。
こういうホスピタリティ、世界一。

うちの父、育ちが香川の高松の港育ちなので、魚ラブ。ものすごくラブ。
だから、その関係で、「フグ君は魚好き」という事実が、お好き。


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↑ もみじで飾りつけまでしちゃってある。

右下には、枡。これで、酒飲んだのさ。

あーーー!焼サンマに日本酒。食いたい!!!シシャモもうまそう!

ちなみにこれを焼いたり盛り付けたりしてくれたのは、父の彼女。

というか、彼女っていっても、おばさん年齢ですが(笑)。パートナーと言えばいいのか。


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父、父のパートナー、フグ

次の日は、みんなで知る人ぞ知る、うなぎの名店「い志ばし」へ。
うな重を食べさせてもらう。

私の実家、印旛沼ってところの近くなの。
印旛沼はうなぎでちょっと有名なのよ、浜名湖ほどじゃないけれど。

ここは、ほったて小屋(本当にびびるくらいの、傾いたようなほったて小屋)なんだけど、地元で有名な穴場の店。

ウナギがめっさ、うまいのよっ。

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と・・・・ふと壁を見ると・・・、

こ、こんなド田舎の、ほったて小屋な店に、ペレ(Pele)のサインが!!!


ペレって私、よく知らないんだけど、超有名なブラジルのサッカー選手らしい。

フグ、サッカーのこととなると、かなり燃えるたち(一番好きなのはマラドーナだとか)。

ということで、ペレのサインを発見して、おおいに御満悦。

誰がペレをこんな、穴場に連れてきたのだろうね~。
 

で、ウナギなんだけど。
基本的にフグって、食事が甘い味付けなのが嫌い。

だからウナギは好きじゃない、って言うんじゃないかと懸念してたんだけど、大丈夫でした。

山椒の粉、ふりかけまくってたけど、おいしかった様子。


※このお店、とんねるずの「きたなシュラン」に出たことがあるそうな・・。



後編へつづく


2012.07.03 / Top↑
■■ PHOTO で India ■■-------------------------------------------------------------------


インドではたまに、「あらー!んまー、オサレね」ってな雰囲気の雑貨屋がります。

そこでは、インドの伝統工芸(刺繍とか)とか、インド民族アートとか、そういったものをセンスがいい人がデザインしなおしたり、応用したりして、ステキなものを作って売っているわけです。

インド綿は有名だし、刺繍もいまだに村の女性達の中で息づいているもの。
しかし彼らにまかせておくだけでは、どうしても、洗練性に欠けるところ。

汚かったり、中途半端に民族っぽすぎたり、途中で糸変ってたり、金具など部分的にいきなり安っいもの使っちゃって全体を台無しにしてあったり。

外国に輸出したり、観光地で西洋人などを相手に売るには、村からそのまま何かを持ってきたり、インド人にお任せていては売れないのです。

ステキに仕立て直し、ステキな空間で、ステキな演出で売らなければならんのですね。


だから、「んまー、あらステキじゃなぁい?」っていう雑貨屋は、裏にたいてい西洋人あたりがいるんです。 プロデューサーだったり、デザイナー兼店のオーナーだったり。

だいたいインドの場合、フランス人あたりが多い。 もちろん、そういう店があるのは観光地限定。

シェムリアップ(カンボジア)などで、日本人がやってるカンボジア工芸を生かしたステキ雑貨屋が多いのと同じ感覚です。

そういう店は近年、ずいぶん増えており(観光地に)、去年1年ぶりにインドに行ったときにも、以前にはなかった場所にけっこう見かけました。


そんな中のひとつに・・・・
 
店自体も売ってるものもすごいかわいくてステキなんだけれど壁にかかってる品がちょっと微妙で、つい写真に撮ってしまったっていうものがありました。

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↑ とってもかわいいお店。手前の布たちはショール。

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↑ かわいいステーショナリー


さて、そのインド的なおもしろーい「微妙さ加減」を見てくだすって。

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神話の中の絵の中を、部分的に立体的なビーズなどで飾ってあるっていうもの。
ほら、パール風のビーズがプチプチくっついているのです。

だけど・・・・この絵・・・・。
神話とはいえ・・・・・、左側の磔十字架から降りてきたキリストみたいな男とか、木の陰からのぞく人とか・・・。

どうよ。

女の子も、なんか、目の前のオッサンを見ているようで見たくない、みたいな(笑)。

踊りもヘン・・。ヘベレケ踊り?

あんまり飾りたくないねぇ、これ・・。

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これも、神話の何かの場面なんだろうけれど・・。

もしかしたら、つらい別れの場面なのかもしれないけれど、。

どうしても女のほうが「あ、来ないで。」って言ってるように思えます(笑)。

男「オー、マイ ディア。プリーズ ボクも連れてっておくれ」(サリーの裾をつかんで)

女「え?ていうか、アナタ来なくていいから。」(超センチメンタルな男を尻目に、すごく冷静)。
 
男「僕のハートを砕かないでおくれ、オーマイラブ!」

女「だめよ。お達者でね・・・・」

そして飛び去る女。

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これは、まぁ、比較的かわいい・・・・・かな。
 
イマイチもたっとした顔してるけど、女神ラクシュミーよ。

色と、それから象がかわいい。

おじさんが登場してなくて、よろしいですね。

施されている刺繍とかも、なかなか凝っています。

蓮の花は、シルクのピンクの布が金の刺繍でフチどってあって。

サリーのキラキラも、実際のラメラメビーズがついています。

あと、ラクシュミーの上の方にある花々なども、なにか手芸が施してあります。


おじさんがいないと、ほんと、清浄感あるものね~。

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これはおなじみ、ガネーシャ。

インドにさして縁がなくとも、ガネーシャ様はけっこう知ってる人多いのでは?

インド料理レストランとかに、かならずいるもんね。

おなじみすぎて、「あ、ガネーシャ」としか思わないんですが、ガネーシャ、今回はちょっとエビスっ腹に巻いてる布がかわいすぎないか?

この腰巻部分も、シルクのピンクの布が金の刺繍でフチどってありますね。

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これもやっぱり、いいおっさんが村の少女に、おイタしようとしてるように見える。。。。

いや、神話のお話なのだろけれど。

おっさん「ちょっとくらいだから。こわがったりしなくていいんだよ」

村のガール「いやです・・・やめてください・・・」

おっさん「きみがいやがることは、何もしないよ。欲しいものを言ってごらん。おじさんがあとで買ってあげよう」

村のガール「やめてください。かぁさんに、叱られちゃうわ。帰らなきゃいけません」


・・・・。

これらの微妙な、「手工芸施し神話画」は誰が買うんだろう?笑

インドレストランとかに飾るとかわいいのかな。

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オマケ写真 服コーナー

一枚くらい買いたくなっちゃう。
こういう店では、アンティークのサリー使って作った服とかも、よく売ってます。


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※このコーナーは、当ブログの番外コーナーです。
インド時代の写真を地味に紹介していています。
当時のブログや仕事で紹介した写真もたまに出てきますが、あしからず。


2012.07.02 / Top↑
日本人ってほんとうに、ものすごく本当に、みんな忙しいよなー・・・と思う。

私は、去年10月に一ヶ月、この間の3月に一ヶ月、けっこう日本に帰っている。ビザやら結婚やらで、そうならざるをえず。

そして、また今月に一度帰る。ビザが下りそうだから(←詳しくはこの記事参照)。

するとけっこう会ったばっかりなのに、また友達を誘い出すのもどうなのだろうと、考えてしまう。

でもけっこう会ったばっかりだけど、今度の帰国で会わなかったら次の帰国は最低1年以上後だろうから、私としてはやっぱり会っておきたいなぁ、などと思う。


だけど、みなさんのあまりの忙しさを見ていると、「本当は迷惑か・・・なぁ・・・?」とも思ってしまう。


前回も、超多忙&超お疲れの合間をぬって、なんとか時間を作ってもらった(というかこの表現がすでに、忙しい人にお伺いをたてて時間を作って会ってもらう仕事のミーティングの取り付けみたい:笑)。

それはいつもヨガのお仲間だった数人のグループ。

だけど、みんながあまりに忙しくて、スケジュール調整も至難の業

ということで、メルボルンにいたんじゃ、一人一人とスケジュール調整の相談をするのもままならないってことで、その数人グループのうちの一人に、他の人のスケジュール調整などのやりとりをやってもらったほど。

私は「いつでもいいよー。みなさんに合わせまーす」であり、

一方のみんなは「水曜の夜の8時からか、次の月曜の夜しか空いてないんだけど、月曜の夜は空いてるといっても次の日早朝から出張だから、早く帰らないといけない。だから火曜の夜が一番いいです」みたいな情況の人ばかり。

綱渡り的スケジュール調整が必要な上に、ヨガのレッスンの日までがそこに加わるので、現役ヨガメンバーがみんなの間に立ってスケ調整しないと無理ってことで、そうなった。って、私以外に4人ですよ。

だけど実際にいつもの飲み屋で会ってバカ騒ぎながら、それはすごく楽しいんだけど、そのうちの一人なんか、普段からのお疲れがひどくて、笑いながらウトウトし始め・・。

とうとう途中で「ものすごく残念なんだけど、本当に最近ちょっと疲れててもうダメなの・・・ごめんよ、パナッタレ・・」とか言いながら、自分の分の金額をテーブルに置いて夢遊病者のようにフラフラしながら帰ってしまった。

彼女は、最近、会社が外食部門をたちあげ、その店舗開店業務の部長だか主任だかになってしまい、そこらへんの普通の男の中年サラリーマンも真っ青なほどの、激務の毎日を送っている様子。数ヶ月前より、そうとう痩せてもいた。

もう一人の友達は、もう数年来、いつ一緒に飲んでも最後にはウトウトし始める友達なんだけど(笑)、彼女は出版業界で働いており、毎月のうちの2週間くらいは、深夜帰宅しかしたことがないのだという。そのために、新宿のド真中に住んでいる。

もう一人は、売れっ子のファッションライターでものすごい稼いでいるけれど、やはり彼女も月のうち半分は昼夜のない生活。あの大地震のときにも家で仕事の締め切りに追われていたあまり、外界がそんな大変なことになっているとは知らず、人に「それで、今夜のミーティングの件ですが」と何事もなかったかのように電話して、大ヒンシュクを買ったという。

あとの一人は、やはりものすごく稼いでいるフォトグラファーだけど、最近おなじくフォトグラファーの彼と結婚が決まり、ちょっとホクホクだった。だけど、今度しばらく彼がニューヨークに行くだの、明日の撮影は新幹線でどこどこへ行くだの、聞いているだけでクラクラするほど目まぐるしい。

みんな、オーストラリア人の軽く5倍くらいの濃密度で生きている。

こんな私だって、インドから帰ってきてからの2年は、稼ぎはみんなの足元にも及ばないけれど、みんなのように忙しい日々を送っていた。わずかとはいえフリーランスの仕事をしながら、普通にフルタイム派遣で働きにも出ていて、そのうえ週3日もヨガに通っていた。

「朝早く家を出たら夜の11時か12時くらいまでは毎日、外にいる」くらい、1日がたっぷりあったから、そんなことができたのだろうか。たまーに夜8時とか9時に家にいると、「ひさしぶりにゆっくり」とか思う日々。

ヨガのあとはおなじみの定食屋によって、夜の11時くらいまでみんなと一緒にいつも夕飯を食べていた。あとどこにそんな時間が残っていたのかナゾだけれど、フグと毎日スカイプもしていたうえ、ちらほら来るフリーランスの方の仕事も一応片付けていたのである。

よく言われるように、時間ってやっぱり、伸び縮み可能なのかもしれない。

今なんて、あの頃の5%くらいのことしかしていないのに、毎日あ~っ!という間に寝る時間が来る。



そんなこんなで、私は現在、こんなにもヒマな人になってしまったが、みんなは本当に忙しい。

これは、年齢も関係あると思う。

私がインドにいた時代は、まだそこまでではなかった。

みんな、少しはスカイプに付き合ってくれたし、他愛のないメールもやりとりしたし、そこそこ自由な時間もありそうげだった。

だけど、こういう年齢にもなってくると、仕事中心タイプの友達は、仕事人生に油がのって、まさに働き盛りの世代に突入している。会社では管理職についてるし、フリーランスの人はひっぱりだこ。

「結婚したい、彼がほしい」と言い続けながら、あまりにも忙しくて、一度たりとも「結婚とか考えなきゃ」という問題に取り組む時間すらないようで、「結婚できて子供ができたら仕事なんてやめるよ」って言いながら、気づいたら子供がもうできないだろう年齢になってしまい、それならもう結婚だってあせる意味がなくなった、とか言っている友達もいる。

仕事関係だけではない。結婚もして仕事に生きていない友達だって、仕事を中心に生きていないだけであって、やっぱり適当なパートや派遣などの仕事はしている。

だから、他の友達も「乳飲み子抱えて、てんやわんやの妻」とか、「フルタイムで働きながら子育てもする母(出勤前に保育園に寄って会社に行き、会社帰りに保育園に寄って、ついでにスーパーでネギを買い・・みたいなあれ)とかばかりで、

結局、メルボルンなんぞでのらり暮らす私なんかとは5分のスカイプも付き合ってるヒマがない模様。

インド時代にはスカイプしまくっていた妹でさえ、乳飲み子抱えてビジネスもしている今となっては、スカイプは皆無。電話さえ月に一度くらい。

話せば「キミみたいにヒマじゃないんで」と言われる。

フェイスブックのおかげで、10年ぶりに消息が分かった大学時代のマブダチとも一度盛り上がったけれど、「幼児2人抱えて、フルタイムで勤務」の彼女が、わざわざ私と会う時間は作れそうもない。

彼女は関西にいるので、会うなら、「真中の名古屋」かもしくは、「私が京都まで出向く」かだ。だけど、彼女が名古屋まで来るのは無理そうだし、かといって後者案だと今度は、「わざわざ遠いところから来てもらうんだから、絶対に予定を守らなきゃ」ってなってしまう。そうするとやっぱり、無理感あるでしょ? 彼女の情況からすると、それはそうとうなプレッシャーになる。それくらい、毎日綱渡り的スケ調整で生きている。


みーんな本当に、普通に友達で、なにもヘンな気なんて使わなくていいはずの間柄ではあるんだけど

でもなー。


私、ウザい女とかになっていないか?

と、ちょっと考えちゃい中よ。
今度の帰国にあたって。どうやったら、負担かけずに誘えるか?とか。



友達なんだからさ、そんなこと考えなくっていいんじゃない?というか、それって本当に友達?って思う読者もいるかもしれないけど、


でも、日本人って実際、それくらい超多忙&超お疲れではないですかね?

日本じゃなくたって、フルタイムで働く忙しい人はたくさんいるけれど、夕方17時18時以降も毎日、外で目いっぱい忙しかったり、休日もろくにないとか、ダンナはもっと忙しいから子供をダンナに見てもらうなんてありえない、みたいなのは、やっぱ日本だよね~。

あとは結局、仕事か家庭いずれにせよ忙しいのが普通で、とにかく、友達とフラフラ会ってる場合じゃないって年代になってしまったんだろうなー、やっぱ。(そして人々は、子供が巣立ち、仕事もしなくなった60代くらいになって、また、茶飲み友達とほっつき歩くようになるのだね:笑)


私の人生に、忙しい日々はまた来るのかしらー?子供でも生まれたら。




2012.07.02 / Top↑
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