国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

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----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

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---「指輪物語⑥」のつづき--------



ところで・・・・、

2001年9月11日や、2011年3月11日は何をしていたか、ほとんどの人が覚えていると思う。

私も覚えている。

特に、東日本大震災が起きた2011年3月11日は、よく覚えている。


実を言うとそれは・・・・

前回の記事で「指輪を注文することに決め、石まで選んだ」あの記念すべき日だったからだ。


私たちは、前回の記事で書いたとおり、メルボルン時間16時40分(日本時間14時40分)にあのジュエリー工房に予約をとっていて、実際にその時間にフグと2人でそこに行った。

婚約指輪を買おうという話になってから2ヶ月、やっと「ここで注文することに決めた」という記念すべき日。

そして、17時20分くらいまでの間、石の説明を聞いたり、希望を説明したり、注文の大枠などを相談していたのである。

それは、日本時間だと14時40分から15時20分くらいまでの間だった。 つまり、私が実際に石を選んだり、注文を決定したりしていたあの40分間というのは、あの地震が起き、そしてたぶん津波が押し寄せていた時間帯と、あまりにも重なっていた。
 
(地震は日本時間14時46分に起きた)


もちろん、その時にはそんなことは知らなかった。



ジュエリー工房のあと、しばらくシティをぶらぶらし、その後、ギリシア料理のお店で夕食を食べた。

屋外の、道路にはみ出た席だった。

そこで、「指輪ミッションがとうとう解決しだね~。リング部分は金?それともプラチナがいいかねぇ?」「指輪はいいから、今は食え」などと言ったり言われたりしながら、もうこれ以上食べられないほど食べ、お会計を頼んだ。

それはたぶん、メルボルン時間で21時(日本時間19時)くらいだったと思う。地震が起きてから3時間半後くらい。

それで、フグがお会計をしているときに、私はなにげなく、アイフォンでメールをチェックしたのだ。そしたら、日本で通っていたヨガ教室のメーリングリストで、

「みなさん、大丈夫ですか!?」「私は大丈夫です、いま~です」「私もケガもなく無事です」「~さんとも連絡が取れてます」などの会話がたくさん飛び交っていたのである。


そこで初めて、「何か起きたな」と分かった。そして、まもなく地震のことを知った。家に着いてテレビをつけるまでは「日本でけっこう大きい地震が起きたみたい」程度の認識以外は、まだ何もわかっていなかったけれども。


だから、地震が起きて津波が押し寄せていた時間とほとんど同じ時間に指輪を選んでいたということが分かったのは、家に帰ってニュースで全容を聞いたりしている時に逆算して、「まさにあの時間だったんだ・・」と初めて分かったということなのだけれど・・・。


本当にびっくりした。
あまりにも時間がかさなっていて、どうしようかと思った。

オーストラリアのテレビのニュースでも、ひっきりなしに津波のニュース映像が流されていて、それを見るたびに、「あの時に私は・・・」と、指輪を選んでいた時間帯を思い出したりした。 

婚約指輪というイベントと、あの大震災が見事に重なってしまい、私はなかなかフクザツな気持ちになった。

地球のどこかで誰かが死んだのと同時に誰かが生まれてるのと同じように、瞬間で見ると、本当に人生いろいろだな、と思った。そして、今回は多くの誰かが津波という危機的クライマックスの只中にいたときに、私は指輪を選ぶという幸せ系のイベントのクライマックスにいたわけだ。

だけど今回たまたまそうだっただけで、別の瞬間にいつだって、どこかの誰かが喜んでいるときに、私はドン底にいても不思議はないんだなぁ・・と、あたり前のようだけど、改めて思った。だから、東日本大震災は他人事と思ってはいけないんだと分かった。
 

その後、ニュースで「ツナミで亡くなった夫のカバンの中から指輪が出てきた。妻にはそれが、ホワイトデーのプレゼントとして夫が自分にくれようとしていた指輪であることがすぐに分かった」という話を読んだ。

ツナミと指輪関係の話だからか、それともあまりに切ない話だからか、とても印象に残った。



だから何、ということではないのだけれど、私が婚約指輪を注文していたあの日というのは、そういう日だった。

私の婚約指輪話をするにあたっては、この話なしにはありえなかったので、書いておこうと思った。


つづく
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2012.05.31 / Top↑
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どこもかしこもゴタゴタなのがインドですが、コルカタ(Kolkata、カルカッタ)って町のめちゃくちゃさ加減はちょっと度を超してまして・・。

人、車、動物などなどなどなどの過密度がすでに「容量オーバー1000%超」くらいの状況なのに、それに加えて、秩序のなさ(ないように見えるが実はインド文化なりの秩序があるのであるが・・)が、これまた常軌を逸している。

そのため・・・、駅からタクシーに乗り大通りに出るだけでも、一苦労しちゃう。その間にストーリーひとつ出来あがります。といっても、私はタクシーに乗っているだけなんですが。

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乗り物の向きがまちまちなうえ、人までが縫って割り込んでくる。自由すぎ。
 

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窓の外にいる人物もやたら近い。触れる近さ。触らないけど。


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秩序を乱す人がいちいち多発


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スキマを縫って、あまりにも普通に人々が通過。


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となりの車も近すぎるので、こんなものを間近で見るハメに。
飛ばすなよ、それ。近すぎて、まじここまで飛んでこれるから。


インドに住む前の旅行時代は、こんなカオスが楽しくってたまんなかったですねー。
鼻ほじられても、楽しかった。

いまとなっては、「これだから、もう!」と頭抱えたくなるだけになりましたが。
もちろん、鼻もほじられたくない。

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※このコーナーは、当ブログの番外コーナーです。
インド時代の写真を地味に紹介していています。
当時のブログや仕事で紹介した写真もたまに出てきますが、あしからず。

2012.05.31 / Top↑
---「指輪物語⑤」のつづき--------


さて、次の金曜日がやってきた。

遅れないように、16時40分キッカシにアンドリューおじさんのところに向かった。

すぐに、接客の小部屋に座らされた。

このおじさん、んま~本当に接客態度が、かいがいしい。

ちょっとワザとらしい位に腰が低くて(背は高いけど)、手をスリスリスリスリ、これでもかとばかりにニコニコしながら「なんなりと。どんな指輪でも作りますよ」と応じてくるんだけれど、不思議といやな感じではない。



それで早速、分かりやすい表とともにサンプルの指輪や石を見せられながら、ダイヤモンドのランク付けなどに関する分かりやすい説明をうけた。

Colour(色)、Carat(大きさ)、Cut(カット)、そしてClarity(透明度)。

図説パンフレットと説明で、一発でよくわかった。

実はこういう説明は、ネットのどこかに出ているもんなんだけれど、自分が本気で買うことになって、そして、サンプルなど見ながらでないと、頭に入らないのよね・・。

ネットでいくらでも情報があるうえ、ジュエリーにもっと普段から関心がある人にとっては当たり前すぎるだろうということもあるから、ここでは「ダイヤモンドの見方」みたいな内容は書かないけれど。



私たちは、いろいろ値段についても聞いてみた。

おじさんは、電卓を片手に、これまた実にクリアに値段をいろいろ分からしてくれた。

「透明度とカラーを最高級にした場合、このカラットだといくらなんですか?」と言えば、電卓ではじいて教えてくれ、「じゃぁ、この大きさにすると?」というと、また正確に教えてくれ、


「例えばカラーは最高級にして、透明度のレベルを数段下げて、このカラットなら君たちの予算に入るよ」などとプロ的アドバイスもすすんでしてくれた。

そして、「肉眼でも差がわかるのは、透明度よりもカラー。実は透明度は上から真ん中くらいまでの度数には、ほとんど肉眼差はないよ」などとも教えてくれたり。

「こだわるなら透明度とカラーのどちらかを最高級にして、どちらかをちょっと下げるのが、予算内に入るやり方としては一番おすすめする」というようなアドバイスもしてもらった。



小売店の既製品の指輪は、石自体の値段と、「金やプラチナ、デザイン」などの石以外の部分の値段の区別が分からない。小売店がとるマージンも不透明。だから不信感が涌く。


だけど、工房に来て何よりもよかったのは、まずは石だけの値段と価値がクリアによく把握できることだった。

最初に石を選んで、それから、リング部分にくる金などの値段を合わせるといくらになるのか、という選び方ができることがとてもよかった。

おじさんは「~クラスの透明度、~クラスのカラー、大きさ~カラットの石にした場合、あとはリング部分の金が~グラム位必要になるから、最終的な値段は~になる。さらに、メインの石の周りに小粒の飾り石をつけたい場合、それは一個いくらだから・・・」

と、すべて的確に説明してくれた。



そして・・、

ワケがわからないなりにも、けっこういろんな小売店でいろんな品と値段を既に見てきた私たちには、おじさんの言う値段が、とても信頼できる値段だということもわかった。

小売店のように、よく分からないままにヘンな値段の上乗せがされていない、正当な値段だということ。



私たちの心は「なんだ、オーダーメイドすばらしいじゃん?ここにする?」とほぼ決まっていた。

覗きにきた当初の予想に反し、私たちはこの日、「じゃぁ、ここで指輪作ってもらっちゃう?」ということに早くも決めてしまった。

とりあえず「じゃぁ、注文します」と告げ、予算内で収まる中で一番理想的なダイヤモンドの透明度、色、サイズを選ぶまでした。

そしてフグが「じゃぁ、前金はおいくらくらい払えばいいでしょうか?」などと言って、クレジットカードまで差し出したのであるが、

おじさんに「前金はいいよ。大きな買い物だから、石の変更があったらいつでもまだ変更可能だからね」と言われ、「よく話し合って、石の最終決定と、それからデザイン案を決めて、そしてまた予約してきてくれればいい」と言われた。

それで私たちは、「絶対、ここで注文します。じゃぁ、デザイン決めてきますね」と言って、晴れ晴れ気分で店を後にした。


つづく


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余談 :

では、ネットでちらっと調べたところ、オーダーメイドがやたら高く思えたのはなぜだろう?

この工房もちゃんと看板かかげて、「オーダーメードジュエリーショップ」とかにすれば、もっと全然、客入るんじゃないの?と思うのだが、それをしていないようだ。あくまでも「知ってる人は来てもいいけど?」くらいの姿勢のよう。

あくまでも私の予想だけど、たぶん、この工房の本業があくまでも「小売」ではなく「工房」だからだと思う。一般客向けの窓口も一応用意しているけれど、本業はあくまでも小売業界の裏でジュエリーを作る仕事だからではないだろうか。そして、小売店にそれを搬入するのが仕事なのだと思う。

「オーダーメイド ジュエリー」などでネット検索してしまうと、工房ではなく、同じオーダーメイドでも小売商売メインのところがページの初めの方にたくさんヒットしてしまうのかも。

ほら、検索ページの2ページ目くらいに自分のサイトが出なければ、なかなか商売は難しいと言われるでしょ?だから、ネットビジネスに本気を出す場合、検索ページの最初のほうに出るよう、広告料を払うわけで・・。そう考えると、やはり本業の方に広告費をかけるはず。

ま、これらは単に私の予想なんだけれど・・・・。

あとは、私の調べ方があまりにも浅かったのかも:笑


2012.05.30 / Top↑
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<西ベンガル州、2011>


これはパーン屋。

「おっちゃん」カテゴリーにも当てはまりますが、「店・商売」カテゴリーにしました。


パーンというのは、インドの噛みタバコのようなもの。

この葉っぱに、向こうのボールの中に見える「スヴァーリー」という木の実とスパイスを包んで、噛み噛みします。 
 

この葉っぱ、日本では「キンマの葉」とかいうらしい。
実は「ビンロウジ」とかいうらしい。



噛み噛みを楽しんだら、カッーー、ペッ!と吐くんですが、それがドロっとしてて真っ赤。

初めて見たときにゃぁ、結核の人が血交じりのタン吐き出してんのかと思って、のけぞりました。

「危険!うつっちゃう?」と思って。

だいたい、初めて見た人はそう思うもんです。

オートリキシャ(インドの三輪タクシー)に乗ってて、ドライバーのおっさんがパーン噛みながらペーッ!とやり、うしろに座っていた私にシブキが飛んできた時には、わたし、激怒しました(笑)。

今となっては、それもなつかしー。時が癒してくれたのね・・・・・。



インドでは「タンのペーッ!」は、「鼻水のズビーッ飛ばし」と同じように普通ですから、街角いたるところの壁やコーナーが真っ赤に汚れてます。

ちょっと田舎行くと、屋内でも真っ赤に汚れまくった壁がいっぱい。
銀行の建物の隅っことか、空港の建物の端っことか。
 
インドに行くと、そこかしこに「汚らしく赤黒い汚れのある壁」を見かけると思いますが、全部吐き出されたパーンです。


ところで、「鼻水のズビーッ飛ばし」は、片手で片方の鼻の穴をふさぎ、もう片方の鼻からいきなり、ズビーっ!と鼻水と飛ばすやつです。

特にじぃさんとか、歩きながら平気でやる。
それで、うっかり手についちゃった鼻水なんかは、そこらへんの壁になする:笑。

やめてくれよ、じぃさん・・・。

こういうのは全部、庶民系インド人の話です。


パーンも庶民の格好品。

フグなんかも、田舎のめさくさ庶民な家出身なので、フグのおかぁさんあたりは、いつでも息抜きにパーンもぐもぐやってます。近寄るとパーン臭い。


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朝の市場、とれたてのパーンの葉

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みんな、息抜きのパーンを買いに。

西ベンガル州のド田舎(フグ実家)の市場にて。


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2012.05.30 / Top↑
---「指輪物語④」のつづき--------



さて、母の指輪リメイク案もやめた私たち。
 
指輪ミッションは、なんだか中だるみ。
やる気なくしそう・・・。

あー、どーすっかなー・・・。
この際、次に日本に行った時にでも買う? それまで保留?

とか話していたのだが、短い滞在期間に急いで何かを買うほど、失敗しやすいことってない。

それに、フグには「日本は物価が世界一高い国」というイメージがこびりついているらしくビビっている。

私にしてみれば、日本の物価の高さは「質を伴う高さ」だし、メルボルンほどへんな高さはないと思っているんだけれど、フグがビビっていてはいい結果は生まれない。


母の指輪案がまだ熱かったころ、ジュエリーのリメイクしてくれそうなところをちょっとネットで探ってもいたのだけれど、メルボルンで探しても、日本で探しても、「オーダーメイド」はとても高い気がした。リメイクもオーダーメイドの範疇に入るらしく(?)、とにかく自分の石を持ち込むにもかかわらず、へんな高さ。しかも熱心に探す前にリメイク案を捨てたので、たいした情報も得ていなかった。



しかし・・・ふと、

リメイク案が生きていた頃、フグが「今日、ジュエリー工房っぽいものが何軒も入ってるっぽいビルを見た気がする」とか言ったことがあったのを思い出したのだ。同時期に「リメイク案やーめた」となったので、忘れていたのであるが。

フグが、リメイク案じゃなくとも、とにかく行ってみようと言い出した。

「オーダーメードはどうせ高いけど、話しを聞くのはタダだ。 買うフリしてダイヤモンドのことを詳しく聞いてこよう。これでは、いつまで経っても、ダイヤモンドと値段の関係がわからないし」と。

確かにそうだった。

ダイヤモンドのランクづけがあることは分かっていたものの、一度誰かプロに詳しく分かりやすく説明してもらう必要があった。でも、小売店の人は「売りたい」一心だろうし、店員がジュエリーのプロというわけではないだろうから、信用できない。
 
でも工房の人なら、それこそ石のプロであろう。
そこが本当に工房なのであれば、詳しく説明を聞くにはいいチャンスだ。


そこで、ある日、そのビルに向かった。


看板すらないし、ただの雑居ビルで、外からだと全然わからないのだが、ビルに入っている業者のリストを見ると確かにジュエリー関係の業者がいくつも入っている。

しかし、ビルの小さなロビーからして「中は、ただのオフィスエリアなんじゃないの?」「一般の客が訪れるような所ではないのでは?」というくらいの雰囲気だった。本当にジュエリー工房なのだろうか・・?でも意を決して、そのうちのひとつの店を適当に選んで目指して、エレベータに乗ってみた。


エレベーターを降りておそるおそる見渡すと、なんの色気もないその廊下の向こうに、適当に目指したその店らしいものが見えた。それは、小売店でないことは明らかだけれど、一応、小さな「接客」な場所もあり、一般ピーポーも迎えていることが分かった。やっと安心した。


しかし、フグのオフィス後の時間帯だったので、「今日はもう閉める時間だ」と言われてしまった。

本当は基本的に17時で閉めるけど、オフィス後に来る人が多いので、金曜ならちょっとだけなら17時すぎても大丈夫。 でも来週また来る場合、17時に来てから話しをするんじゃさすがに遅いから、少しでも早い時間に来れるか?と言われた。

それで私たちは、「フグも金曜ならちょっとだけオフィスを早く出れる」ということで、次の金曜日の夕方16時40分に予約をした


アンドリューという背の高いおじさんに、

「きみたち、結婚するんだね?指輪かい?」
「おめでとう!喜んでお手伝い差し上げましょう」

みたいな、やたら愛想のいい接客に促されながら・・・。


つづく
2012.05.29 / Top↑
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<ラジャスターン州、2009>


インドの家々の屋上には必ず、水のタンクがあります。

一般の住居建物用は小さくて1000L、一般的なのが2000-3000Lのもの。


地域によっていろいろですが、例えばデリーの場合、私が住んでた頃は1日に1回か2回、市から水が供給されてました(1回につき20分とか30分ほどの間、水が来る)。

するとすかざずモーターのスイッチを入れて、ポンプで屋上のこのタンクに水をくみ上げる仕組み。


だから、モーターのスイッチを押す誰かが必ず家にいないといけないという状況。

水不足になると水が来なかったり、水が来ても停電でポンプが動かなかったりで、断水なんてフツーでしたねぇ、あの頃。

同じ建物の誰かの家に客が来てたりすると、水なくなっちゃったりとかも普通でした(トイレを流す人数が増えるから)。
ポンプのスイッチを押すはずの大家のサーバントが、大家が出かけたのをいいことに、スイッチ押しを早速さぼったため、水がなくなり、5日間友達の家に避難したりとかもあったな。

暑い間中(デリーだと10ヶ月間くらい)、このタンクが屋上で熱されるせいで、お湯しか出なくなるんです。なぜ、太陽の熱をもっとも吸収する黒なのか?というのが、ずっとナゾでした。今もナゾ。


この男が運んでいるのは、その水タンク。


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横を通り過ぎながら激写。

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リヤカーが傾いているのなんかも、フツー。

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2012.05.28 / Top↑
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<オールドデリー、2007>


インドは味な「おっちゃん」の国。

適当に風景を撮影すると必ず、牛かヤギか、もしくはおっちゃんが写りこみます。


これは、「肉体労働にはげむおっちゃんで溢れかえるオールドデリー」界隈で。

むせかえる界隈です、オールドデリーの路地奥エリア。

私は「おっちゃん!」と思っているんですが、実際はこの人たち、意外にあまり年違わなかったりするんですよねー、私と・・・。てへ。 

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2012.05.28 / Top↑
---「指輪物語③」のつづき--------


ある案。

それは、「おかーさんの指輪、リメイクしちゃおっかな~?」という案。

母は8年前にガンで死んだんだけれど、その母が父と婚約したときにもらった指輪がある。

それは、けっこう価値がありそうげなサファイア
 
safa.jpg 
↑ 写真では黒に見えるけれど、深い青なんざます


母はお人よしで、明るくて、超ほがらかで、まっすぐで、なによりも一生懸命屋さんで・・・etcと、誰もがハナマル太鼓判を押すヒマワリのような人柄だったステキな母だったのだけれど・・・

ジュエリーとか、そこらへんの物事については、なんともガサツな人だった・・・(おやまー)。

超ウェットで、フクザツな育ちだったために愛情に飢えていて、いろんなことにやたら「思い入れ」を入れ込みすぎる父(←重すぎるってヤツ(←重すぎるってヤツ)が、やたらめったら思い入れや意味を詰め込んで差し出したであろう指輪や、恋人時代にあげたプレゼントなんかに対しても、扱いがガサツで、

そこらへんは、「見事にかみ合ってないなぁ、この夫婦・・・」と子供ながらに思わざるをえなかったくらい。もちろん母に悪意はないのだけれど、ただ天然的に、父のウェットさに鈍感だった。


だから、このサファイア(今をさかのぼること38年前?に父が香港で買ったという)の指輪も、石の証明書など一切なくしてしまっているし、指輪自体も、つけているのを見たことがないどころか、タンスの隅っこに30年ポイっと放ってあった(笑)。

だから母が死んで身辺整理をしているとき、私はすかさず、このサファイヤ指輪をとっておいた。指輪さん、私が預かってあげるわ、私のところに避難すれば安全よっ、と思って(笑)。


それをリメイクしたらどうだろう?と思ったのだ。

そうすれば、母の指輪を受け継ぐと言うことにもなり、ダブルでステキ?と思った。

そこで、メルボルンで指輪をリメイクとかしてくれそうな場所を調べ始めた(←これがまた、最初はさっぱり検討もつかなくて・・・)。


それと同時に、「これは、一応、父の了解を得る必要あり?」と思い、父にその旨をメールした。


ところが・・・・・


ここでまた何かと「フクザツ」な父が・・。

メールの返信が来ないのである。

待てど暮らせど来ないので、とうとう用事を作って電話もしてみた(父とは、電話で話すことは特別に用事がないかぎり、習慣としてない。お互い、メールの距離感)。

しかし、メールの返信がこない時点で微妙な香りを嗅ぎ取っていたので、私からは指輪の話を切り出しかねた。

単になんとなくメールの返信をしないまま今日になってしまった、のような他意のない理由なのであれば、この電話で「ああ、そういえば指輪の話だけど」と向こうから切り出してくるだろうと思っていた。

しかし、指輪に関しては完全スルーで、そのまま電話は終わった。

ここらへん、人は「すいぶんヘンな感じの関係だなぁ」と思うだろうけれど、なんとも本当に周りが困ることになるムズカシイ人で・・・。どうにもこうにもサラサラと行かない男なのでアル・・・父。「そよ風のような人」の正反対。


結局、私は

あーあ、めんどくせー・・・。
やめやめ、指輪リメイク案、さっさとやーめた。

と、さっさとリメイク案を捨てた。


私と妹は、こんな父のウェットすぎさやフクザツさに引きずり込まれるのが本能的にイヤで、ある時期からとても、サラっとするようになった。

たぶん・・・・受け継いだ血として自分もウェットなものも持っていそうだからこそ、余計に、特に父に対してはサラっ、スパッ、サクッ、としてきた。意識していなくても、動物的感覚でそうなったんだと思う。母が死んだ時なんて、父にしてみれば、私たちは「想像を絶するドライさ」だったみたい。

これが、父にはわからない。だから、よく娘たちのドライさに傷つくようだけれど(笑)、こればかりは本当に、どうにもなんないね。



私は「おかぁさんの指輪を受け継ぐことにもなるよ」とか、「指輪ってそうやって受け継がれて生きるんだと思う」とか、そういったリメイクするにあたってのいい意味合いについては、あえてメールに書かなかった。

そんなの当たり前だし、むしろ「いい考えじゃないか!」と思ってもらえる可能性もある案だとすら思っていたので、ポシティブではない意見を「説得しなくてはいけない」くらいだったら、この案を採用したくなかったから。

だから、「リメイクして私の婚約指輪にしようと考えているんだけど」とだけ書いた。


でも、きっと、またいろいろと、ネガティブな読み方をしたのかもねぇ~。

人の言うことを文字通りに受け取らず、ありもしない袋小路に自分から入っていってしまうのです。
愛情や思い入れがありすぎるからこそヘンなことになってしまう、という一面も分かりすぎるほど分かるんだけど、お手上げ。
NOならNOという返事もよこさないという、永遠に煮え切らないフクザツさ。 

その後も、父とは指輪の話しは一切、してませんわ・・・。

(あ、だからといって険悪とかではないのですよ。普通に会話しながら、でも、~については「スルー」が暗黙の了解、とかそんなかんじ、よくあるんです。) 
 

とにかく、指輪ミッションは、フリダシに戻った。


でも、この頃に同時に「ジュエリーのリメイクなどをしてくれそうな場所を探しいていた」ことが、実は功を奏したのである。


つづく

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挽回のために

※でも父は、父親としては100点満点の父。特大百点満点。お得意の「思い入れ」とか愛情だけは、売るほどもらった。 あと、家具作りのセンスと腕前はプロ。

私と妹は小さい頃、よく空に向かって「パ~パ~~~!」と絶叫してました。父は飛行機に乗る仕事だったのです。懐かしい。

だけど、あんなフクザツな人を「結婚相手」にだけはしたくないと、妹と意見が一致していました(笑)。私たち二人とも、実に「単純であっさり」とした人と結婚しましたわ。

2012.05.28 / Top↑
■■ PHOTO India ■■


新しいPC購入に伴い、データ移行をしながら久々に過去の写真を見返していたら、インド時代の写真があまりにもたくさんあり、眠らせておくのはもったえなすぎるという気になりました。

2002年と2003年の旅行時代、2004年~2008年の住んでいた時代、2009年、2010年、2011年はまた訪問者として、インドで撮りまくった写真。

一眼レフとかで撮ったものでもないし、写真に関しては完全シロートですが、インドの場合、24時間周囲360度、カラフルな被写体に満ちていた点は、眠いオーストラリアとは正反対。

インド人と結婚したせいもあり、普段はどちらかというとインドにムカついていることが多い私ですが、ひさびさにものすごく懐かしくなりました。

それで、写真だけでも紹介する価値あるなぁと思った次第。
自分でもひとつひとつ、ブログをきっかけにして再度見返すのが楽しみ。

だから、それらのインド時代写真を地味に紹介していこうという番外コーナーを作りました。

急激に変化中の、高度成長まっただなかの昨今のインドですから、シロート写真ながらも、なかなか貴重な記録だよなぁとも思うしね。何十年か後には、確実にインドで姿を消しているであろう光景もたくさん写ってます。


当時のブログで紹介した写真もたまに出てきますが、そこはまぁ、気にせず・・・。


写真のカテゴライズですが、場所別は飽きたし、旅行ごと別だと前後のストーリーを気にしなくてはいけない面倒くささも出てくるので、あえて今回は種類別にしてみました。

犬とか、牛とか、おっちゃんとか、光景とか、寺とか。


ということで今週から、徐々にアップしていきまーす。


2012.05.27 / Top↑
---「指輪物語②」のつづき--------


町の中もそうだけれどショッピングセンターには、たくさんのワケのわからない雑魚的ジュエリーショップがある。

そういう店はまず第一に、いつでも大セールをやっている。

店のショーウィンドウや店内は、マツキヨとかヨドバシカメラみたいなセンスの、ショッキングピンクとか黄色のド派手な色「SALE !」とか「50%OFF」みたいなアピール広告で埋め尽くされている。

「激安!」「今ならコレが何ドル!」みたいな、写真が満載の広告もよく家のポストに入れてくる。

バレンタインデー間近ともなると、その下品な広告が倍に増える。店なんて、ショーウィンドウに「70%OFF」とか貼りすぎていて、商品よく見えねぇよ、くらいの勢い。店員がメガホン持って、「2個目はタダ!」とか叫んでいたり・・。というか、70%OFFとかタダってなに?  

 
写真 
↑ これでも大人しいほう。バレンタインデー間近なんて、 本当にヨドバシカメラとそっくりになる。


ジュエリーショップでこういう類、すくなくとも日本ではほとんど見かけない。あえていうと、リサイクルショップとかドンキホーテのジュエリーコーナーとか、テレフォンショッピングに似たオーラ。


しかし驚くことに、そういう店には、けっこう人がむらがっている。
少なくとも、こういう店でジュエリーを買うことがこっちでは普通にポピュラーであることがよく分かる

婚約指輪選んでる風なカップルとか、彼女に上げるのか?的な一人の男性もよく見かける。 


単に普段のピアスを買うとかならいいけれど、記念日的な意味合いをこめるジュエリーをこういうところで買うという、このへんのセンスと感覚、日本人にはあまりわからないものだと思う。  


あんな店で、50%OFFでわけのわからん指輪を買われて、「結婚してください」って言われるの、いやだなー・・・と思わずにはいられない。もしくは、もらった指輪がそんな風に買った指輪なのだとしたら、死ぬまでそのことに気づきたくない気がする。



だいたい、その値段がもう、まったくワケわからないじゃないですか、最初から。

専門家でなければよく判定できないとか、一般ピーポーには値段づけの基準がよくわからない、という点をいいことに、いったい普段、どんなお粗末な品に、どんだけ上乗せてるんだ?という、小学生とかサルでも分かりそうなことが、まさかとは思うけどあまり分かってないのかなぁ?という人々。

それとか、そういう店は詐欺レベルのものすごい上乗せな価格をつけているのだと思うんだけど、「彼氏や夫に金額でいくら払わせたか」だけが意味を持つ女がたくさんいるおかげで商売成り立ってるというか・・。


売るほうが、客を完全にバカにしているのが丸見えだと思うのだけど、気づかない?(いつでもセールやってるとか、すっごい気前よすぎる値引率って、不信感が増すばかり)。
 


バカにされているのに気づかないのだとしたら、しょうがないのかもしれないけれど。日本だったら店側の意識や態度に、客側のセンサーがもっと敏感だよね。だから、商売だからといって、店側が品を落としすぎるわけにはいかない 空気がある。


ジュエリーって、もともとは「お金と同等=えげつない」ものだったからこそ、そのえげつなさをオブラートで包むような演出で売られてきたのかもしれないけれど、だからといって、えげつなさ丸出しってどうよ?

 それとも、もしかしたら、器用にオブラートで包んだ演出にダマされる方がバカなの??

でも、あのいろいろな意味でのイヤさ加減、やっぱり無視できない。



だから、

「ジュエリーショップをざっと見学」というイベントは 、


客がちょっと田舎者でバカなのをいいことに、
そしてネットショッピングが10年遅れてるうえ、北半球各国から離れ小島な状況なのをいいことに、

客を完全にナメているオーストラリア小売業者」の典型例だね

(例えばだけど、Harvey Normanの特に家具セクションとか、あんたら近いうち地獄に落ちるべし)


という、めっさネガティブな感想だけが残って、終わったのであった。
 
やはり、オーストラリア、まんなか的な店がないなぁ・・・(この記事参照)。
超セコくてショボいか、もしくは超高級しかない。

例えば、伊勢丹とか高島屋の1階ジュエリーフロアにあるような、中ぐらいの感じの店がない・・(私が知らないだけなのだろうか?でも、MyersもDavid Jonesも見たし・・)。

そこに、あるひとつの案が浮んだ。


つづく

2012.05.27 / Top↑
----「指輪物語①」の続き----


チャッドストーン・ショッピングセンターには、他のショッピングセンターにはあまりない一角がある。

それは、高級ブランド店街。

ヴィトンとか、グッチとかプラダとか、かなり高級な店が並び、高級オーラに満ちたエリア。 いくぶん、ほかのエリアより空いている感じもする。 それぞれの店内ともなると、ガラッガラ(いるとすれば、かなりの確立で成金中国人がバッグなどを買っている姿を見かける)。

そこには、ティファニーなどの店もある。

そういう店を覗いてみたが、なんというのか・・・・・ケタが違いすぎてまず無理。
それに、値段のどれだけ分を、ブランド名に払うのだろうと思うと、バカバカしくなってきた。
人生の特大イベント「婚約」だからといって、今まで縁がなさすぎたレベルの店に行っても、ドギマギして薄ら笑い浮かべてしまうのがオチだった。

高いお金をつぎ込むなら、あくまでも石の質に対してつぎ込むべきだよね、と、すぐにとても現実的な考えが涌いてきた。



こだわりたいのは本質(石部分)だけ (待ってろよ、ちゃんとしたダイヤモンド)


と、私たちは一致した。目指すは「予算内で買える範囲で、できるだけいい石を、できるだけ信頼できる相応の値段で買うこと」だね、と



このへん、とても現実派のフグとも、話があった。

よくわからない物事に金を払うほどフグにとってイヤなことはないのである。しかし、ダイヤモンドそのものの価値に、正しく相応の金を払うとなれば、「予算内でできるだけいいやつを!」というミッションにはむしろ、私よりやる気を出しはじめた。


「こいつ(←私の事)に任していては、あやうい。この世知辛い世の中のカラクリに惑わされて、金額に見合わない石を買うハメになるなんていうお粗末はゴメンだ。よし、探すぞ!」という感じ。


これは、フグのいつものパターンである。


・妻である私を含め、他人を信用していないので、人に任せたくない
  ↓
・自分でやりたい。全部、把握していないといや。
  ↓
・「待て待て。任せろ。どけ(←最後にはかならず、こうなる)」


これね(笑)。
すごい仕切り屋体質(非社交的なので、リーダー体質とは違うよ)。 

 
あの、しちめんどくさい私のビザ関係の書類一式そろえるのだって、結局は「君は手を出すな、おれがやる、あっちへ行ってろ」くらいの状態だったくらいだから。

「こいつに任せておいたら、何かヘマをやらかし、ビザ取得まで延々時間がかかるんだ。しょうがねぇ、オレが仕切る。どけ、ジャマだ」みたいになって、ほとんどフグがやったのだ。 こういうとき、実際に本当に冷たい。もう、だいぶ慣れたけどさ。

この性格、富士山大爆発級にムカつくことも多々あるんだけれど、まぁ、ビザ書類そろえるのは、かなり楽でした。オホホ(笑)。

家賃や公共料金関係支払いや各種手続きも、私は完全ノータッチ。フグが仕切りたくてしょうがないんだもん、だから仕切らせてあげているの。お金の管理まで完全フグ支配下にあるのが私にとっては、そうとうストレスなんだけれど、


最近はグっと耐えて「まぁ、いいこともあるんだし。むしろ、めんどくさいことやってもらって、あの仕切り屋体質をうまい具合に利用しよう。あ、それって楽かも~」くらいに思うことにしている。 


表現が冷たいわりには、責任感があり面倒見がよいとも言えるので、昔の大黒柱的亭主関白系おとーさん体質とでも言ってもいいかもしれない。

たぶん、インドの「父親が老いたあとは、長男が父親替わりとなって、一家の女や子供の面倒を見る」というアレが、ものすごくよくフグの心身に浸透しているのであろう。 
 


だから、 私は

「仕切られてる風にしながら、実は大きく仕切っているのは私」というのを、将来の理想図として、ひそかに描くようになりました。ムフフフフ、オホホホホ。現在、それを目指して虎視眈々と修行中(根気強さと忍耐力と観察力ですな)。

(あ、ちょっと話しがそれてスマン!)


さて、こんなんであるから、指輪の件も、だんだんフグを主軸に回り始めた。婚約指輪を買うのが目的なのだから、実によろしい風向きと言えた(笑)。フグエンジンの点火完了。


その後、シティやおしゃれとされているストリートなどにも、ジュエリーショップに見学に行った。

おそるおそるカルティエなどを覗いてみたりもしたが、おそれ多いし、「聞いたことないけどオーストラリアではマシな店なのかな?」的な店も覗いたりしたが、手ごたえはなかった。


なので次に、私たちは

じゃぁ、よくわからないけれどたくさんある、雑魚的なジュエリーショップを全部見てみる?ということにした。

下品すぎて敬遠していたのだけれど、メルボルンのそこら中にあるのだ、雑魚的なジュエリーショップ。

あえて、しらみつぶし的にそんなジュエリーショップを見学し始めた。 見てみれば意外に何かあるかもよ?という感じで。


つづく
2012.05.25 / Top↑

今、夫婦なのだから当たり前だけれど、私たちはある日、結婚することになって結婚した。
(結婚することになるまでも、いろいろ話はあるんだけれど、そこは今回は省く)。

その頃、結婚することになったからには、婚約指輪という話になった。

婚約指輪というと、「彼氏が自分で買い、パカっとケースを開けてそれを差し出しながら彼女にプロポーズする」という登場の仕方が王道のような気がする。


しかし、フグはロマンチック度マイナス1350度くらいの男である。


フグは基本的に女嫌いだし、女にまつわる物事全般(洋服がどうのとか、今年のブーツがどうしたとか、雰囲気がステキだのなんだのとか、バレンタインとか、おしゃべりとか、ピンクとか、「かわいい~」とか、そしてジュエリーとか)にも、まったく価値を置いていない男である。 

 
浮気などの心配がなくていい気もするが(?)、女一般に対して実に冷たくさめている。「ケッ、女め。ピーピーうるせぇな」みたいな。 女の子と見ればつい顔や態度が緩んでしまう世間一般の男のエキスがもうちょっと欲しいと思ったりするくらいであるね、私としては。


そんなわけで、指輪を差し出されてプロポーズどころか、プロポーズだってなかった。

愛情表現が少ないとか、ドラマチックなことをしないと言われている日本の男でさえ、フグに比べれば「熱い」ほうだと思う。

だから、「結婚するということになったのだし、それならば私たちは婚約指輪を買うべし」と言ったのは、私である。そうでもしなければ結婚ですら、歯を磨くのと同じくらいの、ある日の普通のデキゴトとなってしまいかねなかった感じ。

そこで、記念の品として、指輪くらいいただきたいものね、と思ったわけである。

「買うべし」「では買ってやろう」という流れも、そんなにスムーズにいったわけではないけれど(笑)、まぁその話はまた省くとして、とにかく私たちは婚約指輪を買うということになった。
 

しかしながら、


実を言うと、私だって、ジュエリーとかにひどく疎いほう。

ダイヤモンドについてとか、ジュエリーブランドについてとか、婚約指輪の最近の世情とか、ほとんどなーーーんにも知らなかった。
 
結婚の兆しすらない頃からすでに「婚約指輪はこういうのがいいなー」とか、「婚約指輪くらいは、あのあこがれのブランドで買いたい」のようなものがある女の子っている。

そういう女に比べると、私はヒゲが生えていてもおかしくないくらいかも。

まして、普段から「ろくな店ないな・・・・」「なんでこんなゴミのようなものが、この値段?アホか?」と思いながら暮らしているメルボルンである。


どこで、どのように、どのようなものを買ったらいいのか、検討もつかなかった。



舞台が日本であれば、少しは検討つくもんだけれど。例えば、どこに行ったらそういう店があるかという基本事項もそうだけれど、特にその店が「うさん臭そうじゃないかどうか」という判断って、住み始めの外国ではけっこう難しい。

ジュエリーの場合、うさん臭そうかどうか、ってものすごいポイントでしょ? 専門家でなければ判定できない石っころに、基準がよくわからないバカ高い値段つけてるんんだから。

そんなわけで私でさえ、「ボク、プロポーズしようと思うんで、婚約指輪ってやつを買おうと思うんですが、どうしたらいいでしょう」という感じの、そこらへんの男諸君と大差なかったのであった。



とりあえず・・・・私たちは、

えーと・・。ショッピングモールに行って、ざっと見てみる?

ということにした。

ショッピングモールには、なにやらいろいろなジュエリーショップがある。

それらを見学しに行こう。そんな感じで。


まずは当時住んでいた家から最寄だったショッピングモール「チャンドストーン」に行った。

チャッドストーン・ショッピングセンターは、一応、メルボルン隋一と言われているショッピングセンターなので、「何かわかるだろう」的に。


つづく

2012.05.24 / Top↑
去年の10月に引っ越してきた今の家(2ベッドルーム)は、全面フローリング。

しかも、けっこうツヤツヤした濃い茶色のフローリング(私は薄い色のマットなフローリングが好みだけど・・・)。


だから、埃がとても目立つ。

掃除機かけてもすぐに白っぽい埃がフワフワフワフワし、光のあたり具合によっては、埃だらけ!くらいに見える。

それに比べて、以前の家は、寒いメルボルンにけっこう多いタイプの「全面カーペット敷きつめ」だったので、掃除的にはとても楽だった(狭かったし)。

だってカーペットって、毛並み?目地?に埃が紛れて同化しちゃわないですか?(笑)。「埃が同化して、だんだん厚くなってくなぁ、カーペット」みたいなことよ、実際にそんなことはないけれどっ。

特に以前の家のカーペットは、もともとけっこう汚れていたうえに、埃っぽい色(雨に汚れたラブラドール犬のような・・)だったので、余計にチリや埃が気にならなかった。埃がカーペットに埋まってくれるので、フワフワ動かないし

それに、地べたに座ることが多い日本の家の生活よりも、カーペットの清潔具合が気にならないってこともあったかもね。

だから、掃除機かなりサボってた私(オホホ~)。
ヘタすると週に一回とか・・・・(あ、言っちゃった・・)。

(だからといって、オージーみたいに土足でカーペットにあがるなんて汚いことはしてませんよっ。フグに「カーペット内では土足厳禁」を仕込むのに、けっこう苦労したなー・・・・)



でも、今度の家では、そうはいかない。

引っ越したおかげで、よいお湯事情も、よい眺めも、オープンキッチンも、広いスペースも、マイ洗濯機も手に入れたので、ぜんっぜん文句はないどころか、「あー、引っ越してよかった」って7ヶ月経った今でも毎日思う位だからいいのだけれど、

掃除機は以前より、ずいぶんかけなくてはならなくなったね(笑)。

最近は毎日とはいかないけれど、2-3日に1回はかけている。
けっこう汗をかく。



だけど今度の家はけっこう広いうえに、フローリングは埃が「目地に埋ま」らずフワフワ動くからか、汚れ具合が場所によってかなりムラがあるのだ。

ほとんど行かない場所(やや物置状態の2ndベッドルームなど)に比べて、人通りの激しい場所(といっても2人暮らしだけど)は、チリ&埃地帯となるのが圧倒的に早い。


キッチン、バスルームソファの足元、ダイニングテーブルの下がレッドゾーンだ。


バスルームにはドライヤー後の私の髪の毛がすごい。あと、スネ毛や胸毛などのフグの各種体毛。

キッチンには、たまねぎの皮とか、パンくずや小麦粉とか、豆一粒とか・・・いろいろ。

ソファの足元には、フグがクラッカーなどを食べながらこぼす食べカスがけっこう・・・・。



つまり私としては、

・レッドゾーンは毎日、もしくは汚した途端に掃除機をかけたい。
・そうすれば他のゾーンは逆に5日に一度でいいくらいのに
(え?いくらなんでもかけなすぎ?)。

と思いながら、今日まで半年、掃除機かけていたのである。

(毎日+5日に一度)÷ 2=2~3日に1回

みたいな考えで、2~3日に1回かけていたわけ:笑。


しかし、このたび 

とうとう!充電式ミニ掃除機買いました。
 
new.jpg 
20%OFFで約68ドル。

数ヶ月間ずっと頭にあったところに先日、セールの広告を発見。
さっそく、すぐそこのショッピングモールで買ってきた。

充電式というのがポイント。


というのも、なぜ「レッドゾーンは毎日、もしくは汚した途端に掃除機をかけたい」のに、そうしていなかったかというと、


フグがもともと持っていた掃除機が、

「ホース取り付けて、バラバラの2本の筒を組み立ててそれをホースにつなげて、そして本体からコンセントを伸ばしてプラグ口に差し・・・」

という手はずを踏まなければならないあの旧式のどうでもいい掃除機だったから。

 
old.jpg 
↑ 旧式のこれ。なぜか筒部分だけ、裸のアルミ製・・。もう7年使ってるらしい。


大々的に掃除する時には、まぁいいんんだけれど、こまめ使いするにはあまりに面倒。

いちいち組み立てるのがまず面倒だし、
コンセントのコードがものすごいイラつくし、
家が広いので何度もプラグの場所を変えて差しなおすのも面倒だし、
そのためにいちいちかがみ込んで、棚のウラなどにある他の電化製品のコンセントを抜くのも本当に面倒
そして、コードが何かに引っかかって・・・っていうアレもまた面倒!
コードが床の観葉植物にひっかかり、ひっくり返った観葉植物から土がこぼれていた時には・・・・(ヌガーッ!)



だから、「組み立てがいらない構造(柄がシュポっと伸縮するやつ)をしていて、コードがない充電式」という現代にふさわしい掃除機が欲しいなぁ、と思っていた。


でも、現代にふさわしい掃除機の種類で本格的なちゃんとした掃除機はさすがに気軽に買える値段はしていないので、今回は携帯サイズのささやかなミニを買ったのである。


でも、これで当面はじゅうぶんだ。
私が欲していた「充電式」の部分が叶ったもんね~。


これで、「あ、小麦粉、パフっと落としちゃった」とか、「ドライヤーの後って髪ちらばり放題!」をはじめとするレッドゾーンのこまめな掃除機がけがついに可能になる。

特に、日本からホームベーカリーを買ってきて以来、どうしてもパフっと飛ぶ小麦粉と、パンを切る時にでる思わぬ量のパンくずに、効果を発揮してくれるであろう。


レッドゾーン以外の場所は毎日のことではないので、当分は今までどおりフグの旧式掃除機でいいや、ということにした(センギョーシュフなんだし、それくらいはしなくちゃね)。


これで少しは「こまめな妻」になれるかしら~、わたし。


2012.05.24 / Top↑
メルボルンは本当によく、予想もしない雨が降る。

「一日の中に四季がある」とか言われるくらい、天気がコロコロ変わる。

「今日はあったかいなー」なんて思っても、薄着だけで出かけるとひどい目にあうことは多い。

突然、南方面から冷たい冷たーい風が吹き始め、1時間足らずで気温が急降下することがよくあるから。薄着で家をでて、帰りに唇ムラサキになりながら、凍えたことが何度もある。



雨も同じようにして、実にきまぐれ。

晴れたと思ったら、降って。降ったと思ったら、晴れて。10分くらい日差しが輝かしくキラキラしていたとおもったら、また大雨が通り過ぎたり・・・。

この間の、とある休日も、雨と晴れが2時間くらいの間に10分感覚くらいで10回くらい交互にやってきた。

そのとき、実は私たちは(というかフグ)は、バルコニーでBBQしてた。



「メルボルンの宗教はBBQ」とか言われることもあるそうだ。
そのくらい、人々はBBQをよくやる。

(他に何もないもんね~)

メルボルン至る所、「え?こんな場所にまで?」という場所にまで、公共の電気式BBQ機が設置されているほど。

公園とかね。



ここでちょっと素朴な疑問なんだけれど・・・・。

けっこう大きな敷地で緑がたくさんの公園がメルボルンにはたくさんある。

そういう公園には、必ずBBQ台が要所要所にあるわけだ。

だけどよく見かけるのが、一番道路に近い、あまり魅力的ではない場所で人々がBBQしている場面。

なぜ、もうちょっと奥の「あー、自然に満ちてていいね」って場所の台でやらないのだろう?

車が走っている道路がすぐそこで、音も騒さいし、景色も空気もあんまりよくなくない?っていう台でやってるんだよね(笑)。

あれ何だろう?



ま、余談はいいとして。


そんなオージー生活にすっごい抵抗していた私たちも、「他にやることがない」がついに本格化し始め(笑)、最小サイズのBBQセットを買ってしまったのである、半年前。

25ドルくらい。
炭焼き用。


相変わらず私はBBQにやる気がイマイチないのだけれど、いや違う・・・、というか、

BBQって2人ぼっちでやってもしょうがなくない?という思いから、

どうも、あとひとつエンジンがかからないのだけれど・・・。


フグは私よりやる気。

肉をジュッと焼いて食べたい!という食い気から、やる気。


それで、2週間くらい前のある日、バルコニーでひさびさに2人ぼっちBBQをしたのだ。

前日から肉をマリネートまでしてたフグ。

昼過ぎから炭に火をつけ始め、パタパタ仰ぎ・・・

いざ焼き始めたら雨が・・・・・。

b00.jpg 
BBQ開始。晴れていた。


b01.jpg 
雲行きがヘン。ウチワ替わりのチリトリで仰ぐフグ。


b03.jpg 
すっかり雨・・。傘をさして肉を、いや、火を守るフグ。
うちは最上階だし、バルコニーに屋根もない。



b04.jpg 
また晴れる。「もうこのままずっと雨かな」と思えるような
雲行きでも、つるっと晴れるのがメルボルン。



b05.jpg 
しかしまた雨。「もうこれで完全に晴れるだろう」と思われ
るような空模様にも、あっという間に裏切られるメルボルン。



こういう風にして、この日のこの時間は、晴れ→雨→晴れ→雨→晴れ・・・が本当に10回近く小刻みにやってきた

そんな中、たった2人ぼっちで傘さしてまで肉を焼く私たちって、なに・・・・・・?(笑)。

しかもね、もっと降りがひどかったときには私が傘さしたのだよ、フグのナナメ後ろに張り付いて。手がふさがってて写真がとれなかったけど。

しずくを肉に落とすなっ。
届かないんだってばっ。もうちょっと前に出てよっ。

とか、こぜり合いしながら。


せっかく背後には屋根のある心地のよい部屋が広がっていて、その向こうにはキッチンがあるというのに、わざわざ部屋のヘリとバルコニーの境で雨に降られながら、傘さして、こぜり合いしながら肉を焼く・・・。


すごいバカップルな光景だよなぁ・・・・・

と、しみじみ思いましたさ:笑

でも、炭火で焼くとおいしいね~、肉


b06.jpg 
フグ流インド風マリネートBBQ



2012.05.23 / Top↑
さぶい・・・。
さむい・・・。
ズルッ(鼻の音)。

今朝、起きたときの室温14℃。
今現在の室温15.2℃。



オーストラリアは、本当に、「暖房」というものについては、ろくでもない。
暖房的後進国と言ってさしつかえない。

家にはよく、ウォールヒーターというヒーターがついている。壁に取り付けて、オンにするとモワーっとあったかくなり、数時間後、部屋も心なしかモワーッとあったかくなるやつ。

うちにも、ついてるよ。
でも、これ、寒いからといって軽い気持ちで使うと、息が止まりそうな電気代がくる。

家探しをしていると、いかにもな感じで「ウォールヒーターついてます」みたいに書いてあるけれど、これでまじめに暖房しようと思うくらい金がある人は、最初からビンボーくさく賃貸なんか探してないって。

これが使えないなら、あとは他の暖房器具を買うしかないけれど、実は他の暖房器具を買ったって、あまり問題は解決しない。

だって、売ってる暖房器具だってほとんど電気式なんだもん。



しかも、おそろしくショボい質。

暖房器具がこんな質でいいの?と思うのは、暖房器具の不具合がすぐに家事につながるウサギ小屋的木造家屋大国&地震大国出身者だからであろーか。

オーブンもそうだけれど、熱くなるものがショボすぎる質だと、なんかこわい。 値段も安い。

しかし、こんなゴミのような暖房器具いらん。もうちょっと高くていいから、もうちょっとマシなのありませんの?って思うんだけれど、ない。

今度は、恐ろしくバカ高いものしかないのである。
ピカーンッ、本格派!みたいな。もしくは巨大。

暖房器具に限らず、あらゆるモノが、だいたいこの現象だね、オーストラリア。

安くてゴミ級の質か(日本ではありえない質)、いきなりセレブ級の値段。
まんなかナシ。



それにこれらの、ウォールヒーターじゃない暖房器具(ハロゲン、オイルヒーターなどなど)だって、電気で動かす以上、「まじめに使えば、目玉が飛び出る電気代がくる」という問題は同じ。だから、結局買ってないのだ。



そのそも、電気式暖房器具は電気代が高いうえに、暖房の馬力がショボい。

ガスか石油が、暖房効果も燃費も一番いいんだけどなー・・・と日本人ならみんな知っているよね。



でも、うちにはガス来てないし(ガスが来ていないのは、メルボルンでは普通)。

暖炉ないし(一軒家、とくに古いタイプの一軒家には、暖炉がある家もあるらしい)。

あとは、石油か?



そこで、先日の帰国中にひらめいた。

日本の小ぶりの石油ファンヒーター、だいたい1万円以下でしょ?
もちろん日本だから、質はそれでもけっこうしっかり。

そんなに重くないし、これ、メルボルンに持っていくってどうかな?

ドンドコ ドンドコ ドンドコ(胸の高鳴り)

うぉーしゃぁっ!これで、今後の冬は安泰だ!


と、ひらめいて、一気に舞い上がったのだけれど・・・・・・・
 
だけれど・・・・・・・・


どうやら、メルボルンでは灯油(ケロシン)は、簡単に手に入らない模様。 バーベキュー用に、小さい缶のものが打っているらしいけれど、それじゃね・・(超割高で意味ないし)。

聞くところによると、昔はガソリンスタンドで売っていたらしいが(←これを狙っていた!)、最近は売らくなったらしい。


ヒューーーーーーーーーーーーーーーン・・・・(気分は急下降)


一気にトーンダウン。

そして、また冬が来てしまった。
湯たんぽをヒザに抱えて、これを書いているワタシ。



オーストラリアの暖房がショボい理由を考えてみた。


   
①このバカでかい大陸に人口2千万足らずしかいない。そしてその大陸は、地球の他の主な先進国から、やたらめったら離れている。

  
国際/国内流通のことも含めて考えると、商売が繁盛するわけがない。新しいビジネス始めようにも顧客対象はたったの2千万人。よって、暖房器具に関しても市場は死んだようなねむさ。


②たった2千万しかいない国に、たった5都市くらいしか主要都市がない(シドニー、メルボルン、アデレード、ブリスベン、パース)。

このたった5都市に人口が集中しているわけだけれど、その5都市中、本格的に冬がくるのはメルボルンくらい。シドニー、アデレードは「まぁまぁ冬が来る」程度?

そう考えると、暖房器具市場はさらに小さくなる。こんなに他先進国から距離が離れた「小さな島」のような市場が、にぎわうはずがない。


③オージーは、なにかと鈍感(悪口を避けたい場合は、「おおらか」と言われる)

もちろん寒さにもとても鈍感だ。


こんな感じなんだと思う。
③の要因も大きいね、きっと(笑)。

それに加え、日本人はなにかとデリケート(率直に言った場合、弱い)。寒さにも世界一弱いらしい。というのもあるけれど。




冷え性仲間で、アメリカに嫁に行った友達がうらやましくてうらやましくてうらやましくて、たまらない。
うらやまし死にしそうにうらやましーーーーーーーーーーーーー。

トイレも廊下も、家中、ポカポカだって。セントラルヒーティングで。

フェイスブックで「おほほほほ」と自慢してくる。


自分がいる部屋だけでなく「トイレも廊下も」という点は、「マッチ売りの少女が窓の外から暖かい家庭の食卓を覗く」あのシーンくらい、私にとっては夢のよう。


でも・・・・・そんなものまでオーストラリアで望めないのは分かっているし、エネルギー問題や地球のこともあるから「セントラルヒーティング」っていう天国のような言葉は忘れよう。

だからせめて、自分がいる部屋だけでも暖かくあってほしいのだ・・・。


今年も、基本的に暖房ナシで、越冬するのだろうか、私。



去年の家では、7月、8月ともなると、室温10℃とか11℃とかによくなっていた。

そうなると、私は最小型ヒーターをつけて、湯たんぽを抱いて、キッチンにこもっていた(去年までの家は、セパレートキッチンで、かなり狭いキッチンだった)。

あんな惨めな暮らし、いやだ。
それに、今度の家は狭い部屋なんて、窓のないバスルームくらいしかないよ!


暑いの平気(というか、大好き)な私、夏なんてどんだけ暑くってもクーラーいらないので、その分、冬にエネルギーのぜいたくをしたいと思うパナッタレなのでした。


※ま、今年も暖房なしで越冬でしょうね。


というか、オーストラリアの電気料金、なんでこんなに高いの??
資源大国なのに、なぜ・・・?素朴に疑問。


2012.05.22 / Top↑
大学の時、第二外国語(必修)は、フランス語をとっていた。

大学で外国語を教える先生というのは、非常勤講師の人(日本人)が多かった。 私たちの先生も、普段は他に何か本業があるっぽいフランスな方たちだった。


そのうちの一人は、いかにも「ずっとフランスに住んでいて、普段も基本的にはフランスに住んでいますの」という感じの45歳くらいの女の先生だった。仕事かなにかの理由でしばらく日本にいるけれど、またそのうちフランスに帰る、とかいう感じだった。

ファッションも、日本だと(特に当時の)ちょっと浮く感じの、おフランスさ。

超ストレート髪をパッツーン!とまっすぐ切ったオカッパ(鳩山元首相夫人っていうか?)で、そこにベレー帽みたいなのをナナメ前向きかげんに傾けてかぶっていて、授業中でもなぜか傾き加減がくずれない。香水半径5メートルでプンップン。

黒いタートルネックセーターにカラシ色のボレロ風ジャケットを着て、耳にもどでかくてカラシ色な玉イヤリングがつるさがっていて、黒い足首まであるスカートをはいていて、そのスソからちょこっと出てる靴のつま先がやはりカラシ色というあの姿は今でも思い出せる。(というか、私、マスタードイエローと言うべき?)

実際にフランス人がそんなにキメキメなコーディネートをしているのか疑問だけれど、マダムのあたりがしているのかもしれない。

とにかく一目で、「ヨーロッパ方面で長く暮らしてる日本人女性」だということが分かる人だった。

その先生、けっこう私たち生徒とうまくやっていきたいと思っていたのか、よくハズれた冗談を言ったりする先生だった。いつも冗談がハズれて、キメキメファッションとの対比が哀愁を帯びている中年女性先生だったということをおぼろげに覚えているのだけれど、

2つだけ、ハッキリと覚えていることがある。



一つ目は、その先生、何かのときにふいに「なんじゃらほい」と言ったのである。

誰かが質問かなにかをしようと手を上げたときだったと思う。


なんじゃらほい  
だよ?


・・・・。おどけて言ったつもりだったんだと思う。「楽しい先生」として。もちろん、「なんじゃらほい」の雪崩級のハズし具合に気づいてもいなかった。

しかし私たちには、その瞬間、香水プンプンやファッションなんかよりもよほど、「ああ・・・、本当に日本に長いこといないんだね・・・」ということが分かったものである。



もうひとつは、「アベック」について。

その先生が英語の「with」にあたるAvecという単語を説明していたときであった。彼女が「なんか日本ではこのアベックって言葉がカップルっていう意味で使われちゃってるみたいよねー。フランス人、笑ってるからやめたほうがいいと思うんだけどねー」みたいな事を言ったのである。


私たちは全員、心の中で思った。

 ↓ ↓


とっくの大昔に、みんなやめてますから。

先生、そんな昔に日本を経たれたのですね・・。


そんなこんなで、当時の私は「ずっと外国に住むってこういうことなんだ」ということをしみじみ思ったのであった。ずっと外国に住むということについて考えると、あの先生を思い出す(笑)。

フランス語の先生は他にも何人かいたので、区別するために私たちは、「あ、あの授業中でも帽子の傾きがくずれない人のほう?」とか、「ああ、あのウラシマな女の先生?」とか、「なんじゃらほい先生」とか言っていた。大学生って酷ね。




それから数年後にも、同じような思いをした。

バンクーバーに住む知人の家に遊びに行った時だった。

その知人は、私よりずっと年上で、シングルマザーで、20歳くらい(当時)の一人息子T君がいる人。T君をものすごくかわいがっていて、微妙なお年頃のT君に何かと気を使っていた。

彼女は、アメリカのテキサスでT君と2人で数年暮らしたあと、ビザ関係でアメリカを去らざるを得なくなり、バンクーバーで暮らすようになった人で、もう15年くらい外国で暮らしている人だった。

その彼女にある日私は「ねぇねぇ、パナッタレちゃん。” オタク”って何?どんな人をオタクっていうのかしら?」と聞かれたのである。


え ?えーと・・・オタクっすか・・?


私、いきなりそんなこと聞かれても~、と思った。とりあえず、「英語ではギークとか言われてるやつではないでしょうか?」と言ってしまった。

しかし、「私の日本人の友人がね、Tのことを ” あら、けっこうオタク体質なのね~ ” って言ったのよ。よく知らないけれど、ギークって何かよくない意味なんじゃないの?」と言われてしまったのである。

そ、そういう事情なら最初に言ってくれ、と思いながら、ドギマギした。「それって、いいこと?悪いことなの?」と痛いポイントを突かれながら思った。

オタクって説明するのが難しい・・・。しかも、「悪いこと」にならなすぎないように気を使わなければならない、何しろT君のことなんだし。結局、

「えーと・・・。説明しがたいんだけれど、何か特定のことにやたら打ち込むようなタイプのことです。特に悪い意味限定というわけではないですよ。自分のことを ” わたしってけっこうオタク ” と言ったりすることもあるくらいだし(←実際、そうですよね?)

みたいな説明をした記憶がある。


その彼女には、バンクーバー滞在2週間くらいの間に「ナウい」という言葉も何度も使われた(笑)。

15年も日本にいないと、オタクって言葉を知らないくらいの事態になってしまうのだと、私はまたしみじみした。


しかし!!


イマドキはこんなことにはならないと思う。なぜならば、インターネットというものがあるから!!


フランス語の先生の話は、インターネットなんて人々の生活にはなかったくらいの時代だし、バンクーバーの友達の話も、インターネットがまだまだ普及までしていなかった時の話である。

インターネットがなかった時代に外国に暮らすって、いったいどんなことだろう?と思うと、びっくりする。今の時代って、外国に何年も暮らしても、そこまでウラシマにはなりようがない。

スカイプ、ユーチューブ、メール、デジカメで写真、ネットでニュース、ネットで画像検索・・・・・。

ちょっと思い切って言ってしまえば、「肉体が別の場所にいるだけ」というか。残る問題は、物理的なことのみ、という事態である。



思えば、私がインドにいた時代に日本で突然出現した「萌え」という言葉にだって、ちょっと遅ればせながらも、私はちゃんとついていけた。「でも、そんなの関係ねぇ!」というアレだって、日本に帰らずとも知っていた。

デリーで住んでいた場所からすぐの場所で、爆弾テロがあったときにも、私はなんと「Yahoo Japan」のニュースを見てその事を知ったし



たった15年くらい前までの「外国に長く住んでいる人」とか「国際結婚してあちらに住んでます」という人と、イマドキのそういう状況の人(私とか)って、とてつもない開きがある。


私なんて、想像も及ばないよ、インターネットなしで外国にずっと住まなければいけない状況なんて。


たぶん「思い切り本気で腹くくって身も心も現地の人になりきる」とかいう努力したのかもね、昔の人(というか、たった15年位前までの人)は。


それに、ネットが普及してからというもの、世界は急速に狭くなり、平坦になっていっている。どの国にいても、世界中の場所の情報をリアルタイムで簡単に知れるから、例えばファッションだって、世界中同じになりつつある。

だけど、インターネットがなかった時代って、もっともっと、それぞれの国や文化や考え方が影響しあってなくて、独自だったはず。いわば、それぞれ「濃かった」はず。国際結婚とかでそんな中に、おっぽり出されてずっと暮らしていかなきゃならないなんて~・・・・・。


ということで、国際結婚をした私は、インターネットがあって本当に助かったと思わずにはいられない。

(でも、引きこもりになる危険性があるけど!こんなにネットに依存していると、人生バーチャルライフで終わりかねないよ・・・オーマイガー)。 
 

とりあえず、インターネットよ、ありがとう。
 おかげさまで、私はなんとかやっていけそうです。
 フェイスブックで、知人友人の取るに足らない近況まで、リアルタイムで把握できるし・・。



最後に余談として、

なぜ「とりあえず」かというと・・・・


旅行するなら、絶対にインターネット普及以前の世界のほうが面白かったと思うからだね。

これは絶対!
いろんな国や場所が、濃くて、新鮮で、驚きに満ちてて、感慨深くて、目や胸に焼き付いただろうね~。

今なんてさ、世界どこ行っても、店まで同じだったりして(スタバとか)、ほんとにつまんないね。その場所独特っぽい店があったとしても、わざわざそうしてるだけだったりしてさ。それに、行く前からネットで世界あらゆる場所の写真見れちゃうし。 日本なんて、世界中のものが日本で手に入るし。

話題やトレンドまで、グローバル。例えばファッションにしたって、なんじゃらほい先生の例のように「うわ、さすが、おフランスな感じだね」みたいな開きは、もうなくなっていると思う。つまんなくなったよなー、世界。

2012.05.21 / Top↑
この記事を書いてから、まだ一週間も経ってないのだが~っ。


Guzman y Gomezに、また行ったのである、私たち。

先週の金曜日、「今日は外食しよう」となったのであるが、どこ行く?何食べる?と言いながら、テレビを見てチャイを飲んでウダウダしているうちに、けっこういい時間に・・。

そこで、「もう近場しか、ダメじゃん?」となり、しかも、その週末はちょっと遠出をする予定だったので、「今日はあまり高くない店」となり、

結局また、Guzman y Gomez へ行ってしまったのであった。
もちろん、フグの強い希望により(笑)。


だけどね、

このあいだ、「とても、おいしかったです」と書いたのだけど・・、実は、今回は、あまりおいしくなかった・・・っ。


それで、ブログで「とてもおいしかった」発言の訂正をしておかないと、って思いまして。




金曜は、私はナチョス、フグはケサディーヤを注文。

私のナチョスは、まぁ、可もなく不可もなくという感じ。

相変わらず普通のメキシカンよりヘルシーではあるけれど、心なしか、なにか気の抜けた味という気もした。でも、その程度。だから、おすすめ!とは思わないけれど、普通に普通だった。


だけど、フグのケサディーヤが、かなりダメだった。


まず、少なさに驚いた(値段は他のものと変わらない)。

すごく小さいケサディーヤがちょこちょこっと3つ、さびしく並んでた。

オーストラリアで、食べ物が少なさが印象的って、すごい稀!(笑)。
しかも、ファーストフード系で少ないって、本当に稀。


見た時点ですでにフグ、思い切りトーンダウン(まつ毛の傾き方向で分かる)。


さらに、何口か食べてつぶやいた。
「おいしくない」。


えー、この間あんなに喜んだのにぃ? ドンデン返し、早くない?


あっという間に3つ食べ終わり、明らかに欲求不満な顔をしていたので、「ミニブリトーってやつがあるよ。リベンジとして食べれば?」と言ってみた。

すぐに、「そうする!こんなのアントレだ。おいしくないしっ。リベンジだ」とかなんとか言って、カウンターへ去っていった。



ミニブリトーを手にして戻ってきたフグ。

一口食べて・・・・

やはり、「うまいっ。これだ、これ」と言っていた。

私も一口もらったけど、やっぱりブリトーはおいしかった。




ということで、私の知る限り、

Guzman y Gomez でおいしいのは、ブリトーだけのようです。

実際、一番人気はブリトーということで、店自身もブリトーを代表メニューに掲げているようだし。

最初にこの店を勧めたシドニーのフグの友人も、そういえば「あのブリトーはランチに最適」という言い方をしていたような気がする。


私たちの中では、Guzman y Gomezはブリトー限定の店、となりました。



2012.05.21 / Top↑
うちは、シティから約10キロで、ぎりぎりゾーン1圏内(メルボルンの公共交通システムのゾーン分けによる)だが、微妙に電車路線からはずれたエリアにある(だから安かった)。最寄の電車の駅までは4~5キロくらい。

だからフグは普段、トラムに乗り、途中で電車に乗り換えて会社に行っている。

実はトラム1本でそのままシティに行けるのだが、「トラムは酔う」(←そんなの聞いたことないよ、バスならありえるけど)んだそうで・・。また、朝夕の道路が混雑している時間帯は、トラムも昼間よりは時間がかかるらしい。

確かにトラムはイライラする乗りものではある。シティまでの約10キロの間に約50個のストップがあって、いちいち止まるんだから。

でも、電車は本数が異常に少ないので、よほどうまい具合に乗り換えができない限り、結果的には「約50回止まるトラム1本」でも、「トラム+ひとたび乗れば早い電車」でも、所要時間に大差はない。それに、うちはそのトラム路線の終点1個手前のストップなので、必ず座れる。

だからトラムにそのまま乗ってりゃいいのにね。


せっかく「公共の乗り物で乗り換えなしで1本で会社に行ける」を条件に家を探したのに、結果的に、わざわざ電車に乗り換えているわけである、フグ。

それなら、家探しの範囲をあんなに限定する必要なかったのに!と思うんだけれど、後の祭り(本当にほんとーに大変だったのです、家探し)。


tram2.jpg 
↑ トラムって市電のこと。 これはトラム@シティ。


私が車で電車の駅まで送り迎をするということも実はできる(シティ内は大混雑なので、会社まで送り迎えすることは不可能だが)。

しかし、朝は私のヨガの時間と折り合いが悪い。また、帰りの時間帯は道が混んでいるので、車でもけっこう時間がかかってしまい、結果的にそんなにいいことにはならない。本数が少ないうえに、しょっちゅう!!遅れまくるメルボルンの電車のせいで、迎えに行った私が30分も駅周辺で待つハメにも、いとも簡単になるし。

だから、普段は送り迎えなしでやっている。

ヨガに行かない朝とか、「大雨が降りしきっている」などの日だけ、電車の駅まで送り迎えしている。
 



一方、私が用事があってシティへ行く場合。

当たり前だが、普段フグは会社にいるのだから、誰かがどこかまで送り迎えをしてくれるということはありえない。

だから、半年前に今の家に引っ越してきて以来、いつもカタカタと約50ストップに止まられながら、シティへ行っていた。

フグと同じようにして、途中で電車に乗り換えることもできるけれど、いまだかつて、うまい具合に乗り換えられそうな電車がいたためしはほとんどない(アイフォンのソフトでチェックできる)。

普段からこの電車路線は特に本数が少ないうえ、平日昼間の時間帯ともなると、さらに本数が少ない。それに加え、「電車が遅れる」という事態がかなりの確立でありえるから、「電車に乗り換え」案を採用するのは、だいぶリスキーでもある。

なので、たまーーーーーーに、うまい具合に来そうな電車がありそうだったとしても、結局トラムでそのまま行く。



しかしいずれにしても、うちからシティに行くのは、「東京に住んでいて10キロ先の都内へ行く」のと比べると、ひどく面倒に感じる(デリーでは、「オートリキシャ」という三輪タクシーが非常に便利だったし)。

シティへ行くだけでなく、シティへ行ったあとのシティ周辺の移動を含めた場合、「ヘタ」をしてしまうと、いきなり驚くべき時間がかかってしまう。

メルボルン紹介には「優れた公共の交通が発達していて、車がなくても生活ができる都市」みたいなことがよく書いてあるけれど、ああいうのって、「実際」とは違うことが多々ある。データとしての気温と実際の体感温度の違いみたいなのと同じ違いがある。

公共交通機関に関して「優れた」とか使うにしては、あまりにも電車が遅れすぎるし、路線も本数も少なすぎる。「 優れた」とか、「車がなくても生活できる」とか、「(路線が)張り巡らされた」なんて言わなきゃ、私だってこんなにブツブツは言わないものを。でも、こういう判断基準って日本人だけが異常に高くって、オージーにしてみれば、本気で「優れている」のかもね・・・。(でも、車がなきゃ、まともな生活は絶対ムリですメルボルン!)


トラムも時間帯によって「この路線は平日何時から何時までは走っていない」などなど、路線によりいろいろ細かいスケジュールがあり、トラムストップがあったからといって喜べない。ちゃんと確かめなければ、延々トラムが来ないこともすごくよくある。20分待って来ないあげく、「なんだよ、夕方16時以降走ってないじゃんよ、ここ!」みたいなの多い。

こういった乗り換えがうまい具合にいく場合と、ヘタをしてしまう場合で、たった2~4キロ圏内の移動に限った話なのに、平気で45分とかの差が出てしまうのである。

これに加え、最後にシティ周辺から家に戻るときにまたヘタをしてしまうと、具合がよかった時に比べて、合計1時間以上の差くらい、しょっちゅう。電車に遅れられた場合など「なぜ、ウィンザーで買い物が終わってからうちに戻るまでに1時間45分かかったんだろう?」みたいな。

そして、このヘタなことになる確立がこれまた結構高い。平均して、ヘタ含有率70%くらいかな。



あと、うちが利用するトラムストップ(うちから一番近い)には、屋根もない。ここで特に真夏や雨の日にトラムを待っていると、だんだんものすごい怒りが涌いてくる。

紫外線が日本の6倍降り注いでいるんだし! メルボルンは雨ばかり降るんだし。

ある夏の日、塀になっているところの隅にある、ほんのわずかだけ日陰になっているところに身を潜めてトラム待っていたところ、トラムが通り過ぎていった(つまり、その場所はトラム運転手からは微妙に見えない)時には、脳内で機関銃を連射したくらいに怒りが涌いた。

(こういうことにいちいちイライラし続けているともたない、とは思うけれど、やはりこれは「好きこのんで来たのではないメルボルン」という前提が、私の頭のどこかにあるからだと思う。東京のようなものは望めないし、たぶん、ずっここで生きていくのであろうから、だんだん受け入れていかないとなぁと、思っているわけだけれど・・・・オヨヨヨ・・)


しかし!



最近になって私はとうとう、シティへ行くにあたって、かなりマシな方法を見つけたのである。

うちが使っているトラムの路線とは別の路線がシティ方面約4キロ先にある。その路線上の、とあるダン・マーフィー(酒屋チェーン)の駐車場が、時間制限ナシの駐車場であることを発見した。しかも、その駐車場はいつも空いている。

ここまで(シティまでの行程の約半分)車で来て、駐車場に止め、そこからトラム(やはりシティ行き)に乗れば、かなりスムーズにシティに着くではありませんかっ。あらまー、イイ感じ!


これを発見してから、だいぶ、シティへ行く面倒くささやイライラが減った。


FUJIマート(メルボルンにある日本食材屋)で米などという重いものを買った日にも、ここまでたどり着けばあとは車と思うと、ちょっと楽だし。


こういう発見って、住んでいてならでは、だよね。


最近は、この方法でシティへ行く時や帰る時、車のエンジンをかけると同時に

「このようにしてパナッタレは、イヤイヤながらもだんだんと、メルボルン生活に馴染んでいくのでした。つづく」というNHK朝の連続ドラマのエピソードごとの終わりのフレーズのようなものが、頭に流れます(笑)。



※この駐車場、制限時間ナシとはいっても、ダン・マーフィーが閉店するまでらしい。だから夜遅くなる日には使えない。でも、今後もこの種の駐車場に目を光らせていれば、きっと他にもあるに違いないと思う。あわよくば、24時間オーケーな駐車場だってあるかも。



2012.05.18 / Top↑
おととい、フグが会社からSMSを送ってきた。

「今日は我々はタダでブリトーを食べる。詳しいことはあとで。ぐふふ」みたいな内容。


なんじゃ?と思ったけれど、今日は夕食はブリトーで、そしてタダで、詳細はあとで聞けるらしい。

よく分からないが、とりあえず、解凍するために出しておいた夕食用の鶏肉をまた冷凍庫にしまった。



夕方、会社から帰ったフグは「さぁ、行こう」と言いながらニヤニヤが止まらない。

以前からシドニーの友達に「ピカイチだ」と勧められていたというメキシカンフードの店「GUZMAN Y GOMEZ」がついにメルボルンにやってきて(つまりヴィクトリア州1号店)、しかもそれが、うちから至近距離のショッピングモール内で、しかも今日は開店記念としてブリトーをタダでくれる

ということらしい。

 
menu_burrito.png 

↑ ブリトーって、こういうもんです。


私はレストランに行くのかと思って、「ちょっと待ってよ、眉毛くらい描かなきゃ」と言ったのだけれど、その店はどうやらフードコートなどにある系の店らしく、テイクアウトでブリトーをもらってくるだけだから、眉毛なんかいいと言われてしまった。

そんなことを言われてもー。ショッピングモールに行くのに、ノーメーク、髪バサバサ、部屋着はまずいよ。と思ったけれど、

「早くしないとなくなっちゃうかも」などと、フグが一刻も早くしろ的にヤキモキしているので、私は本当に眉毛も描かず、束ねただけのヤツれ髪と、ジャージ+やたらブ厚いモコモコ靴下に無理やり靴を履く、という出で立ちで出かけた・・。



行くと、既に並んでいる。この出で立ちでタダのブリトーに並ぶなんて私も終わったな・・・となどと思いながら列に参加したが、驚くべき速さであっ!という間に番がきた。

他にもナチョスとか、ケサディーヤとか、タコスとか、定番メキシカンメニューがあるようだけれど、今日はブリトーのみということだ。

でも、チキンかビーフかラムか魚かなど、7種類くらいからちゃんと中身も選べた。

私はいつも通りビーフ、フグはいつも通りチキンを注文。

ここで、「ついでに飲みものを買えますが、どうですか」と言われた(飲み物はタダではない)。ブリトーをタダでもらっているんだから、ここで飲み物を買ってあげて、ささやかな礼をするのが大人なのかもしれないが、私とフグは反射的に「ノーサンキュー」とハモっていた。

品が手に入るまでは時間がかかるだろうと思い、注文のあと私はトイレへ行ったのだけれど、トイレから戻るとフグはとっくに品を手にして待っていた。

注文をとるまでもそうとう速かったけれど、品が渡されるのも驚くべき速さだった。レジでお金のやりとりがなくて、さらにメニューが限られていると、こんなにも速くできるんだね、と思ったね~。

よかった、私のひどい出で立ちが社会にさらされるのが、必要最低限の時間で済んで(笑)。

(誰も見ちゃいないと思う反面、最近、このエリアの人が多く来ているであろうヨガに行っているので、「あ、あの人、ヨガの人かも。うわ、なんかすごい貧乏くさ」とか、私の知らぬところで思われている可能性だってあるわけで・・・)




私とフグはよくメキシカンを食べる。
フグがメキシカン大好きだからだ。

メキシカンを食べると、「メキシコが肥満大国世界3位以内にいつもランキングする理由がとてもよくわかる」んだけれど、実は私もけっこう好き。ガツっと食べたい気分の時にはつい足が伸びるね。

メルボルンには、けっこうたくさんのメキシコ料理屋がある。室内がメキシカン一色の個性的なアートなレストランもあるし、「Taco Bill」(明らかにアメリカのTaco Bellを意識した名前:笑)という、チェーン店のレストランもそこら中にある。



そして、フードコートに入ってる系の、ファーストフード的なメキシカンもまた多い。

フードコートに入ってる系メキシカンで、最近私たちがお気に入りなのが「MAD MEX」今のところメルボルンには、チャペルストリートと、メルボルンセントラルのフードコートにしかないんだけれど、これがけっこういいの。

メキシカンって、ちょっといくらなんでもこれは・・・・というくらい油に満ちているでしょ?でも、このMAD MEXは、それに比べると比較的ヘルシー。

というのも、ここはちょうどまさにSUBWAYのように、ショーケースに並べられたいろいろな具の中からほしいものだけを言うというシステム。それを、あらかじめ決めておいたタコスとか、ブリトーに入れてくれる。

ソースの量なども「かけすぎないで」とか言えてとてもいい。だから普通のメキシカンみたいに「料理の下半分が動物性オイル漬け状態でデロデロ」ということには絶対ならない。メキシカン版SUBWAYです。

メルボルンセントラル内の店はいつも激混みのあのフードコートの一角にあり、落ち着かないし狭いけれど、フグがメルセンの上のビルで働いているので、私たちはランチに待ち合わせて時々行く。

一方、チャペルストリートの店は開放感もあるし、明るくていい。フードコートじゃなくて単体の店舗なので、「せかせかファーストフード食べてる」という、あのなんとなく貧乏くさい気分にならなくて、よろしい。ちょうど、ハンバーガーのGrilledのような感じの位置づけ。



さて、そんな「メキシカンかなり食べてる私たち」が食べた今回のGUZMAN Y GOMEZのブリトーですが、とてもおいしかった。フードコートに入ってる系であれだけおいしければ、ハナマル。

というか・・・・MAD MEXを知ったあたりから薄々思っていたんだけれど、メキシカンというのは例外的に、ファーストフード系のほうがレストランより、むしろヘルシーでうまいのではなかろうか (本場メキシコの料理については知らないけれど、すくなくとも、外国にあるようなメキシコ料理屋の範疇内では)。

「料理の下半分が動物性オイル漬け状態でデロデロ」とか、「食べるにつれて血がラード状になっていく気がする」のは、普通に皿に盛られて料理が出てくるメキシカンレストランでいつも経験するもの。

それに比べてファーストフード系は、メキシカンである限り「ライト(Light)だね」とは言えないけれど、でも、そうとうレストラン系に比べてライトだよ。 
 

guzman2.jpg 
 


それにしても、今回印象に残ったのは、フグの「満面の笑み」である。

そんなに嬉しい?(笑)。
たかがブリトーだよ?

フグは普段、これでもかというほど疑い深い性格である。
何も誰も信じていないという感じ。

期待してガックシきたりするのがよほどイヤなのか、最初から何にも期待をしないという姿勢が骨の髄まで定着している。傷つき恐怖症?

だから、今回も「まる一日ブリトーをタダで人々に配るわけがない」とか、「たぶん、驚くほどケチくさいミニブリトーなどををよこすに違いない」とか、「実はタダでもらうには何かしらの条件があって、それが豆粒みたいな字で店のどこか端っこに書いてあるんだろ」とか、

思う存分、いろいろナナメに予測していたらしい。

そうやって、前もって「ガッカリのメンタル準備」をしていたらしい。「絶対ウラがあるんだ、きっと。世の中そんなに甘くないんだから、そんなことでガッカリするなよ、オレ」的に(笑)。

ところが、

オレの大好物のブリトー(販売価格10.5ドル)を本当にツルっと無条件でくれて、しかも普通に売るのと同じサイズで、しかも中味も選べたあげく、しかも、マジ旨かった。

ときた。

それで、それほど嬉しかったらしい。

わたしゃ、フグのあんな満面の笑みは年に数回も見ないね。
私が作る料理になんかは、コメントもしないくせして、イヤなヤツだ。 
 
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※ Guzman Y Gomezについては、後日談があります。コチラ
2012.05.17 / Top↑

先日、やっと新しいパソコンを買った。というか、買ってもらった。


ノート型PCって、酷使度にもよると思うけれど、3年目ともなるとかなりゼェゼェ言いはじめるよね。


それから1年くらいは、ゼェゼェ言わせながらも、ダマシダマシなんとか使うんだけれど、ついに耐えられなくなる。


それで、4年目に新しいのを買う。


前回も今回も、このパターンだった。私はかなりヘビーユザーだけれど、そうするとだいたいノート型PCというのは、心地よく使えるのは2年半~3年らしい。


人生これで、5台目のパソコン。


初めてパソコンを買ったのは、15年前。最初の2台はマックで、デスクトップ型だった。あの頃は、モニターも液晶で後頭部が巨大だったりして、パソコンってやたら場所とるものだったな。


次の2台はウィンドウズでノート型だった。今となってはマック時代がとても遠い。




今回はもちろんウィンドウズで、そしてTOSHIBAを買った。


こんなに安いパソコンを買ったのは、人生で初めてだ。


世の中全体、パソコンが安くなってるというのがあるね。
あとは、私はもともとグラフィックソフトを使うので、そのためにいつもPCもハイスペックなものを買っていた。


だけど、これまで使っていたグラフィックソフトをこれ以上、新しいパソコンにインストールすることもできないし、それらソフトを新たに買う金もない(ひとつ6-8万円する)。


ということで、思い切ってグラフィックソフトのことは考えないことにした。
それらソフトに用事があるときには、そのご老体に鞭打ちながら、今までの古いパソコンを使おう。ということにした。




しかし、今まででダントツ安いとはいえ、680ドル(5万7千円くらい?)。
パソコンじゃなきゃ、すごい高い値段だ。冷蔵庫だってこの値段だった。


よくも買ってくれたな、フグよ。ありがとう!



無職の妻にパソコンまで買ってあげて、夫って大変だ。


しかもその妻は買ってもらったパソコンで何するかといえば、ブログなぞ初めて夫のヒミツのコレクションを大公開していたりしているという有様(笑)。


妻はお礼とヒミツ大公開のお詫びに、お弁当に毎日タマゴ(←フグの大好物)を入れて差し上げよう。




それにしても新しいパソコンって、まぁなんと、スイスイと動くことか!
ブログを再開する気になったのは、これが大きい。


立ち上がりとシャットダウンに異常な時間がかかっていた(15分とか)これまでを思うと飛んでいきそうな楽さ。
度重なるフリーズもないし(私は、再起動に疲れた)。
度重なるナゾの「アプリケーション強制終了」もない。
押しても反応しないキーもないし。


あと、当たり前だけれど、電源プラグがこちら仕様で楽。プラグアジャスターを抜いたり差したり探したり、いちいち国によってプラグの先っちょ(もちろん電圧も)が違うのって、本当にウザい!


軽いのもよろしいね。


今までのはノート型のくせして、電源コードも合わせると4.7キロもあった。肩ちぎれるっていうか、持ち歩く気にならなかった。今度のは2.5キロ。


ああ、これ持って、
WIFIフリーなカフェなどに行っちゃいたい。今度こそ。行くぞ!




ところで、今回は、先日の日本帰国時に日本でパソコンを買う、というアイデアもあった。
私は、当然そうしましょう、と思っていた。


例えばTOSHIBAなら、日本の会社なんだから、日本が一番安いに決まってるんじゃないの?と思い込んでいた。


でも、違うらしい。
知る範囲では、パソコンに関しては違うらしい。


いろいろ調べたけれど(フグが)、同じメーカーの同じ基本スペックなら、こちらで買ったほうが安い。
今回私が買ったのと同じ基本スペックのTOSHIBAのものは、日本だと8万円くらいしていた。


その代わり、見た目とか本体の質感だとかは「こういうの日本にはないねー」ってくらい質素だけれど。
でも、パソコンの見かけがおしゃれなのって、何の意味もない。
ぜんぜん、これでオッケーです。



ただし、ちょっと困ってんだよね・・。

こちらで買ったわけだから当然OSが英語版なんだけれど、それ関係で


いろいろな表示が英語なのは、まぁいいとしよう。 それは覚悟していた。


でも、インストールしたいソフトがあって、それが日本のソフトなのだ。

それが、表示が文字化けして使いものにならない。
メニューなどの表示です。例えば、「保存」もしくは「save」とか)

使い物にならないどころか、インストーラまでが文字化けしてしまい、インストール完了まで無事にたどり着かないものもある。


そのソフをト買うときに、OSも日本語版でなければいけないのかどうかなんて気にしなかったのであるが、 今、説明書を読んでも、「OSは日本版限定」などとは
どこにも書いていない。


PCセットアップ時の、LanguageとかLocationを日本に設定すると直ると書いてある人もいたので、やってみたけれど、直らない。


困ったです

誰か、知ってるでしょうか?
私のはWindows7。


ソフトが、英語対応まったくしてないのかなぁ・・?
そんなことってイマドキあるのだろうか。



あと、キーボードのセッティングもなぜか変わらない。


日本語キーボードの配列って、ちょっと英語キーボードと違うでしょ?(顕著な例が、「@」の位置とか、カギカッコの位置)。


これはけっこう使いにくいので帰国時に、外付けの日本配列キーボードを買ってきたんだよね、家で使うとき用に。


それでコントロールパネル内にある、キーボードモードの変更をやっているんだけど、反映されない。
なぜーーーーー。なじぇなのかしりゃ。



英語版OSで大丈夫だと思ったのに、結局は日本語OS買わなきゃならんの?

「英語版OSはダメ」な兆しが感じられて、ちょっとオレ、ヘコみモード。

なら、日本でパソコン買えばよかったじゃーん・・・。じゃーん
じゃーん・・・。


でも、日本人で英語版OS使ってる人けっこういると思うんだけどなー・・・。
それに、英語OS対応していないソフトなんて、イマドキあるのだろうか?


誰か、耳よりな情報お持ちでしたら、おせーてくらさい!

2012.05.16 / Top↑
ヒンディー語で、ケチのことを「カンジュース」という(缶ジュースと覚えれば、一発で頭に入るでしょ。付近のインド人がケチだったら、言っておやんなさい)。

そして、ドケチのことを「マッキーチュース」という。


このマッキーチュースは、

マッキー=蝿(はえ)
チュース=「吸う」という動詞チュースナー

からきている。


いままで私はこれについて、

「ハエみたいに、食べ物や、時にはフンにまでよってたかる」くらいケチってこと?みたいなイメージで勝手に理解していた。なんとなく。


しかし・・・フグによると、そういう意味ではなくて、
 

「チャイに落ちたハエに浸み込んだチャイがもったえなくて、ハエを吸って浸み込んだチャイまで飲む」(インドではハエが大量にいるので、ハエがチャイに飛び込むこともよくある)

という意味なんだそうだ。


き、き、きったなーーーーーーーーーー!

ハエみたいに吸う、という意味ではなく、ハエを吸うという意味だった・・・。




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オマケ写真

インドのチャイ屋 ↓
chai1.jpg 


↓ 下の写真の一番手前右下にあるのは、煮出し中のチャイ。

なべ内側のこげ茶部分は、なべの変色じゃなくて、チャイの葉っぱのこびりつき。
いちいち洗わないらしい。以前、質問したら「チャイ以外のものを作るなら洗うけど、ずっと同じもの(チャイ)を作るから洗わなくていいんだ」と言っていた:笑。

まぁ、いいか。日本の「秘伝のタレ」みたいに、先祖代々、ずっと継ぎ足して継ぎ足して継ぎ足し続けて今日に至るものもあるわけだし・・・笑。

chai2.jpg
2012.05.15 / Top↑

メルボルンには、おしゃれげな雰囲気のレストランもまぁまぁある。 


 
また、カフェがたくさんある街であり、そういうカフェはたいていおしゃれだ。
そんな
おしゃれなカフェでランチやディナーを食べると、「お出かけ」モードは高まる。

カフェとはいえ、けっこうちゃんとしたランチプレートやディナープレートメニューがある店は多い。

しかし、私とフグは、そういうおしゃれなレストランやカフェで食事をすることはめったにない(お茶はしょっちゅうするけど)。

ついつい、アジア系などの、おしゃれ度が足りな気味の店に入ってしまう。

これは、フグが「おしゃれだとか、照明がステキねだとか、雰囲気がどうの」だとかに一切の興味がないということも少しは関係している。
 

しかし、フグは私が「今日は絶対あの店に行くのじゃ」と宣言すれば、わりとおとなしく行くタイプ。そして、私の大宣言などにより、珍しくおしゃれげなカフェでランチなどをしている時にも、どうでもいい店の時とイチミクロンも変わることなく、置物のようにイスに座っている:笑。つまり、それほど「雰囲気とかおしゃれとか」がどうでもいい人なのであるが、私が絶対に行きたいと言えば行く人なので、

「おしゃれなレストランやカフェで外食をすることはあまりない」のは、あながちフグのせいだけではない。


もっと、決定的な理由があるのだよ、おまいさん。


それは・・・・・


アジア人な私たちは2人とも、穀物なしには生きてゆけないたちだからだ!!


つまり、
米か、せめてパンがないと、食事をした気分になれないのである。

いいから、米かパンをくれ!というのが、おしゃれなレストランやカフェでの、私たちの心の叫びである。


というか、西洋。
これは、西洋の特徴だよね、おおまかにわけると?
というか、イギリス?イギリスの文化?パンやライスが主食にないのって?

例えばタイ、ベトナム、韓国、中華、どれをとっても、絶対に米と一緒に食べるよね。
「米と何か」こそが、食事。

インド料理だって、絶対にナンかチャパティか米と一緒にカレーを食べる。これら穀物なしでカレーだけ食べるなんてありえない。

スリランカだって、ホッパー(スリランカのナンというかパン)があるし、もしくは米が必ずつくよね。


だけど、西洋の(←なんかこの言い方ヘンなんだけれど、この記事の内容限定でこの言い方をする・・)レストランやカフェ、つまり、たいてい、おしゃれげだったり雰囲気がよかったりする店っていうのは、なぜ、穀物を食べんのだい?


チキン料理でも、ステーキでも、魚のソテーであっても、それだけ食べるらしい。
サラダはついているけれど、米やパンがついていたためしは、今のところゼロ。

百歩譲って、コース料理のときだけ、言い訳程度のパンがついてたかも。くらい。


ドテッとでかいチキン料理や、ステーキや、魚のソテーを、米やパンなしで食べる気になりますか?


なんか、いつになっても慣れないんだよね、これ。

何かを欠いている気がしてならなくて。
食べている間中ずっと、何かあとひとつ、しっくりこないというか。
お腹いっぱいになった後さえも、一抹の「忘れ物した」感が残る。


で、

「じゃぁ、ちょっと高くつくけど、別途でパンかライス注文する?」と次に発想するわけだけれど、必ずサイドメニューにもないんだよね、パンもライスも。


これが本当になんというのか、私たちをてやんでぇの淵に追いやる。

米もパンもなくて、やってられっかっ!コンニャロメ~ッ(お決まりのチャブ台ひっくり返しを頭の中で再生)と。



あるとしたら、唯一「ガーリックトースト」が、アントレ欄とかスナック欄などにあったりするけれど。
 

これがまた、どんだけ!ってほどギットリしていて・・・。ガーリックバターに半浸したような。
食べたら、帰りの車の中はニンニク臭に満ちること間違いなし。

それに私たちはまっさらなパンやご飯、つまりプレーンな何かを欲しているのでありまして、ガーリックトーストは例えおいしくっても、クライテリアは満たしていない。


なんというのかしらぁ?


例えれば、ライスやパンは真っ白なキャンバスで、チキンやらステーキが中に描く絵であって、どちらが欠けても絵画にはならないというかぁ?(どういう例え・・・)。

そう、あなたたち!
そこいらのイギリス系の人たち!?


あなたたちには、「空(クウ)」の概念が欠けているのよ!「食う」気はいつでも満ち満ちているようだけれど。それじゃなくて、「空(クウ)」!。



空であるパンやライスがあって始めて、色であるオカズが存在できるのよ!
ほらごらん、あの飛ぶ鳥だって、背景の空があってこそ!


ぷはー・・・・。




いや、突然、高校のときの国語便覧に載っていたミヨシなんとかという詩人の「人は仰いで鳥を見るとき その背景の空を見落とさないであろうか」という詩を思い出しました。



ステーキなどを食べるとき、その背景に敷いてあるべき米を忘れないでくれっていうか。ステーキの存在が生きてこないんで。
ま、それくらい、米くれっ


でね、話はまだ続くんだけれど、


ライスやパンの代わりに必ずついてくるのが、イモ。
大量のイモ。

しかもその量ときたら、食べる前から屁が出始めそうなくらいの、すげぇ大量さ!

何かの仇討ちかのような大量さで大皿に盛られてきて、そのうえにチキンだとかがデンと乗っている。


イモはフライかマッシュドポテトね。

いや、私、じゃがいも好きだよ。
フグもじゃがいも大好物だよ。

でも、米やパンの代わりにはならないんで!



それに、油。油どれだけ吸ってる?

大量のイモが、電気だとしたらブレーカーが落ちる勢いでズキューンと油吸って、盛られてくる。
マッシュドポテトは、使うイモの50%の量のバター使うっていうし。
イモ2個分のマッシュドポテトには、イモ1個分のバターだよ。

考えただけで、胃壁がドロっとするイモと油のツナミ。

しかし、これがまた、うっかり全部完食しちゃったりするんだ(あはは。じゃ、文句言うなよ?)。 それで、お腹がすごいヘビーになって、帰った途端に寝っころがっちゃったりして、いけねぇ。

しかも、びっくりするのが、こんだけイモ盛ってくるくせして、単品メニューにも必ずイモのフライとかがあるのね。
ライスやパンはないのに(←根に持っている)。

誰が、追加でさらなるイモを食うのだろう。


なにやら、また話がそれてきたけれど、なんだっけ?
米やパンだよね、だから。

どうしても米か、せめてパンがないと食事をした気分にならないので、私たち、ついついおしゃれな店を素通りしちゃうのよね・・・。



それかイタリアン。パスタやピザならまぁ、ラーメンやお好み焼き的ってことで、米なくていいというか。



でも、私はやっぱりたまには、カフェですてきげなランチがしたいにゃ。



あー、何が言いたいのかわからなくなってきたね。

2012.05.14 / Top↑
「ミヨコさん 前編」の続き


9才くらいで奉公に出されて、おしんのような日々(おしんよりはもうちょっと都会だったらしいが)を送っていたミヨコさんだが、19歳頃に結婚することになったらしい。もちろん恋愛とかではなく、保護者のような人とか奉公先のご主人あたりが縁談をまとめたのだと思う。

それで、この写真(前編に掲載)を撮ったという。なので、ミヨコさんの若い頃の写真はこの他数枚しかないらしいし、私の手元には一枚もない。



嫁ぎ先は、静岡県の印刷屋(もしくは、嫁いでから家が印刷業を始めたのかもしれない・・・そこらへん、明確なことは知らない)。

印刷屋って、あれですよ。ちょうど「男はつらいよ」のトラさんちの裏に住む、タコ社長んちのような下町の印刷工場(コウジョウではなく、こういう場合はコウバと読む)

印刷屋はその後、息子の昭太郎(私の祖父)が継いだので、私の母は、印刷屋で育ったのである。
その頃の印刷屋というのは、一般的には「カッパン屋(活版印刷屋という意味)」と言われていたので、小さいころ母は(もちろんオカッパ)は、「カッパン屋んとこのクニコちゃん」と呼ばれていたらしい。

母は「男はつらいよ」のタコ社長のシーンを見るたびに、「そうそう、まさにこんな感じだったのよ!」と言っていたので、まさにあんな感じだったらしい。家の一角にせまぜまと刷り機などがあって、機械が一日中ギッタンバッタンとガナりたてていて、従業員やお客がひっきりなしに出入りしていて、家も工場(コウバ)も家族も工員もいっしょくた、みたいな昭和の下町のあれね。



さて、また話がそれてしまったがミヨコさんは嫁いだあとも、苦労は続いたらしい(明治生まれは、苦労した人が多いんだよね)。

最初の夫が結核で死んでしまい(あの時代の王道を行ってるよね、この辺・・)、その数年後に、亡き夫の弟と再婚したそうだ(亡夫の弟とは!あの時代の王道を行ってるよね again !!)。

実は、この最初の夫とその弟、どちらが私のひぃじいさんなのか・・・私知らない:笑。弟のほうも、結局は早く死んでしまったらしいので、ここら辺の詳細はすっかり歴史に埋もれてしまったようですわ。

人ってのは、ああだこうだと自分と他人の人間関係に悩んだり絶望したりするものだろうけれど、その人にとって大真面目だった人間模様も、世代を数代下った子孫にとっては、こんなにもどっちでもいいや的なものになってしまうのである。はかないものですなぁ。そう思うと、ウダウダ悩んだり眉間にシワよせて何かを力説するのは、真面目損じゃないかと思えてくる。やはり、人生って楽しんだもの勝ち?


で、ミヨコさんだけれど、夫が死んだり、その弟と再婚したりしている間にも、関東大震災のドサクサでいろいろ失い、その後世界大戦なども勃発し、それでもカッパン屋をなんとか続け、子供も5-6人くらい?産んだりしながら乳飲み子を亡くしたりもして、なんだかとにかく大変だったそうだ。



ミヨコさんは私が13歳のときに死んでしまったが、私が覚えているミヨコさんは、まさに典型的な絵に描いたような「おばぁちゃん」である(私がミヨコさんに会っていたのは年1回くらい)。


・普段着も着物(きれいな着物とかではなく、普段着!という感じのヨレた地味な着物。こういう普段着的着物も最近は見ないねぇ・・。着物といえば、晴れ着イメージですよね、今は)

・パンツ(下着)ははいていないので、着物の下はノーパン。

・足には靴下じゃなくて足袋。

・古い和箪笥(ミヨコさんにとっては、アンティーク趣味とかではなく、普通に若い頃から使っていた箪笥)のある部屋で、いつもいつでも、趣味の縫い物(和裁)をしていた。

・お針箱も、博物館にありそうな昔ながらのお針箱。


そんな感じ。



ミヨコさんは着物を縫う(もちろん手縫い)のがプロ級で、呉服屋に出す着物を縫う内職もしていたほどだった。

ミヨコさんは、特に初孫である私の母をかわいがったので、うちには着物がたくさんある。

今どきの大量生産っぽい着物ではなく、全部ミヨコさんが母のために作った手縫いの、明治時代に直結した着物たちだ。襦袢にいたるまで、ぜんぶミヨコ製のものがうちに眠っている。

私は七五三のハレ着も、成人式のまばゆい振袖も、ミヨコ製のホンモノを着た。

(しかし悔しいことに、ミヨコ製の着物、つまり昔の時代のフリーサイズの着物は、私と妹には小さすぎて、袖なんか手首から20センチくらいが出てしまうくらい短く、七部袖に近い。昔ながらの反物単位で現代人の着物を作ると小さすぎの着物が出来てしまい、かといって、大きく作るとなると、生地をたくさん無駄にすることになってしまうんだそうで、現在では、反物の単位を現代バージョンにしているそうだ)。



私の母は、典型的なおばぁちゃん子だったらしい。

「商売で忙しくて子供にほとんどかまわず、子供の目から見ても俗っぽい人たちだった両親(←by 母の発言)」よりも、よほど、「おばぁちゃん(ミヨコ)に育ててもらった」という実感を持っていたみたいだ。

だから母は、親との関係はあまりよくなかったらしく、いつもミヨコさんを慕っていた。そして、ミヨコ製着物は母の宝物のような位置づけだった(その割には、たいして着たりとかメンテしたりはしていなかったが・・・。そこが私の母のヌケたところでありまして・・・。)


今となっては、その母もこの世にいないし、私と妹も着物などとは無縁の人生を送っているので、着物は実家に眠ったままである。(いつか、少しは利用したいもんである)。


さて、そんな母と親との経緯もあってか、私も、その祖父祖母にはたいした思い入れも思い出もない(祖母のほうはまだ生きているが、もう8年くらい会っていないくらいだし、結婚式にも呼ばなかった。いろいろあるんですよ・・)。

そして父方の祖父母は、私が生まれるよりも前に死んでしまっているので、会ったことすらない。


そんなわけで、私にとっても「おばぁちゃん」というのは、唯一、ひぃばぁさんのミヨコさんのことである。
ミヨコさんこそが私のおばぁちゃん。

小さい頃にカキ氷を買ってくれたのも、お祭りでおもちゃを買ってくれたのもミヨコさん。
ちょっとでも危なっかしいことをすると、「おっかない おっかないよ。飴買ってやるから、降りてこい」と、言ってきたのもミヨコさん。

見かけがまるで御伽噺の中のおばぁちゃんそのものなのも、ミヨコさん。


ノーパン&着物だった私のおばぁちゃん、明治の女ミヨコさん。

いま生きていたら、明治、大正、昭和初期の話を根掘り葉掘り聞くのになー。


例えば、明治時代の美容法とか。明治時代のいい男の条件とか。
女友達との話とか。


※キリリ美人なミヨコさんだけれど、そのキリリ美は世代を下るごとにだんだん薄まっていき・・・、私や妹やイトコたちの世代ともなると、あまり面影もない・・・(泣)。
2012.05.14 / Top↑
miyoko.jpg



見て!

これは、私のひぃおばぁさんの若い頃の写真(私の母方の祖父の母親)。

彼女は明治34年(西暦1901年)生まれ。

「ひぃばぁさんの生まれ年なんか、よく知ってるね」と思われるだろうけれど、普通だったら私だって知らない。

なんで知っているかというと、名前がミヨコだから。
三四子。明治34年生まれなので、「じゃ、三四子でいいや」的に、そのままそういう名前をつけられたらしい。



昔の人って、子供が多かったからか?かなりいいかげんな名前のつけかた、よくしてるよね。

シメ子とか。この人は、何かのテレビに出ていたばぁさんなんだけど、「うちでは子供が生まれすぎてしょうがなかったから、もうこれでシメにしたいってことで、私はシメ子と名づけられたんですー」って言ってた・・・。同じような理由でスエ子さんという人も、何かで見たな。

このような、昔の人の「いいかげん名付け」のエピソード、よく聞かない?(わたし、けっこうよく聞く)。

ちなみに、ひぃばぁさんの三四子さんは、自分の息子(つまり、私の母方の祖父)に昭太郎という名前をつけた。なぜならば、昭太郎は昭和元年に生まれたからであーる。

自分の名付けられ方に感銘を受けていたからなのか、それとも、このいい加減な名付けられ方の仇を討ちたかったからなのか(笑)、それはナゾだけれど。

さらに余談だけれど、昭太郎さんは自分の息子(つまり私の母方の叔父)に、昭夫(アキオ)と名付けた。自分の名前の一字を取っただけである。

みんな、けっこういい加減だよなー、ほんと。




で、この写真のミヨコさんなんだけど、なかなか美人だよねーっ!
しかも着物だし、頭も日本髪結い!

この写真が撮られた時、ミヨコさんは19歳くらいだったらしいので、この写真はつまり、大正10年とかそのくらいの頃のようです。

そうなると、着物も日本髪も当たり前だったのかもしれないんだけど・・・・、当たり前だったに違いないんだけど!

それでも、なんというのか、自分が直接会ったことがある人が、普通に着物を来て日本髪を結っていたと思うと、どうにも歴史ロマンが押し寄せて押し寄せて。



そうなのかー、大正時代っていうのは、まだ普通に着物とか日本髪の時代だったんだね。

実感が涌かないから、何度も何度も写真を見るんだけど、どんなに見つめても実感が涌かない。知っている人物が、着物と日本髪の時代の人だってことが。



ところでミヨコさん、これは19歳頃に嫁に行くとかいう話になって、それで撮った記念の写真だそうです(見合い相手に見せるためとかだろうか?)。だから、いつもこんなキレイな恰好をしていたわけではないらしい。

それどころか、ミヨコさんは私生児。

私はよく知らないというか、誰もよく知らないんだけど、なにやらちょっとエラい人のお妾さんの子らしく、そのお妾さん(ミヨコの母)がとても美人だったために、ミヨコさんも美人を受け継いだのだそうだ。しかし、しょせん私生児だったので、9才ころにはさっさと奉公に出されてしまい、たいへん苦労したんだとか。

まさに「おしん」そのもののような感じだったと聞く(実際に、おしんも明治34年生まれという設定)。

裕福な家とか商売屋に住み込みで雇われて、川で洗濯、縫い物、炊事、掃除、冬は手にアカギレが・・・のような日々。

昔は、子供が奉公に出されたんだよねー。

ここでまた、「知っている人が、子供が奉公に出るような昔の人だ」ということが、またもや私を歴史ロマンにいざなうわけである・・・


現代とかけ離れていればいるほど、歴史ロマンは膨らむ。


しかし時代が昔過ぎると、「直接会ったことがある人」の時代より昔になってしまう。それはそれで面白いのだけれど、それはとりあえず置いておくとして、ミヨコさんというのは「直接関係があった人が生きた時代」に限定した中では、私にとってギリギリレベルの昔の人なので、私としてはものすごく歴史ロマンな存在なのである。

ミヨコさんは西暦だと1901年生まれだから、今からおよそ110年前の人ということになる。

それをもとに、私が80才くらいまで生きるとして(そんなに生きるかなぁ・・)ざっと計算すると・・・

人間だいたい、自分より150-160年くらい昔の人と、この世でギリギリ直接繋がることが可能なんだね(私が直接関係のあった人の中で一番昔の人であるミヨコさんは、私が80歳くらいまで生きた時には150-160年くらい昔の人となる)。


そんな風に考えると、例えばミヨコさんは1750年くらいの人と、直接繋がっていたかもしれない疑惑も出てくるわけだ(昔の人は80年も生きなかっただろうけど、一応、そういう風に話をすすめる)。

1750年!あっという間に江戸中期ですよ!それって!(葛飾北斎でさえ1760年頃生まれ)

なんというロマンな事態なのじゃ!


ふぅ・・。ひとしきり、勝手に感動してすまん。

さて。ミヨコさんに話を戻すと・・・。


つづく
2012.05.13 / Top↑

こっちの人(というか、アメリカとかヨーロッパ人もきっとそうだと思うけれど)って、出勤中の電車の中とか、駅に向かって歩いている時などに、バナナとかリンゴをそのままかじってるよね。

よく道端に、リンゴの芯とかバナナの皮落ちてるし。

それに、駅のキオスクみたいな店には、バナナがバラ売りされていたりする。

カバンの中にも、そのまま素でフルーツが入ってるよね。袋とかに入れず、そのままヌっとカバンからフルーツが出てくるところをよく見かける。

それで、シャツやズボンになすりつけてから(ぜんぜんちゃんと拭けてないと思う)、おもむろにかじるとか。

これ、私の中の「欧米な人たち」のイメージだった。「りんごをキュキュっとズボンで拭いて、ガブッ」っていうやつ。

でもイメージというか、実際、本当にそうだよね。ということが、メルボルンに住むようになってよく分かった。なんだろうなぁ、ヘンにそこだけ野生っぽい。


あれ、家でちゃんと一度洗ってるのだろうかねぇ、彼らは。

汚いんじゃないの?っていう感覚は日本人は行き過ぎていると思うから、まぁ抑えておいて、でも、農薬的に心配だと思う。ちゃんと洗ってないと。

とくに彼らの大好きな「りんごガブリ」だけど、りんごって、果物の中でも特に農薬たくさん使うよね。


と、バナナとかリンゴを公共の場でそのままかじってる人々を見ながら、こんなことやそんなことに思いを馳せ、農薬の心配までしたりしている私なんですが、


さて、ここまではなんと余談です。
(余談から始める話っておかしいかな?)


こうもいろいろブツブツ言ったあとに、なんだよお前もかっ とつっこまれそうなのだけれど、最近は私もバナナくらいは移動中に食べるようになってしまったのであるね。

移動中というか、私の場合、家の玄関から駐車場までの間にバナナをかじっていることがよくある。

うちが入っている建物って、もともとはオフィスビル?だったものを住居用に改造したらしい建物で、そのせいか、造りがちょっとヘン。

地下の駐車場にたどり着くまでに、何度もドアを開けたり、エレベーターが遅かったりで、その間にバナナ一本くらい食べ終われるの。

エレベーターの中でバナナかじっていたところに、次の階で他の人が入ってきたとしても、その人はなんらヘンな顔はしない。あら、朝ごはんね、てな。で、私も「ほら、外でバナナかじるの普通だよね、やっぱ」なんて思ったりね。

(なんということはない光景のようだけれど、エレベータが開いたところ、中の人が一人でバナナかじってたら、日本に置き換えた場合、やっぱりちょっと「え?」って思うよね。特に、出勤途中でスーツとかだったら。私はスーツではないけれどさ)。

でね、今日、わたしはこのようにして、バナナかじりながら駐車場に降りていったわけ。

そこまで覚えてる。


それから5分後くらい・・・?私はすでに道路の上。ヨガ行くために車を運転中。

信号で止まっていたら、同じく横に止まっている車のカップルがこっち見て笑ってる気がした。

心なしかこちらというよりは、こちらの上部のあたり?

でも、信号がすぐに青に変わったので、また走り始めた。「え?なに?私、なにかヘン・・?」とか思いながら。



しかし、次にまた信号で止まっていた時に、となりに止まった車のおじさんが、私の車の上の方を指差しながら明らかにこっちを見て何か言おうとしてるの、笑いながら

そこで私はとうとう、くるくるくるっと窓を開けた(古い車なので、電動じゃないの、くるくるくるっと開けるの:笑)。


すると、おじさんが私の車の上の方を指差しながら

「ヘイ、君のブレックファスーストはバナナだったんだろ?バナナスキン乗っけてるよ。ナイスだね、うんいいよ」

みたいなこと言って、親指でグーしてきた。


!!!!!あれま~!
私、バナナの皮を車の屋根に乗っけてるらしいわ~っ。


と、ここでようやく分かった(笑)。

どうやら私、バナナ食べながら駐車場に降り、そして車の鍵を開ける時かなにかに、その皮をなにげに屋根に置いたらしいのだね。

とっさに開けた窓から右手で屋根を触ったら、すぐにバナナの皮に触った。

あははー・・・っ、とニヤニヤ風にテレ笑いしながら、そのまま手で皮を引き取りましたさ。

(英語だから、こういう時に、気の利いたとっさの一言がまったく出てこないのとてもが悔しい・・・)


それと同時に信号も青になり、走り去り際、おじさんの奥に座っていた若者にも親指でグーを頂きました。「朝からナイスだね。バナナスキンに一票!」みたいな感じで。


バナナの皮が乗っかってることをちゃんと教えてくれて、なんだかちょっとハズかしくも、楽しかったわ。今朝。

2012.05.10 / Top↑


heso01.jpg 
↑ 綿クズ玉。 


今日の記事は綿クズ玉について。

このブログをうっかり読みに来てくれてしまった方は、外国人(モンゴロイド以外)と結婚している人も多いと思う。


モンゴロイド系は別として、そういう外国人の男って、日本人に比べると、断然毛深いと思う。


でしょ?だろ?ダンナ(もしくは彼氏)、毛濃いべ?


うちのフグもそれなりに濃い。


でもインド人によくいるような、「肩や背中にまで黒々と毛が渦巻いているくらい濃い」とか、「胸毛→腹毛→ギャランドゥ→(そのまま後ろに回って)尻毛→腰毛→背中毛→肩毛という風に、毛が胴体を縦にぐるりと一周する感じでつながっている(イヤー!)」という程ではなく、インド的ものさしではむしろ「かなり薄め」くらいなので許すけど。


しかしそれでも、胸毛→腹毛→ギャランドゥくらいは、堂々とある。


すると・・・・


「そうそう!」と気づいている人もいるだろうし、「知らなかった!」という全然知らなかった人もいるだろうし、「あー、あれってそうだったんだー」とちょっと知っている人もいるだろうけれど・・・、


彼ら、ヘソに綿クズがたまるよね?
綿クズというか・・、他になんと説明できるだろう・・・綿クズ玉ですよ。


一日の終わり、夕方に家に戻ってきて、部屋着に着替えるときにヘソを調べると、そこに
直経5-7ミリくらいの綿のタマが必ず入っている!


つまり、それが一日分の綿クズ、「今日の綿クズ玉」だ。


胸毛→腹の毛の道筋をよく観察すると(そんなもんをよく観察するな?)、毛の潮流がヘソへ向かっている。


その結果、着ているシャツというか下着(肌着?)からはがれ落ちるコットンのクズが、毛の道を伝ってそのままヘソにたまるらしい。


だから、胸毛→腹毛がない人は、もちろんヘソに綿クズはたまらない。綿クズが伝っていける道筋がないので、そのまま埃として落ちるだけだと思う。


毎日の「今日の綿クズ」を見ると(私はそんなに毎日見ないけど)、「ふーん、無事にヘソまでたどり着く分だけでも、一日でこんだけ落ちるんだー」とちょっとだけ感慨にふけったりできる。


毛深めのだんなや彼氏を持っているにもかかわらず、「そんなの知らなかった!」という人、今日からぜひチェックしてほしい。


絶対、たまっているから!!

(一番内側に来ているものがナイロンだとか、肌着は着ないしシャツもブカブカで肌に密着するような感じのものを着ていない、という場合はあまりたまっていないかもしれまセン)。


さて。
しかし、話はまだ終わらんのじゃよ。

heso02.jpg 
↑ フグのコレクション・・・。


うちのフグなんだけど、なんと、この、自分のヘソから出る綿クズ玉を集めているのである(笑)。


私が指摘するまでは、「毎日、その日の綿クズがヘソにたまる」ということをハッキリとは認識していなかったらしいんだけれど、それを知って以来、なぜか空き瓶に集め始めた・・・・。


「一年でどのくらいたまるか見るんだ」
とか言って。


もう1年半経っているけれど、たまに忘れる時もありつつ、けっこうたまってきている模様。
旅行中なども、たとえば5日の旅程なら2日くらいは忘れずに、サイフのポケットに入れておくなどしている様子。


だから、

フグはオフィスから帰宅するとそのまま寝室に行って部屋着に着替えるんですが、寝室に消えて30秒後くらい、私がチャイを作っていると、寝室方面から必ず「カパッ」という瓶のフタを開ける音が聞こえます(笑)。


ウケるよ・・、ほんと。

すまんのぅ、フグ。
こんなヒミツを大公開しちゃって。ププ。

あ、それからみなさん、人のヘソにたまったクズの写真なんか見たくないだろうに、写真載せちゃって、すみません・・。


2012.05.09 / Top↑
yasai02.jpg
↑ 値段しか書いていない・・・。

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ちょっと、みんな。
そこの奥さんも。

あのー、モロヘイヤってジュートだって知ってましたざます?

私、知らなかったざますわ。

びっくり(え?常識?私が無知すぎ?なーぬー)


いつもうちが食材の買出しに行くマーケットは、アジア人とかアフリカ人などでごった返している市場みたいなところで、スーパーマーケットではないので、野菜などにも名前の表示すらない。

そこには、こちらの普通のスーパーでは見かけないような、いろんな種類のアジアン野菜もたくさん売っているのだが、売り場にも商品にも名前が書いていないので、いつになっても名前を知らない野菜は知らないままだったりする(でも、食べている)。

よく知らない野菜の場合は、フグと私が果たしてその野菜を同じものとして認識しているかどうかは、実はわからないのである。

ある菜っ葉を指差して、「これ買う?」「買えば」という会話をしている時、私は「チンゲン菜」と分かっているが、フグは「よく分からないけどなんらかの菜っ葉」くらいの認識しかできていないことは多い。

また、ある時は「これ買ってみようかな」「買えば」という会話をしながら、どちらもそれが、なんという野菜なのかよく分かっていない場合もある。買ったのは私たちの頭の中では「これ」とか、「あの野菜」とかである。

また、私が「カラシ菜の一種」と思っており、フグが「ほうれん草の一種」だと思って買ってる場合すらあったりして、数日後に

「今日は何つくろっかなー」
「ほうれん草早く使わないと悪くなるよ」
「ほうれん草?ないよ、そんなの」

「買ったじゃん、ほらこれ」

「え?それカラシ菜じゃないの?」
 
「カラシ菜?カラシ菜は、もっと~な葉っぱじゃないの?」

「でも、ほうれん草でもないよ、これ」
 
「・・・」
 
「・・・」


みたいなことも一度あった。

こういうことすらある。「あ、これだよこれ。よくタイ料理のサラダとかヌードルに入ってるあのハーブ。買ってみる?」「ああ、あれ?買えば」。一見、私たちは同じものを認識できた感じだが、実際は、「あれだよ、あれ」「ああ、あれか」的に、実に不確かな共通の認識具合である。


そんな中、ある日モロヘイヤを見かけた。
栄養満点だし、スープにしてもおいしいし、味噌汁に入れてもいいよね、モロヘイヤ。

モロヘイヤを買った。
私はそれを、すぐにモロヘイヤだとと分かったが、「モロヘイヤってたぶん英語や、ましてやインドの名前じゃないだろうな・・?」と思ったので、名前は言わずに「はい、これ買うから」とカゴに入れた。

フグは、たぶん「なんか葉っぱ買ってる」くらいに思ったらしい。


数日後、モロヘイヤを料理する前に洗っていたらフグが、「今日、夕飯なに?」というので、「この間買った葉っぱ」と言いながら、見せた。

すると「なに?それ?なんていうの?」というので、ここでとうとう名前を言わなければならなくなった。

「モロヘイヤ」「は?モロ?」 「モロヘイ~ヤ~」(一応、英語かもしれない最後の望みをかけて超勝手に怪しげなイントネーションをつけてみた・・) 「?なに?モロヘ?」 

ちっ。やっぱりモロヘイヤじゃ通じないんだ。そこでやっと調べることにした(早く調べようよ、わたし!)。


とりあえず、「モロヘイヤ」という名前は分かっているんだから、簡単に調べられると思った。

ところが、これが以外にもてこずった。

アイフォンに入っている和英辞典でモロヘイヤなどと打っても、出てこないのだ。
いったいモロヘイヤって、何語なんだろう?勝手にスペルを想像してMOLOHEIYAとかMOROHEYA、英和で打ってみたが出てこない。

しかし、いろいろ検索してやがて、英語では「Jew's Marrow」ということがわかった。ヘンな名前だ。ユダヤ人の滋養源?しかも、それって、本当にみんなが知っている名前なんだろうか?聞いたことがなさすぎ。

フグに言ってみたけど「そんな名前知らない。JewのMarrow?なんじゃそりゃ」って反応で、やはりフグもそんな名前を聞いたことがなく、話は終った(私は料理に戻った)。


さて、食べる時間になった。

「これだよ、さっきの葉っぱ。ネバネバが身体にいいの」とか言いながら、出した。

そしたら一口食べてフグが「なんだ、ジュートじゃん」と言ったのである。


「え?ジュート?ジュートって、あの、ワラみたいなやつ?あの貧乏臭いバッグとか作るやつ?」

「そう。うちで(インドで)よくこれ食べててもん。なんだジュートじゃん」



「はーん?よく食べてたんなら、なんでさっき見せたとき分からなかったの?」

「・・・料理前の姿見たことなかったかも。いや、なんか微妙に種類が違うのかも。ジュートってああいう草なんだ、知らなかったぜ」



・・・。

その後、検索していて、日本名でシマツナソということが分かった(聞いたことないね、シマツナソ)。そして、「モロヘイヤという名前はアラビア語のエジプト方言(というか、エジプトでの発音)、Mulukhiya ムルーキ(ヒ)ヤである」ということが分かった。

なぜ、いきなりアラビア語名のエジプト方言発音の名前で日本で売られているんだろう。


モロヘイヤをもうちょっと調べてみたら、主産地はインドの東北エリアやバングラデシッシュだそうだ。
まさにフグの実家エリア。

なるほど、それでよく食べていたわけだ(じゃぁ、もとの姿も知っておこうよ、フグくん)。

ところで私は、デリーではモロヘイヤを一度も見かけなかった。
デリーあたりでは食べないというか、栽培も流通もしていないんだと思う。

インドと言っても、広いので、けっこう地域差あるのよね。
デリーでは冬になると出回っていたレンコン、フグは見たこともないって言っていたし。

あ、話がソレてきたので、ここらへんで・・。

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↓ 最近お気に入りの野菜。なかなか食べ応えがあっていいの。だけど・・・・、これも名前が分からない(笑)。けっこうデカい野菜。日本から持参した「野菜の便利帳」にもこれらしき野菜は載っていないし、ネットで中国野菜とかで検索してみたけど・・・・よく分からん。だって、名前が分からないから検索っていったってねぇ・・。誰か分かります??

あ、店員さんはベトナム人だったりするので、聞いても、英語があまり通じなかったり、ベトナム語の名前を叫ばりたりして(彼らはいつも叫んでいる)、結局分からずじまい。

yasai03.jpg


2012.05.08 / Top↑
今年の1月から、ヨガに通い始めた。

とにかく体を動かす何かに通おうと決心。近くにはジムもあったけれど、結局ヨガにした。

通い始めた動機は、まず・・


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①体があまりにもつらかった・・。

わざわざ体を動かすようなことを何もせずにいると、どんどん腰が痛くなり、背骨もきしみ、便秘はひどくなり、顔はむくみ、アゴが垂れ、体全体にしまりがなくなり、足はパンパンだし、疲れやすいし、精神状態もふさぐ。

昔は、しばらく体を動かさずに暮らし、PCに貼りつきっぱなしでも、ここまでにはならなかった。やっぱりこれは年齢のせいだと思う。


②子宮のバイオロジカル・クロックがチクタクいっている。

そう、私は、生みたいのなら一刻も早く妊娠したほうがいい、といわれるお年頃。
ビザが下りたら、この大仕事について考えねばならない。

子供好きでは全然ないのだが、やはり生んでおきたい。すると、チクタクチクタク・・・最近は時計の針が聞こえるかのようだ。

まだそんな能力があるのかどうか分からないけれど、できるだけのこと(体力をつけて、体を整える)はやっておこう。それに、いざそんな能力があった場合には、出産というものをせねばならない。私の妹は去年、この「出産」で「股を破いた」(←妹本人のセリフ)。直腸付近まで裂けたそうで・・。その恐ろしい出産とやらに耐えられる用意もしておきたい。


③「何かひとつくらい、ずっと続けるものを持とう」と思ったから。


私がヨガを始めたのは2002年、12年前。

2年間くらいは適当に通っていたが、その後、もっと本格的にやりたくなり、探しに探して(その頃は今のようなヨガブームではなかった@日本)、ようやくいいスパルタなヨガ教室をみつけた。

それから2年は、1回2時間のクラスに週5日とか6日とか通うほどのヨガ三昧の日々を送った。フィットネスジムのヨガクラスでちょっと教えたりもしていた。

一番強い薬を飲まないとやってられないほどひどかった花粉症もすっかり治り、いつもお肌はピチピチで、お尻も垂れ知らず。あの頃は本当に健康丸出しの元気印な娘っ子という感じだったなぁ・・。


しかしながら、その後4間のインド時代には、ほとんどヨガをやらなかった(そもそもからして、私のインド時代とヨガななんら関係がないのであるし)。せっかく整えた体、インドでも何かしらヨガ的なものを続けたかったが、諸事情あって無理だった。ヨガのイベントのようなものなどに行ったりしていたくらいで、普段はまったくヨガと疎遠な日々を送っていた。

4年間でブクブク太り、一気にフケ込み(ストレスがすごかったし)、筋肉は全部なくなって、4年後に日本に戻ったときにはひどく緩んだ体型となり、性格までくらーくなっていた・・・(笑)。体に関して言えば、一番最初は90度しか開かなかった開脚だって、160度くらいまで開くようになっていたのに、またもや90度しか開かなくなっていた。ホウレイ線もくっきり。猫背もカムバック。

精神的なことを言えば、インドに行く前は整っていく体や体調に後押しされて、ほんとうに明るく前向きな「若者」だったのに、インドから戻った頃には、グチが多くて不感症無感動なプチウツのオバハンとなっていた。体が重くて心も重い、みたいな。体と心が一心同体であることは、私、本当に実感している。この一連の浮き沈みのおかげで。

あのままずっと続けていたらなぁ・・・としみじみ思うね~。ぷはー(ため息)。


東京に戻ってからはまた、以前のスパルタなヨガ教室に通ったが、けっこう毎日が忙しかったので週3日で通う程度だった。でも、とにかく通い、また少しづつ身も心も整いつつあった。

しかーし!2年程した頃、またもや、私の人生にヘンな風が吹きはじめ、なぜか(というか結婚したからですけれど・・。笑)メルボルンにお引越し。

それでまたもや、私のヨガ人生は中断したのである。


中断して約1年半経った頃が、ちょうど今年(2012年)の始まり頃だった。

最初に書いたとおり、腰は痛いし、背骨もきしみ、便秘はひどくなり、花粉症も再発し始め、顔はむくみ、アゴが垂れ、体全体にしまりがなくなり、足はパンパンだし、疲れやすいし、精神状態もふさいでいた。プチウツ again。現在、専業主婦でいつも家にひとり、というのもあるが、それにしても、何のやる気もおきず、何を見ても何も感じず・・。脳軟化症になってしまったのか?と思い始めたくらいだった。


そこで、体を動かす何かに通おうと決心したわけである。

何かとお手軽そうなジム(以前少しだけ通ってみた)も迷ったけれど、結局ヨガにしたのは「何かひとつくらい、ずっと続けるものを持とう」と思ったからである。これが、3つ目の動機。

極めようとか、絶対に続けるぞとか、これまではそんなこと何も考えずになんとなくやってきたヨガだった。けれど振り返ってみると、私の人生で「続けてきた」ものって、これが唯一!(なんと「継続は力なり」を無視した人生なんだろう・・・笑)。

途中、ブランクはあったものの、なんとか続けてきたヨガ。

これさえやめてしまったら、もう私の人生、ブツ切れすぎ!

そう思ったら、ようやく「ヨガくらいは、絶対やめないで続けるぞ」という気が涌いてきたのだ。

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1年半も中断してしまったのは、働いてもいないし、現在、フグの収入に完全に寄りかかる専業主婦なのに「ヨガ代金出して(ジムよりかなり高い)」というのが、どうしてもしにくかったというのもある。

「結婚するにあたって、私が仕事やめたのも、こっちで仕事がないのも私のせいじゃないし、私だってこのままじゃどうにかなりそう!ヨガ行かせて」と言ってみるまで1年半もかかってしまった。笑


フグはものすごく財布のヒモが硬い男だけれど、こういうことに関してはけっこうちゃんと出してくれると分かってはいた。しかし「自立せよ」と教えられ、30代半ばになるまでずっと、なんとかして自分で稼いで生きてきた日本人女にとっては、「完全専業主婦なのに習い事の金まで出させる」て、けっこうひとつのハードルみたいなもんがあったんですよねー(?)。




で、ヨガにしようと決めて、ヨガ教室探したんだけど、私が住んでいるエリアってあんまりないのね・・(汗)。
半年前まで住んでいたエリアにはけっこうありそうだったけれど~。

でも、なんとか車で15分くらいの場所に、「とりあえず行ってみるかね」と思える教室を見つけた。とりあえず、ここにしばらく通ってみようと思って、最近、せっせと通っています。

一番最初のクラスで、パツパツ短パン以外何も身に着けていない、ほぼ全裸の金髪の男の先生が登場して、ちょっとド肝を抜かれた!けれど、そんな全裸先生もなかなか気さくだし、やっぱりヨガはいいねー。



2012.05.08 / Top↑
こちらに来て初めて知ったもの。

それは、IODIZED SALT

どこにでも売っている塩。
塩売り場には必ず普通の塩と、このIODIZED SALTが売られている。

必ず両方並べて売られている。

それくらいIODIZED SALTは一般的らしい。

フグも当然のごとく、このIODIZED SALTを使っていた。


日本では聞いたこともなかったのに。
なのにこの国でのIODIZED SALTったら、「当たり前でしょ」的な不動の地位を得ている。

IODIZED SALT あなた何者?


しかしサラサラしていて、いかにも精製塩という感じなので、当初、私は「もうちょっと天然塩みたいなのが欲しい」と思っていた。

けれど、それをフグに言うと「IODIZED SALTは必要な栄養が添加されてて体にいいんだ」とか言いはる。


だーかーらーぁ

自然塩のほうがミネラルたっぷりで、味も深みがあるんじゃないのかねー?

精製してミネラルが失われたアホな塩にあとから栄養足したとかって、それって本当にいいの?


結局、「所詮は塩なんだから、こだわったところでたいした値段じゃないんだから、いい塩買おうよ」

そういって、いろいろ探して(日本のようにいろいろな品に満ちていないオーストラリア)、まぁこれならいいかという自然塩を買った。


塩に関するたいした知識ないくせに、とりあえず満足した私。



しかし・・・後日、あることを知った。

IODIZED の IOD が、あのヨードだってことを。


え?ヨード?
ヨードのことだったの?イオドって。

そーだったんですかー。
ソーダッタンデスカー。
カー。カー。かー。カー・・・・。

だって、英語では「アイオダイズド」ですもん。
イオドって言ってくれたらまだ分かったかもしれないけれど、アイオドだよ?
イケアがアイケア、ゴディバがゴダイバになるノリで(ゴダイバという響き、おしゃれなチョコレートブランドだとはとても思えないよね、余談だけど・・・)。

アイオド=ヨード。
そりゃ、ちょっと分かんなかったねー、オレ。


そう、ヨード添加だったんですよ、あの塩。なるほどねー。


で、そこで思い出したんだよね。

以前何かで「日本人は海草を食べるので普段の食事で必要なヨード分を得られているが、世界中のほとんどの人は一般的に、普通の食事だけしているとヨード分が足りなくなる」って聞いたのを。


そうか、これか。
日本人以外の国では、こういう風にして足りないヨード分を補っているんだ。


やっとIODIZED SALTの不動の地位の謎が解けたのである。


そして、どうりで日本では聞いたこともなかったわけだ。
だって私たち、コンブやワカメからヨード採ってるもんねー。


その後、「そういうことなら」ということで、うちでも一応、自然塩と合わせて IODIZED SALTを使うようになた。こちらに来てからというもの、日本人の私もめっきり海草を食べる機会が減ったことだし。


どうも、あの「食卓塩!」という安そう(実際、ひどく安い)な感じと、精製しました!という感じが、「ヨード添加はいいとして、他にありがたい栄養分あんの?」という気がしてならないのだが・・。
2012.05.07 / Top↑
フグはもともと日本に興味があった、とかいうタイプでは全くないので、出会った時には日本語に関する知識はゼロだった。

こう書くと、「あ、じゃぁ、その後日本語を勉強して、今はしゃべれるとかだね?」と思われるだろうけれど、私に出会ってからも、日本に対する興味はさほど湧かないらしく、もちろん日本語だってしゃべらないままであーる。今後も、日本語を勉強する気などさらさらないらしい。

つまらん男だ。

結局、この2年でヤツが覚えた日本語に関する知識は、せいぜい30語くらいの単語だけである。


タマゴ(←好物)
じゃがいも(←もっとも最近覚えた言葉)
さかな(←好物)
くさい
フグ(何しろ自分に似ているということで)
~ください
みず
出口(←日本に来た時に、あまりにもそこら中で見かけたので、この漢字を記号として覚えたらしい)
わたし
です
ねむい
まつげ(日本の結婚式で、私の親戚一同に「長くカールしたまつ毛」をやたら注目されたため、覚えた)
きらい
はい(Yesのはい)
うま
うさちゃん
あめ
でんわ
もしもし


ざっと挙げて、こんなもんである(たぶん今思い出せないが、あと10-20単語くらいは知っているかも)。



あ、上に挙げなかった単語でヤツが知っている単語がもうひとつある。

それはある時、私が鏡の前で、発見してしまった白髪1本をやっきになって抜いていたときである。

後ろを通りかかたフグが鏡越しにニヤニヤしながら、「OBASAN」と言ったのだ!!!

いつ覚えた、そんな言葉!



そんなフグだが、最近どこかで「もったえない」という言葉を覚えてきた。

それで、台所の床に落ちていた豆一粒などを見つけては「!モッタエナイ モッタエナイ」と言って拾っている・・・。

意外に、使い方正しいよね:笑

しかも、なぜか、拾った後一人で「ハイッ!」と言う。


今朝もチャイを飲みながらクラッカーを食べていたところ、クラッカーのカケラが床に落ちたらしい。「モッタエナイ モッタエナイ」と言いながら拾い、一人で「ハイッ!」と言って、そのカケラを食べてました。


あんた、誰・・?
2012.05.04 / Top↑
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