国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

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----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

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うちのバルコニー、すごく広くて、景色もよくて、とってもいいバルコニーなんだけど、屋根がない。


バルコニーは真北向き(つまり、日本で言う真南向き)なので、日中は直射日光がばりばり降り注いで、日陰はまったくない、まるで砂漠のような環境だ。


そこに、昨日のまっぴるま、45分ほど監禁されました・・・!(今、こちはは夏よ)。


ちょっと冷や汗かきましたねー。



メルボルンに島流し

昼間は砂漠と化すベランダ。
夕方は、太陽が西へ移動してくれるので、とても気分のいいベランダなのよ~。



メルボルンに島流し





洗濯物の様子を見に、ちょっくらバルコニーに出て、すぐ戻ろうとしたら、家の中に入るドアが開かない!(ドアは、引き戸じゃなくて、普通に押して開けるタイプのドアなんです・・)。


理由はすぐ分かった。

たぶん、鍵が半分ロックになっていたんだ。


半分ロックって何?と思うかもしれないけれど、うちのバルコニーのドアの鍵、なんとなくちょっとルーズで、開と閉の中間くらいの位置になっていることがある。


それで、「開」だったんだけど微妙に「閉」に傾いていた状態で私が外へ出て、ドアが閉まり、閉まった拍子に、「閉」になっちゃったんだと思う。


やだ、開かない!・・・・・・・・。


意味もなく、一度、ダンッ!と叩いてみたが、開かない。


いやっ、ちょっとフグに電話するしかないな、こりゃ(フグはシティのオフィス)と思ったら、もちろん電話もない・・。

一瞬、ベランダ出るのに、誰が携帯電話持って出るかっていうのよ。


鍵もないし。


そして・・・・・照りつける直射日光!日陰も1ミクロンもない!


うちは、3階。

天井がやたら高いタイプの建物なので、3階でもけっこうな高さある。

バルコニーの柱つたって、下りる?と思ったけれど、危険すぎ。靴も履いていないし。

泥棒とかいって、通報されたら困るし。

それに、建物に入る鍵だってないんだから、下りてどうなるのよ?


あたりはシーンとしてて、誰もいない。

うち、ストリートに面していないのだ。だから普段から、同じ建物に用事がある人くらいしか、付近をウロウロしていないのです。


やべぇな。こりゃ、わりと、やべぇことになったに違いねぇ・・・。


とりあえず強烈なUVから逃れるべく、干していたバスタオルでほっかむりをした。

部屋着、ノーメイクに、バスタオルのほっかむり・・・。


人様に見せられるいでたちではない。


しかしながら、電話もないんだし、これはもう、誰かに助けを求めるしかない。


不幸中の幸いなことに、玄関の鍵は開けっ放しだ。

だから、同じ建物に住んでいる人(つまり、この建物自体に入る鍵を持っている人)に声をかけて、うちに勝手に入ってもらって、開けてもらうしかないっ。


しかし、平日まっぴるま・・・・、だーれも来やしないんだな、これが・・・。


待てど暮らせど、なかなかこない。

みんな車なのだ。車の場合は、バルコニーの下あたりに来る手前で、スーっと駐車場のある裏手に行ってしまう。そして、駐車場と繋がっている別の玄関からそのまま建物に入るので、バルコニー付近には来ない・・。


「だれか、公共の乗り物に乗るタイプのこの建物の住人、ウロついてください」とかいう、妙に詳細めいたお願いを心で叫ぶ私。


もしかしてこのまま、フグが帰る夕方までここにいるのかな・・・ちなみに、それって、あと5時間だけど・・・。

水もないよーっ・・・・!


だいぶ不安だった。

そして、ジリジリと刺すようなオーストラリアの紫外線!(日本の6倍降り注いでいるそうで)。

燻製になってしまいそう・・。


そして・・・・部屋の中の時計を見ながら約45分が経過した頃、ついに!


真下に住む人が、たばこを吸いにベランダに出てきたっぽい気配を察知したのであーる。


うぉおお!チャンスじゃ!行け、わたし!

勇気を振り絞り、用意していた英語をぶっぱなした。


エクスキューズミ~ィ?ク、ク、クッジュ ドゥー ミー ア フェイバ~ッ?


そう言いながら、ベランダの柵に乗り出して、真下を覗き込んだ。


すると、ビビった顔で上を向く、アジア系(インドネシアらへん風)の男。


そりゃ、ビビるだろう。


ベランダに出てタバコに火をつけるやいなや、天から声がし、見上げたらタオルでほっかむりした女が覗き込んでいたら。


事の顛末を説明し、玄関は開いているから勝手に入って、そして私をヘルプミーして。と頼んだ。



もちろん、すぐに来てくれました。


あー、よかった、助かった。

あせったよー。

サンキュー、下の男。


45分で済んでよかったよ。



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2011.12.16 / Top↑

さすがだね、オーストラリア。


何がさすが、って、本格的なのだ。


何が本格的かって、鳥。



オーストラリア=自然が豊か ってのがイメージとして定着しているようだけど、私、これについてはイマイチ意義あり。


しかし、鳥を見ると、「まぁ、一面においては、そう言えなくもないか?」と思ったりする。


先日、土曜の朝6時頃・・・、デイープな熟睡を満喫していた私は、妙な音でやおら目を覚ました。


コンコンコンコンッ・・・・というか、カタカタカタカタ・・・というか、そんな音が窓方面から。


ん?地震?地震で窓が揺れてる?メルボルンにも地震が?と一瞬、ヒヤーっとするやいなや、横に寝ていたフグも目を覚まし・・・「バードだ、バード」と言った。


よく見ると、ぉおおおおおおっ。

巨大なオーウムが窓つついてるじゃーんっ。



メルボルンに島流し

























すぐにカメラを取りに寝室を出ると、おお!バルコニーにもっ。

写真には2匹しか写っていないけれど、バルコニーに4匹、こんなオウムが。



写真だと分かりにくいけど、けっこうデカいんですよ、このオウム。

うわ、立派な鳥!って思うくらいでかい。

こうやって留まってるときの背丈が40センチ以上ありそうな。

クッカートゥーというオウムらしい。


ちょっと郊外に行くと、けっこうよく飛んでて、オーストラリアではなんということはない一般的な鳥らしい。


だけど、私は初めて見たときには「すごい。売ってそうな鳥が飛んでる!」って一人でちょっと興奮したね。あんなのが普通に飛んでていいの?!と。


ボディは漂白したみたいに真っ白。雪のよう。

なんで汚れないんだろう、野生なのに。思わず、なでてみたくなる。

そして、体格も立派。胸板が暑くって。

そしてトサカは黄色。

なんてかわいい配色。ゆでたまごカラー!


そんなオウムがまさか、うちのバルコニーに来ちゃうとは。


さすが、あまり栄えていない方面に引っ越しただけある:笑。(でも、シティからせいぜい10キロよ、トラムのゾーン1圏内よ)。



でも・・・・・・・・・、このオウムたちがだよ、いったいうちのバルコニーで何してたかって言うと、聞いとくんな。


洗濯ばさみ砕いて、洗濯物干しラックのコーティングかじってた・・・。

下には、砕かれた洗濯ばさみ5個くらいの無残な姿が・・・。


なぜ?なぜ、こんなことするの、たまごカラーのアナタタチ。


食べれるもんでもなかろーに。

粉々の洗濯ばさみなんて、巣作りにも使えないよ?


のらり起きてきたフグに言われた。「だから、洗濯ばさみは毎回しまえって言ってるのに」。


ちっ! そう言われる原因をオウムにつくられるとはっ。

手ぬかった。盲点だったぜ~。


だって、洗濯ばさみしまうの、めんどくさーい。しまってるうちにも、みるみる日焼けしそうな強烈な日光なんだもーん・・。


あー、物干しラックもコーティングもかじられちゃったから(5箇所くらい)、そのうち錆びちゃうんだろうなー・・。



※他にも、「本格的」な鳥、いろいろ普通に飛んでます。ちょっと森に入ると、ナナイロインコみたいなのが飛んでたり・・。





2011.12.15 / Top↑

部屋探しテーマの記事「最初の一年」 のつづき



さて、前記事のつづきですが、心身ともに安定した日常を送るに当たって、定住に向けて私が必要最低限欲しかったもの。



1.風呂


風呂がないと本当に無理です。

お風呂というのは、単に体の物理的汚れを落とすっていう目的だけじゃなくて、「リセット」という役割において、これ以上重要なもんはない。


日本人として日本で大きくなってしまった人間というのは、世界各国の人々がどう言おうと、身だけでなく、精神をあれでリセットしているんです。と私は強く思う。


インドで、お風呂のないつらい日々を送ったからこそ!言う(経験者は語る)。



2.ちゃんと出るお湯


つい今しがた、「風呂が必要」と書いたけれど、それどころじゃなかったんだった。

お湯、そう、お湯も満足に出なかったんじゃーーーーーっ。


わたくし、以前、エネルギー関連ニュースの翻訳やってたんす。

そこには、天然ガス&石炭産出国として、オーストラリアがしょっちゅう登場してた。

だから、オーストラリア=資源大国=ガスを外国から買わなくてもたっぷり!ってイメージ持ってた。


すかすながら、あんた、よく聞けよ。

メルボルンときたら、おめぇ、都市ガスもろくに普及してねぇーのよ!(つい言葉遣いが汚くなってしまい・・・)。


わたしね、びっくらこきましたのでございますよ。


ガス出まくってるくせして、実は自分ところでは電気で湯をわかしたり料理してるっていう状況のメルボルンって何?ってのが解せなくて。


どーやら、人口密度低すぎて、パイプラインとかそういうガスインフラ建設無理らしいのだね。


そりゃそうだね、あのでかい大陸の北西のあたりでガスとか採れたからって、大半のスーペースがだーれも住んでいない巨大な大陸を貫くパイプラインとか通して、ガス運んでたんじゃバカ高くつくだけだね。


こんな現実にブチあたり、勝手なイメージ持っててすんまそんでした。という気分でした。


ま、そんなんで、うちも古いタイプのフラットで非常によく見かける50リットルの電気式お湯タンクしかついてなかったんです。



これがどれくらい役に立たない量かというと、髪の毛と体を洗い終わる前に水になっちゃう!!くらい役に立たない量。インドの冬もこれで苦労したけど、まさかメルボルンでまたこれとは、想定外でしたねー(インドでは、電気式湯沸かし器が一般的なので、わたし、コレについては経験豊富)。


メルボルン、寒いのに。夏でも寒いのに。

大急ぎで洗っても、最後は極めて水に近いぬるま湯というか、冷たくない水、くらいにはなっちゃう。


まる一年、風呂どころか、髪の毛の中の方も満足に洗えないまま、暮らしました・・・。チーン。

シャワー浴び終わったときには、全身寒くて鳥肌。


髪の毛洗う日は体は洗わず、体洗う日は髪の毛は洗わず

今だから言っちゃうけど、冬ともなれば3日に一回くらいしかシャワーしてませんでしたー。


ね、生活の基盤が整っていないと、もうほんとうにどうでもよくなっちゃうんですよ。

かんっぜんに、どうでもよくなってました、いろいろ。


もう、不潔でもいいし、美容とかどうでもよくなって、そうなってくると、これはオトコには理解できるかどうか知りませんが、その他あらゆることがどうでもよくなり、一日ヒマなのに、時間を有効に使おう!みたいなヤル気すら、亡くしていくんですよ。


衣食住足りる、というのは本当に重要。




3.キッチンのガスコンロ


ガスでないと、料理がかなり難しい。

メルボルンでよく見かける、「鉄板が熱くなる」みたいな、超旧式のあれ(そのくせ、だいたい4つもついている)、無理。弱火にした5分後にやっと弱火になられても、その頃にはいろいろ焦げてるし。


都市ガスがあまり普及してないメルボルン。それでも、キッチンだけは一応ガス、とかいうところがだいたい半分弱くらい?はあるのです。


(それならなぜ、ついでに給湯システムもガスにしないのか、それはナゾ。給湯システムがガスのところは、本当に稀)。


だから、できれば引越し先は、ガスで料理可能な環境が欲しかった。



4.空気を外に排出する正しい換気扇(キッチン)



信じられないんだけど、メルボルンの古めのタイプの家の換気扇は、家の中にそのまま排気します。


意味がわからない、の真骨頂。


このタイプの換気扇使うと、頭の中が「怒りと理解のできなさ」祭りになりました。


どうやら、「べたつく油分や煙だけフィルターで吸い取って、あとは排気」というつもりらしいんだけれど、そんなフィルターは全く効果を発揮しておらず・・・・、ふっつーに95%くらいそのままの空気を排出。


「べたつく油分や煙だけフィルターで吸い取って、あとは排気」の名ばかりの理念が名ばかりであることの証明に、カリカリベーコンを一握り作ろうとしただけで、煙探知機がけたたましく鳴る始末


のちのち耳にしたところによると、あのタイプの換気扇は「使っちゃダメ」というのがメルボルンっ子の常識らしい。使うと、家中にその排気された空気が拡散するだけ。使わないほうがまだ、拡散しないだけいいんだそうだ・・・。


こういう換気扇のおかげで、狭いくせに絨毯敷き詰めの我が家は、布という布(ソファー、じゅうたん、カーテン、洋服etc...)にちゃくちゃくと臭いがこびりついていき、外出すると自分の服が食べ物くさいのが分かるほどになっていったのでした。


頼むよ換気扇くん、吸った空気は、お外に排出してくれ。



5.普通程度に寒くない暮らし



古いタイプのフラット、とにかく寒い。

レンガ造りとか、壁がコンクリートの家は、壁がひたすら体温を奪う感じです。


私、オーストラリアは資源大国、という勝手なイメージを持っていたからか、それとも、うすらデカい一戸建てが多いというイメージからか、「アメリカと同じような暮らしなんでしょ?」と勝手に思ってた。


つまり、セントラルヒーティングなんでしょ?と、疑ってもいなかった。


ところがセントラルヒーティングなんて、とんでもないっ。

メルボルンの寒さへの対処のショボさに、ド肝を抜かれた。


ろくな暖房器具のなければ、あったらゴミのような質か、アホみたいに高価か。

そして、連日ニュースにもなっている電気代のバカ高さっ。


おかげさまで、冬なんて家の中が11度とかでした。

それに追い討ちをかけるのが、お風呂や、あったかいシャワーのない暮らし・・。おかげで段々と冷えが身体に蓄積していき・・・・。


昨今の地球のことを考えるにつけ、セントラルヒーティングとまでは望みません。あれは確かに行きすぎだ。しかし・・・、


普通程度に寒くない暮らしを切に所望。

女の体、冷えは大敵ナンデス。


オーストラリア人の寒さなどへの鈍感ぶりが本当にイヤ・・・



6.洗濯機


アメリカなどでもそうだと思うけれど、洗濯機ってこっちでは、一人暮らし生活には普及していない。そもそも、日本みたいな一人暮らし用サイズの適当な洗濯機というもんがないのだね。やたらでかい洗濯機しか。


そのかわり、コインランドリーが日本に比べて、そこら中にある。もしくは、同じフラットの人共用のコインランドリーが、建物の一角にある。


うちは、ものすごく古いタイプのフラット共用コインランドリーが一台だけあった。しかし、生地はやぶれるわ、なぜか白っぽい粉がつくは、へんな臭いがつくはで、ひどい洗濯機だった。他の人も、わざわざ車で別のコインランドリーに通っているようであった。


おかげで、洗濯ライフめちゃくちゃ。なかなか思うように洗濯できない、弱い生地のものやおしゃれ着、黒いもの、白いもの、足拭きマット、そうきん、など仕分け洗いなんて不可能。という感じで、全体的にさっぱりしない生活に・・・・。


典型的な古いタイプのフラットでなければ、洗濯機置き場はまぁまぁある模様。ぜひ、自分の家に洗濯機が欲しかった。



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こんな感じでですね、家の契約終了を待ちに待って1年間、2011年7月から、私達は家探しを始めたのでありまーす。


しかし、家探しが超難航して・・・・・。

家探し顛末気を徐々にアップしていきまっす。



2011.12.14 / Top↑

この間の10月(2011年10月)に、やっと現在の住み心地のいい家に引っ越せたが、2010年10月にメルボルンに来てから一年間は、ひどかった。


私たちは約1年間、フグ(夫)がそれまで一人で住んでいた家に2人住んだのであるが。


それはメルボルンにたっくさんある、50-70年代くらいに建てられた古いタイプのフラット(メルボルン在住者なら、あああのタイプね、とお分かりになるであろう)の、ワンベッドルーム。セパレートキッチン。


それはそれは、それはそれは、私は不満たらたらだった。



日本人的価値観から見た場合のメルボルンの驚くべき暮らしにくさというか、暮らしのショボさもある。(世界一暮らしやすい都市とかいうあの西洋人的視点ランキング、日本人的ものさしは通用していない。ダマれ、西洋人)。


しかし、なんといっても独身男の、しかもインド出身の男の、「暮らしに必要不可欠」なものって、私にとっては絶望的。


私にとって生活に必要不可欠、スタンダード、最低ラインと思うものは何ひとつ、ちゃんと揃っていなかった。


「それすらないと、生活の基盤から揺らいで、何もやる気になれなくなるんです」と思うものが、彼にとっては、「発想したこともない、え、なにそれ?」くらい縁遠いものか、「まったく必要ではない、なぜ必要なのかも理解できない」物・事ばかりだった。



しかもそれらは、彼にとってはいまだに「あまりにアイツが言うからしょうがない買ったor 用意したけれど、それがなぜそんなに大事なのかオレにはさっぱりわからない」という状態のままなので、私はなんとなくアンリーズナブリー肩身が狭い。


すみません、こんなもの欲しがって、みたいな・・・立場になんとなく追いやられている気がいつもしている。


なんて不当な!!

たわけ!わしゃー、日本人なのじゃ~っ (心の叫び)。


そりゃ、私はこんなに不便なメルボルンの暮らしなんて比べ物にならないくらいド不便なインドで、何のバックアップもなく、ひどいビンボー生活してたさ。ああ、してた。


だけどインドについてはね、私、ちゃんとどこかで分かってたんです(当時のブログではネタにしていろいろ書いてたけど)。


・インドは先進国じゃなくて、かなりキョーレツな発展途上国で、


・そして誰に頼まれたわけでもなく私が好き好んで住むことに決めたのであって、


・そして、これは長い人生のなかではちょっとばかし長めのホリデーのようなものだから不便も楽しむくらいでいるべきなのであって、


・そして、あくまでもここは仮の住まいであり、いつかはちゃんとした国に帰って生活の基盤を整えて落ち着いた暮らしをするのだから文句はあまり言えない


って、わかってた。



幸せかどうか、っていうのは結局は心の持ちようによるって、本当だね。


つまりインド時代と違って、今回のメルボルン移住絡みの諸々の文句や不満は「これはホリデーではなく、たぶんずっとここに住んで、ここで本格的に私の人生を構築していかないといけないんだ」という漠然&巨大なプレッシャーから来ており、インド時代とは心の持ちようが最初から違うので、私の不機嫌は直りようがなかったのであーる。


ホリデーなら、どんな経験でも楽しめばいいよ。経験として。だけど、今回の場合は、何でも楽しもうとか言ってたらただのアホ、そんなの問題の先送りにしかなりません、て状況だったわけ。



私は、ガマンし難かった。


「こんな世界のド田舎で何すりゃいいんだよ、というか、とにかく、さみー!(メルボルンは年中寒い)」という感じで、毎日なんかイライラして、基本的に不幸だった。



さて、それで私が生活の基盤として最低限必要だったものとは・・・・次に続く。



2011.12.13 / Top↑

島流しだ。

これは、島流しにあったんだ、わたし。


よりにもよって、オーストラリア村の、字メルボルンに住むなどという事態に巻き込まれるなんて。

悪いけど、オイラ本当に興味なかったよ、この国だけは。


なんというのか、オーストラリアを人間に例えたら「でくのぼう」とか、「図体はでかいんだけど存在意義がいまいちピンとこない人」というか、「あ、あの人?あー、そういえばいるかもー。というか、何者なんだっけ?」的な・・、そんな薄らぼんやりとしたイメージくらいしか持ってなかった。


インドに勝手に住みに行ったのはいささかやり過ぎだったと思わなくもないが(なにせ、帰還までに4年も費やしてしまった)、世界中あらゆる場所に興味があって、行ってみたい場所を数えたらキリがない私でさえ、


オーストラリアはねー。オーストラリアはさぁー。オーストラリアはー。・・・。


最初から私の脳内マップにきれいさっぱりなかったのだよ。

ナポレオンの辞書に不可能という文字がなかったくらい、なかった。のだよ。


だけど、なぜかうっかり出会ってしまった現夫が、メルボルン在住だったせいで、こういうことになり・・。


そして、メルボルンにやってきて、一年以上が経つのだが、先に述べたオーストラリアに対する漠然と抱いていた勝手なイメージは、超勝手に抱いていたイメージにもかかわらず、変わっていない。



私が勝手に持っていた先入観、あたってたんじゃん・・・・。そんな感じ。


無味無臭。

もうちょっとなんとかならんのかね・・・・と思ってしまう、いろいろな意味での鈍さ?というか、ねむさというか、ぬるさ・・・。



思うに、やたら国土だけがデカすぎるのが間違いなのではなかろーかね。(←間違いって言われても困るだろうけど、言ってみた)。


人口はたったの2000万人くらいしかいないし、中途半端な「中心都市」がし4つとか(5つ?)くらいしかない小国のくせに、妙にでかい国土のせいで、なんか実質的サイズにふさわしくないイメージをあてがわれている気がする。


国土のサイズ(そして、そこに埋まっている天然資源の量)もほどほどなら、ただの普通の中小国のはずのくせにっ。メルボルンの都心(CBD)ときたら、新宿東口エリアくらいしかないんだもの、私、ズっこけちゃったわよ。


豪に来てからよく見かける売り文句が「南半球で一番ナントカカントカ」というフレーズ。

世界で一番じゃないんだよ、南半球かよ、おまいさん。いばることでもないに。

負け犬の遠吠え的で、アピールが逆効果だと思うんだけれど、豪生まれ豪育ちには、普通に効果があるのだろうか。


そんなメルボルンこんな私が住むことになったというのは、きっと島流しなのだと思うことにした。


ほら、なんでもかんでもうまくいくってことは、ありえないじゃない?

なんらかの修行をするためにこの世に生まれてきたって、よく言われるし。


わたしゃ、なにかきっとやらかして、「結婚と引き換えにオマエをオーストラリア送りにする」って神様に言われて、そんで、この顛末になったのだろう。


こうやって「神様のちょっとしたもてあそび」を持ち出さないといけないくらい、「私がオーストラリアに来る」という事態は、誰も想像だにしなかったことなのだよ~。




2011.12.13 / Top↑
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