国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

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----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

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2013年!

あけましておめでとうございまーーーす。

一日遅れだけど、日本はまだまだ正月だからいいじゃぁないですか。ねぇ。

こちらオーストラリアは、今日からめさくさ普通の日だけど。フグもさっそく会社に行きました。


インド時代4年間も、「年末年始はやっぱり日本に限るよなー・・・」と思いながら、インドの味気なーーい年末年始を過ごしたもんでした。

風情なんてへったくれもないし、年が明けた感がまるでない正月。一年中、宗教行事で休みばっかり取ってるインド人でさえ、年始は2日から普通に仕事してましたもんね。別にどうってことない日だから、インド人にとっては。

そんな4年を過ごし、よし、今後は日本で正月だ!!と帰国したはずが、なぜかその後オーストラリア送りの刑の処されたわたし。

カーーーーー・・・・・・、味気ないわ、今年の正月も。



昨日はテレビで世界中のカウントダウン花火の中継をひとつひとつ紹介されていたですね。

その中で日本のものだけが、騒がず、花火もあげず、静けさ漂うあの独特の年明けの様子がチラっとうつってました。たしか、浅草の。

わたし、あの日本の年末年始の雰囲気がことのほか好きです。

花火は日本人にとっては、あくまでもお盆周辺のもの。夏が終わるせつない気分で見るものですよね。

私は、日本なんてイヤとか今よりもずっと思っていた若い頃でも、「夏と年末年始だけは日本に限る」と思っていた。

それは今でも変わらず、夏と、年末年始と、浮世の儚さが胸に沁みるお盆の花火だけは、私の永遠の心の日本。


カウントダウン花火なんて、花火と言うよりは、バクハツによる火花っていうか。そんな感じにしか思えません。



つーか。


ところで、よく思うんだけど、なんで世界のほとんどの人って言うのは、セレブレーション=騒ぐなんでしょうかね?

それは年明けに限らず。

何かあれば、とにかく「ハメをはずす⇒騒ぐ⇒大騒ぎ⇒乱痴気騒ぎ」という図式。

サッカー⇒騒ぐ、オリンピック⇒騒ぐ 卒業⇒騒ぐ などなどなどなど。


私は、別にお堅い校長先生風に言っているんでもなく、石頭のナミヘイ的に言っているんでもなくてですね、


ただただ、単に、あの騒ぎについていけない。

人々はなぜそんなにも騒ぎたくなるのか、スキあらば騒ぐのか、素朴に不思議なんです。

私、そんなに簡単に悦に入れないですよ。

普段の日常生活で周りから放っておかれたら、そりゃ私だって寂しいんで誤解しないでいただきたいんですが、騒ぎの中で騒いでない私に関しては、ほんとうに放っておいて欲しい。

例えば、パーティーとか。

普段から仲がいい人とかと、普通モードでパーティーというか集まりするのは好きなんですけれど、知らない人などが大勢入り混じるパーティーとかで、宴がたけなわになってきた頃には、「端っこで座ってる」私をぜひ放っておいてほしいタイプです(というのも、宴がたけなわになる前はまだみんな普通モードなので別に大丈夫なんです)。

ぜひとも、ダンスとかに無理矢理引っ張って行こうとしないでほしい(必ずいるんです)。


と、各国のカウントダウン中継の様子をテレビで見ながら、騒ぎが苦手な私とフグ(この点だけは、思い切り共通している私たち)は、ド田舎町のモーテルでこっそりまったりシャンパン飲んでホっとしながら年を越しました。

そう、モーテル。

私たち、フグがインドから帰ったあと、すぐに国内小旅行に行ってました。

今回は、メルボルン⇒レイクスエントランス(Lakes Entrance)⇒コジウスコ山(Mt.Kosciuszko)⇒ウォードゥンガ(Wodonga)⇒メルボルン

という5泊コース。

最後のウォーゥドンガは、単なる中継地点で寄っただけなんですが、そんなどうでもいい田舎町(ほんとうにどうでもいいオ-ストラリアの典型的な田舎町だった・・・・・)の古びたモーテルで、2013年を迎えてしまったんであります。


小旅行の記事は気が向いたら書くけど・・・、気が向かなかったら書かない可能性も(笑)。


とりあえず、2013年もよろしくお願いしまーーーす!

今年の抱負は、

1.ヨガをサボりすぎない
2.とあるプロジェクトを軌道に乗せる(内容はナイショ)
3.願わくば、滑り込みセーフ妊娠をする

です。


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2013.01.02 / Top↑
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------実家の2階の部屋(昔は私の部屋だった)からの眺め---------



ってことで、ということなので、ですからなのでありまして、わたくし

20日間ほど日本に行ってまいりまーす!

ビザ受け取りに行ってきます。(詳しくは過去記事「ビザ、香る」(クリック)参照)


今回ばっかりは、ものすごく楽しみ!

だって、日本は今、夏まっさかり!


私はね、若かりし頃には一度は「日本なんて嫌い」とか思ったりしましたけれどね、その頃でさえ、「夏だけは日本に限る」って既に思っていました(いきなりトーク口調)。

それくらい、「日本の夏」が好き。
世界中どの場所のどの季節よりも、「日本の夏」が昔から好きだった。

まずあの風情!そして風情、そしてそして風情、とにかく風情!


それから、あの蒸し蒸しした空気。
私、なんといっても、湿度が好き!オールウェイズ  ギヴミー湿度。

そして、あの、うっそうとした緑。あくまでも緑。

それとね、どんなに天気が悪かろうと、さすがに「夏のくせに寒い」ということは、絶対にありえないっていう安心感と開放感!(ホッカイドーとかのことは知りませんっ)。

「夏」に裏切られることはぜーーーーーったいにない!

っていうことが、どれほど貴重なことか。

確固たる夏!覚悟の決まった夏!腹の据わった夏!
ちょっとしたことですぐ肌寒くなったりとかしない、あの潔さ!


見ろ、日本の夏は、誠実なのだ!
(例えばメルボルンの夏の不誠実さは、世界一不誠実でウソつきな男よりもタチが悪い)。



甘ったるい濃厚な熱帯夜の夜、

ちょっと寝苦しいけど網戸から時たまソワ~ッと若干涼しい風が入ってきて、

遠くからカエルの大合唱が聞こえてて、網戸のすぐ外あたりでは虫の声。

ガーゼの布団すらはいでようやくウトウト眠りにつき、

でも夜中に一度目が覚めると、汗グッショリ!

麦茶(そう、麦茶!)をかーっと1杯のんで、また眠りにつく・・・・
 
っていう、あの!!

あの、この世のものとは思えない満ち足りた世界!

うぉー~~

そう、網戸一枚で外と同じ空気の中で寝れるあの幸せ!


日本の夏以上の開放もしくは解放もしくは快方は、他にありませぬっ。

オレにとって。

プチウツも治るってもんよ。

(ちなみに、私の実家は千葉県北西部の典型的ベッドタウンにありますが、住宅地の一番端っこにあるので、うちの前は野原か農家。そして、その向こうには林がひろがっております)。


あー、つい興奮した。
息巻いた。

す・み・ま・せ・んっ。
ご・ざ・い・ま・せ・ん。
です。ます。なのでした。

あ、記事は予約投稿でなんとなーく更新もします。

でも、コメント等、なにかと普段よりはスローペースになるかと思いますが、よろしくです~。


2012.07.15 / Top↑
日本人ってほんとうに、ものすごく本当に、みんな忙しいよなー・・・と思う。

私は、去年10月に一ヶ月、この間の3月に一ヶ月、けっこう日本に帰っている。ビザやら結婚やらで、そうならざるをえず。

そして、また今月に一度帰る。ビザが下りそうだから(←詳しくはこの記事参照)。

するとけっこう会ったばっかりなのに、また友達を誘い出すのもどうなのだろうと、考えてしまう。

でもけっこう会ったばっかりだけど、今度の帰国で会わなかったら次の帰国は最低1年以上後だろうから、私としてはやっぱり会っておきたいなぁ、などと思う。


だけど、みなさんのあまりの忙しさを見ていると、「本当は迷惑か・・・なぁ・・・?」とも思ってしまう。


前回も、超多忙&超お疲れの合間をぬって、なんとか時間を作ってもらった(というかこの表現がすでに、忙しい人にお伺いをたてて時間を作って会ってもらう仕事のミーティングの取り付けみたい:笑)。

それはいつもヨガのお仲間だった数人のグループ。

だけど、みんながあまりに忙しくて、スケジュール調整も至難の業

ということで、メルボルンにいたんじゃ、一人一人とスケジュール調整の相談をするのもままならないってことで、その数人グループのうちの一人に、他の人のスケジュール調整などのやりとりをやってもらったほど。

私は「いつでもいいよー。みなさんに合わせまーす」であり、

一方のみんなは「水曜の夜の8時からか、次の月曜の夜しか空いてないんだけど、月曜の夜は空いてるといっても次の日早朝から出張だから、早く帰らないといけない。だから火曜の夜が一番いいです」みたいな情況の人ばかり。

綱渡り的スケジュール調整が必要な上に、ヨガのレッスンの日までがそこに加わるので、現役ヨガメンバーがみんなの間に立ってスケ調整しないと無理ってことで、そうなった。って、私以外に4人ですよ。

だけど実際にいつもの飲み屋で会ってバカ騒ぎながら、それはすごく楽しいんだけど、そのうちの一人なんか、普段からのお疲れがひどくて、笑いながらウトウトし始め・・。

とうとう途中で「ものすごく残念なんだけど、本当に最近ちょっと疲れててもうダメなの・・・ごめんよ、パナッタレ・・」とか言いながら、自分の分の金額をテーブルに置いて夢遊病者のようにフラフラしながら帰ってしまった。

彼女は、最近、会社が外食部門をたちあげ、その店舗開店業務の部長だか主任だかになってしまい、そこらへんの普通の男の中年サラリーマンも真っ青なほどの、激務の毎日を送っている様子。数ヶ月前より、そうとう痩せてもいた。

もう一人の友達は、もう数年来、いつ一緒に飲んでも最後にはウトウトし始める友達なんだけど(笑)、彼女は出版業界で働いており、毎月のうちの2週間くらいは、深夜帰宅しかしたことがないのだという。そのために、新宿のド真中に住んでいる。

もう一人は、売れっ子のファッションライターでものすごい稼いでいるけれど、やはり彼女も月のうち半分は昼夜のない生活。あの大地震のときにも家で仕事の締め切りに追われていたあまり、外界がそんな大変なことになっているとは知らず、人に「それで、今夜のミーティングの件ですが」と何事もなかったかのように電話して、大ヒンシュクを買ったという。

あとの一人は、やはりものすごく稼いでいるフォトグラファーだけど、最近おなじくフォトグラファーの彼と結婚が決まり、ちょっとホクホクだった。だけど、今度しばらく彼がニューヨークに行くだの、明日の撮影は新幹線でどこどこへ行くだの、聞いているだけでクラクラするほど目まぐるしい。

みんな、オーストラリア人の軽く5倍くらいの濃密度で生きている。

こんな私だって、インドから帰ってきてからの2年は、稼ぎはみんなの足元にも及ばないけれど、みんなのように忙しい日々を送っていた。わずかとはいえフリーランスの仕事をしながら、普通にフルタイム派遣で働きにも出ていて、そのうえ週3日もヨガに通っていた。

「朝早く家を出たら夜の11時か12時くらいまでは毎日、外にいる」くらい、1日がたっぷりあったから、そんなことができたのだろうか。たまーに夜8時とか9時に家にいると、「ひさしぶりにゆっくり」とか思う日々。

ヨガのあとはおなじみの定食屋によって、夜の11時くらいまでみんなと一緒にいつも夕飯を食べていた。あとどこにそんな時間が残っていたのかナゾだけれど、フグと毎日スカイプもしていたうえ、ちらほら来るフリーランスの方の仕事も一応片付けていたのである。

よく言われるように、時間ってやっぱり、伸び縮み可能なのかもしれない。

今なんて、あの頃の5%くらいのことしかしていないのに、毎日あ~っ!という間に寝る時間が来る。



そんなこんなで、私は現在、こんなにもヒマな人になってしまったが、みんなは本当に忙しい。

これは、年齢も関係あると思う。

私がインドにいた時代は、まだそこまでではなかった。

みんな、少しはスカイプに付き合ってくれたし、他愛のないメールもやりとりしたし、そこそこ自由な時間もありそうげだった。

だけど、こういう年齢にもなってくると、仕事中心タイプの友達は、仕事人生に油がのって、まさに働き盛りの世代に突入している。会社では管理職についてるし、フリーランスの人はひっぱりだこ。

「結婚したい、彼がほしい」と言い続けながら、あまりにも忙しくて、一度たりとも「結婚とか考えなきゃ」という問題に取り組む時間すらないようで、「結婚できて子供ができたら仕事なんてやめるよ」って言いながら、気づいたら子供がもうできないだろう年齢になってしまい、それならもう結婚だってあせる意味がなくなった、とか言っている友達もいる。

仕事関係だけではない。結婚もして仕事に生きていない友達だって、仕事を中心に生きていないだけであって、やっぱり適当なパートや派遣などの仕事はしている。

だから、他の友達も「乳飲み子抱えて、てんやわんやの妻」とか、「フルタイムで働きながら子育てもする母(出勤前に保育園に寄って会社に行き、会社帰りに保育園に寄って、ついでにスーパーでネギを買い・・みたいなあれ)とかばかりで、

結局、メルボルンなんぞでのらり暮らす私なんかとは5分のスカイプも付き合ってるヒマがない模様。

インド時代にはスカイプしまくっていた妹でさえ、乳飲み子抱えてビジネスもしている今となっては、スカイプは皆無。電話さえ月に一度くらい。

話せば「キミみたいにヒマじゃないんで」と言われる。

フェイスブックのおかげで、10年ぶりに消息が分かった大学時代のマブダチとも一度盛り上がったけれど、「幼児2人抱えて、フルタイムで勤務」の彼女が、わざわざ私と会う時間は作れそうもない。

彼女は関西にいるので、会うなら、「真中の名古屋」かもしくは、「私が京都まで出向く」かだ。だけど、彼女が名古屋まで来るのは無理そうだし、かといって後者案だと今度は、「わざわざ遠いところから来てもらうんだから、絶対に予定を守らなきゃ」ってなってしまう。そうするとやっぱり、無理感あるでしょ? 彼女の情況からすると、それはそうとうなプレッシャーになる。それくらい、毎日綱渡り的スケ調整で生きている。


みーんな本当に、普通に友達で、なにもヘンな気なんて使わなくていいはずの間柄ではあるんだけど

でもなー。


私、ウザい女とかになっていないか?

と、ちょっと考えちゃい中よ。
今度の帰国にあたって。どうやったら、負担かけずに誘えるか?とか。



友達なんだからさ、そんなこと考えなくっていいんじゃない?というか、それって本当に友達?って思う読者もいるかもしれないけど、


でも、日本人って実際、それくらい超多忙&超お疲れではないですかね?

日本じゃなくたって、フルタイムで働く忙しい人はたくさんいるけれど、夕方17時18時以降も毎日、外で目いっぱい忙しかったり、休日もろくにないとか、ダンナはもっと忙しいから子供をダンナに見てもらうなんてありえない、みたいなのは、やっぱ日本だよね~。

あとは結局、仕事か家庭いずれにせよ忙しいのが普通で、とにかく、友達とフラフラ会ってる場合じゃないって年代になってしまったんだろうなー、やっぱ。(そして人々は、子供が巣立ち、仕事もしなくなった60代くらいになって、また、茶飲み友達とほっつき歩くようになるのだね:笑)


私の人生に、忙しい日々はまた来るのかしらー?子供でも生まれたら。




2012.07.02 / Top↑
ツクッテマッテル

今回の一時帰国の時、この言葉を何度も耳にした。

日本では、なんの深い考えもなく発せられているこの言葉。しかし、私はこの言葉に妙に違和感を覚え始め、もしかしてこれって、なんかすごい言葉じゃないの?と思うようになった。

ツクッテマッテル。

作って、待ってる んですよ?(日本人なら全員、この言葉の主語や目的語は自動的にわかるはず)。

(妻は)(夕食を) 作って 待ってる


なぜ、私が違和感を覚えはじめたかというと、それは、私が夕食を作って待ってなんかいないからである:笑。

そして、なぜ今回、日本で妙にこの言葉をよく聞いたかというと、それはたぶん、私がついに「結婚」をしたからであろう。

しかも、現在、専業主婦という座(だってビザもとれてないし)に座っているからであろうな。

パナッタレさんもついに結婚をし、しかも専業主婦ときた。

そうすると、会う女会う女が、みんな「じゃぁ、パナッタレちゃん、夕食作って待ってるの?」とか、ものすごく
当たり前のような感じで、いとも簡単にこの、ツクッテマッテルを言うのである。

「あら、じゃぁ、夕食作って待ってるのね~」と、最初から決めつける人もいるし(その人の発想の中では、かくもそれが当たり前らしく)。


私にだって、分かってはいる。
みんなだって、このツクッテマッテルを「夕食作って、そして待っている」という文字通りの意味で言ってなんかいないことを。

ツクッテマッテルは、「夫が帰る前に夕食を作って、夫が帰ったらすぐに食べられる状態にしておく」感じの事態に対して、自動的に言うことになっている単なるフレーズで、本当に「待って」(そういう人もいなくはないだろうけれど)なんかいないことくらい。


しかしながらだ。

そうは分かっていても、自分が「作って待って」いないのに、いざこの言葉を言われるようになって、逆にこの言葉を文字通りの意味を考えてしまうようになったのである。


だって、フグが帰宅するまでに夕食を作って待ってなんかないんだから、「いや、作ってないし、待ってないないです」って思っちゃうでしょ。

すると自動的に、「この、マッテル」って何?すごくない?「女たるもの、結婚したら家庭に入り、夫が帰る前に夕食を作って、夫が帰ったらすぐに食べられる状態にしておくべき」的時代の香りがプンプンするわ、っていう思いにいざなわれるわけ。


考えたんだけど、「夫の三歩後ろとかを歩いたりなんかしなくなった現代」になっても、このツクッテマッテル・フレーズがすたれないのは、こういうことだと思う。

日本では、夫の帰りが遅いのが普通だ。
20時なんてかなり早い、21時もけっこう普通。あら、22時や23時だってけっこう普通よ。って感じではなかろーか、日本の夫って。終電までに帰ってきさえすれば恩の字よ、的な繁忙期だって、けっこう定期的にやってくる感じだろうし。

だから、「夫が帰る前に夕食を作って、夫が帰ったらすぐに食べられる状態にしておく」ことが主婦の仕事たるべきだのなんだの、っていう以前に、どう考えても、夫が帰る前には夕食はだいたい出来上がってしまう事態だ。さもなければ、家事が深夜にまで及んでしまう。

だから、「別にツクッテ、そして、まさかマッテとかいうわけではないけれど、まぁ、夫が帰ってくるまでには夕食は出来ているわよ」ってことで、このフレーズはそのまま使われているのだろう。しかし、「女は家庭に入る」時代には、もしかしたら、家庭に入った妻たちは本当に、ポッカリ空いたヒマな時間として「待って」いたのかもしれない・・・。

少なくとも彼女たちの頭には「妻たるもの、夫が帰る前に夕食を作って、夫が帰ったらすぐに食べられる状態にしておく」べきというのが、社会からインストールされていたんだろうな。


だってね、わたし、日本に帰るとみんなが「ツクッテマッテル」って言うんです、って書いたけど、やっぱり世代間でけっこう差があるの。

私の友達は、どちらかというと「じゃ、もしかしてツクッテマッテルとか、してるの~?」みたいな、冷やかし系で言ってくる人が多い。ツクッテマッテルというフレーズの毒にちゃんと気づいている。だから「専業主婦だなんて、そんな時間あったら、夕食ツクッテマッチャいかねないねー」という感じで言ったり。

ところが、世代が離れていくに連れて、いとも自然に「ツクッテマッテル」を使う人が多くなる。

そこにはやはり、「専業主婦なら、夫が帰宅するまえに夕食作るなんて、当たり前すぎて疑問にも思ったことない」的なある意味の無邪気さがあって、私はなんだかちょっと、引いてしまう。

まして、私より20才位以上も年上の世代だと、つっかかってくるくらいなんだもん。「え?作ってないの?じゃぁ、ご主人どうするの?」「じゃぁ、その間なにしてるの?」とか。(ちょっと何やってんのパナッタレちゃん、みたいなニュアンスで)。

知らんわ。

ちなみに、私が夕食を作って待ってなんかいないのは、単に、フグの帰宅がものすごく早い(日本ものさしで言うと)からであーる。

フグは毎日きっかり、きっかり、きーーーっかり、17時にオフィスを出る。家につくのは18時ちょっと前。
この1年で5回くらい「ちょっと遅くなるかも」と電話があったけれど、いずれも遅くなった時間は1時間弱であった・・・・。オーストラリアのサラリーマンって、こんな感じである。

しかも、フグは「夕食は20時半くらい」と決めている(インド人は寝る直前くらいに夕食を食べる。だから、これでも早いくらいらしい・・)。たまに19時などに夕食の用意が出来てしまうと、「まだ早い」とか言われるくらいだ。

私が、夕食を「作って待って」いるわけがないことが、おわかりいただるでしょ?

「夫が帰ったらすぐに食べられる状態にしておくべき」のような考えは私の世代にはすでにほとんどないし、逆に「夫が帰る前に妻が夕食を作るとかいうのに対する反抗意識だって、特にないくらいだ。

フグの帰りが遅ければ作っておくだろうし、でも自分が忙しければわざわざ作っておかないかもしれないし、今はフグの帰りがすごく早いんで作って待ってなどいませんけど、まぁ、その時その時に合わせてやっていけばいいんじゃないでしょうかね。

と、こんな感じである。


昔の頭のままのおばさんたちに「え?作ってないの?じゃぁ、ご主人どうするの?」などと、「それって、ダメじゃない?」という感じのニュアンスで言われるから、彼女たちに向かって「知らんわ!」と言いたくなるだけであって、私が夕食作って待ってない理由にはなんら他意はないんである。

ま、でも、とにかく、ツクッテマッテルっていう何気ない言葉には、いつぞの時代の日本の夫婦の関係性が垣間見られますよね。



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オマケ写真(インド料理はフグ担当。魚をブツ切り中)
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2012.04.26 / Top↑
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