国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

にほんブログ村 海外生活ブログ メルボルン情報へ ←ギブミー・ポチ


----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
まーた英語の話なんですけど、でも、よく考えると英語の話じゃないんです。

って、最初っから何言ってるのかよくわからないですが。




英語圏って、とにかくリアクションがオオゲサじゃないですか?

ウワーーオ!

アメイジング!

オーッマイゴー!

オーゥ、ザッツワーンダフォー!

ファンタースティーック!

などなどなどなどなどなどなど。

しかも、棒読みじゃなくて、こう、イントネーションやらなにやら、激しいじゃないですか。



あのね、私、英語ができるできない以前に、これがものすごく苦手なんですよ・・・。

そういうものなんだ、気にせず言えばいいんだ、文化なんだから、と分かっていても、やっぱりムリ。

だから、そういう意味でもうまく乗れないわけですよ、なんか会話に。英語力とは無関係なんです。
 
ファ~ビュラス!とか、マグニフィシャント!とか、とにかく、無意味に恥ずかしくってムリっす。そんなことをシャーシャーと言うなんて、 なんか、穴があったら入りたいというか、その場から一目散に逃げたいような気分にかられちゃうんです。



「スーパーと知人とばったり出会った」みたいな時も、実に適当なことを口から出まかせ的に言いつつ、おおげさに、必要の3倍くらいの元気さというか騒々しさで、お互い言い合ってキャッキャッ挨拶とかしてますよねぇ。

ただただ、単にそれができないんですよねーー、とにかく私・・・。

社交辞令的な派手なリアクションというのが。




と、そんなことを考えながらふと思い出したある思い出。

「気前のいい社交辞令的リアクションが必要な状況」が苦手な私に降って湧いた困った状況。



あれは10年くらい前、わたし、腰が痛くて痛くて鍼治療に何度か通ったんです。

その先生、とっても気さくで面白い先生で、鍼もうまくて、好きだったんですけれど。

でも、先生は目が見えないんです。

で、気さくで面白いのはいいんだけれど、ちょっと度を超して気さくで面白いというか・・・。

でね、ダジャレとかオヤジギャグが大好きだなわけです、先生は。

それで、何度目かの治療の時に、いつも流れているラジオで「ダジャレの時間」みたいな番組が始まったんですよ。

そしたら先生、「来た来た、ダジャレの時間~。ボクね、これを楽しみにしてるんですよーーー。はい、聞いて聞いて、面白いから!」って、異常に楽しそうでね、

で、ラジオから

「私、山で遭難(ソウナン)しちゃったんです!ソウナンですか!ウワーーーーハハハハハハハ!」みたいな、全然面白くないダジャレの連発が聞こえてきて、

先生がそれ聞いて、診察台叩きながら涙流す勢いで大笑いしてるわけ。

それで「ね!面白いでしょう~!ボク、ほんとにこの番組好きでねー!さ、はい、次聞いて!」って、同意を求めてくるわけです。

いやぁね、自分にとって面白くなくても、相手が面白いって無邪気に言ってきたらブスっとしてるわけにはいきませんよね。

だから、普通だったらだいたい「うん、まぁ、面白いですねぇ、クスッ」くらいの適当なリアクションを表情で伝えますよね。

だけどそういう場合、実際は面白くないんだから、声たてて笑うってことはないですよね。表情で伝えるくらいで事済みますよね。

まして私は昔から、社交辞令的リアクションというものが苦手なわけです(本当に面白いなら私だって、声だして笑いますよ)。



でもね・・・・

先生は目が見えないじゃないですか。

だから、表情などで「 クスクスッ。面白いですねぇ」 くらいなことを表現するというのができないわけです、こちらとしては。

あれは辛かった・・・・。

いまでも、我がリアクション不全でモジモジするとき、いつもこの時のことを思い出すんです。

私はね、がんばりましたよ。

しょうがないから、作り笑いで声出して「ハハハハハ」とか笑って、「なにこれー、ほんと~ハハハハっ!面白いですねぇ~!ソウナンですって・・・!ハハハハハ!」とかなんとか。

それ聞いて、先生喜んじゃって、ますます自分独自のとっておきダジャレも連発。

私、鍼刺されて寝ころんでいるというのに、連発されるダジャレにいちいち「フェイク声出し笑い(でも本当にウケているかのようにせねばならない)」続けなきゃいけなくって、

今でも思い出すくらい、タイヘンだったんです。

でもこの先生は鍼も腕がよくて、なぜどうやって目が見えなくなっちゃったのかとか、奥さんと出会って結婚したときの話とか、奥さんが怖いという話とか、いろいろあけっぴろげに楽しく話してくれて、好きだったので私もがんばったんですけどね。



と・・・・何言いたいのかよく分からなくなったんですが、こういう理由(リアクション機能不全)でも引き続き、英語な人々の輪にいまひとつ入れない気味な私です。


にほんブログ村 海外生活ブログ メルボルン情報へ ←ギブミー・ポチ






スポンサーサイト
2013.02.02 / Top↑
むかーし、まだインドに住みに行く前のころだからもう8年くらい前。

東京でせっせと通っていたヨガ教室に、ひょこっと一人だけ、インド人のR君がいた。

そのヨガ教室は、そんじょそこらの軽いノリのヨガ教室ではなく、めっさ濃いヨガ教室で、適当な気分で行ったり行かなかったりなんて態度は断固許されない教室だったので、メンバー同士も時が経つにつれて家族のような連帯感を持つようになる。

そんな中、一人だけR君がチョコンといるのは、かなーーーりR君にとってドギマギする環境だったに違いなかった。場所もマンションの一室だったので、狭い部屋にタンクトップ姿の女子(男のメンバーは非常に少なかった)がひしめくようにいる感じだったので、なおさら。

しかもみんな日本人ってシャイだから、悪気はまったくないけれども、あまりこちらからガイジンにしゃべりかけなかったりする。だからR君は浮いているといえば、かなり浮いていた。浮いたままだった。

英語が得意な人が必要なことだけ告げるけれど、歓談とかにはまるで混じっていなかったR君。

まぁ、いい年した下着のような姿の女子群に巻かれて、そうそう浮かずにいられる男なんて日本人だっていないとおもうけれど(笑)。 (レッスン中はブラジャーも禁止だった)。



そんなR君だったんだけど、なぜか辞めずに地道に来ていた。

やはりインド人だしガイジンだから、「浮いてるかも」とか「なかなか輪に入れない・・・」ってこともまったく気づいていないというか、気にしていなかったのかもしれない。

もしくは、ヨガだけが目的だったので、他のことは気にしてなかったのかもしれない。

もしくはガイジンさんにとっても甘いわれらが師匠が毎回「んまぁ~、Rちゃん(師匠はちゃん付けで呼んでいた:笑)」と言いながらとても気遣っていたのが効いていたのかもしれない。



しかしR君はR君で、大人の男(当時30才くらい)にはあるまじきシャイ加減だったのも事実。

日本語はかなりできるというウワサで、長いお話であったとしても師匠の言うことは、だいたい理解している模様だった。

しかしだ。

いざ、何かの機会に自分が日本語で何かをしゃべらなければいけない事態になると、まるでくすぐられている幼児みたいにウキャキャキャって感じで後ずさりしながら、顔を赤くして上目遣い笑ってごまかすだけなんである。

「なによ、Rくぅーん、しゃべれるんでしょ~?恥ずかしがっちゃって~。アハハハハ」なんて師匠がいじくって、私たちが周りでニコニコ笑ってても、ますます後ずさりして、ヘヘヘ・・・てな感じで顔赤くしてクニャクニャクニャ恥ずかしがっちゃう始末。

でも、はっきり質問すれば短くちゃんと答えてもいたので、やっぱり日本語は普通にできていた。

単に、日本語をみんなの前でしゃべるのが恥ずかしい(ほんとはけっこうしゃべれるくせに)、というだけだったらしい。


というのも。


R君には、「英語でしゃべると、全く別人。はっきりいってキレ者」というウワサがあったのだ。

確かにR君は実はエリートで、アメリカの会社から日本に配属され中という身分だった。しかも、かなり重要なポストらしく、住んでいたのはあの恵比寿ガーデンプレイスお買い物は成城石井のみ、みたいな。

いつでも、キシ!!と糊の効いたブランド物のワイシャツに(つまりシャツは逐一、クリーニング屋に出していた)、ピカピカに磨かれた高そうな靴を履いていた。

はっきりいって、ヨレたお疲れな日本のサラリーマンにあんなのはいない。見るからに、アメリカのエリート臭がプンプンしていた。


しかし、ヨガ教室にいる限りは、とてもとてもそんなエリートだとは思えず、むしろ「ちょっと頭が弱いんじゃないだろうか」疑惑がささやかれるほどで、まるで恥ずかしがり屋さんの幼稚園児のようだった。

ヨガ教室にいた帰国子女何人かだけが、「違うよ、R君ね、ほんとに会社ではスゴい人なのよ。英語だと、はっきりいってデキる人臭バリバリよ!」と言っていて、

私たちみんなは「えー、想像できないねー。ほんとなのーー?」と言っていたのである。



なんで今日、こんな記事を書いているかというとだけど、実は先日、およそ8年ぶり!にR君とフェイスブックで繋がったんである。

代々木のヨガ教室の日々のあとサンフランシスコに戻ったR君、今や、ITだか、コンサルタント会社だかの会社の社長となっていた・・・・。

CEOとして、ビジネスクラスで出張に飛び回るという日々のご様子。

やはり、すごいエリートだったのであーる。

R君の会社のホームページにも、「腕を組んで、やや下方から撮影された」いかにもアメリカのCEO風なR君の写真が出ていた。

そして、オクサンは日本人。R君似の2歳の女の子まで生まれていた。フェイスブックの写真の背景にチラチラ写っている家も、なんともお金持ち風。結婚式の写真も、エリート風だった。こう、出席者がどの人もこの人も、みーんないかにも偉そうな感じ。



そして・・・・今日のオチなんだが。


そうかーー、やっぱりR君はバリバリのエリートだったのだなー・・・と思いながらも、R君の常軌を逸したシャイぶり(オンリー@日本語環境)について思いを馳せていて、私はふいに気がついたのである。

それって、メルボルンでの私じゃん・・・・・。


いや、私は決してエリートではないけれど、まったくもってエリートではないけれど、でもオツムは普通だ。と思う。

だけど、周りのオージーたちは、きっと私に関して「ちょっと頭が弱いんじゃないだろうか」疑惑を抱くに違いない。


何かしゃべりかけると、なぜだかわからないけど薄ら笑いとかしながら後ずさりしてごまかす。やたら恥ずかしそうな決まり悪そうな顔をする。

しかし、英語がぜんぜんできないわけではないっぽい。

実は、ちゃんと英語で書いてあることなども読んでわかっているらしい。むしろ割と英語できているっぽい。

たしかに、はっきり何かを質問すれば、イエスとかノーとか言うし、単語くらいは言う。

しかし、もうちょっとしゃべろうとすると、また薄ら笑いを浮かべて、後ずさり気味にウヤムヤにするだけで終わってしまう。

だいぶ英語は分かっているらしいのに、なにこの子、ちょっと頭弱いのか?

日本ではちゃんと仕事していたらしいんだけどなぁ?



という感じに。

というか、まさに、そう見えていると思う。

R君の場合、たんに恥かしがり屋だっただけかもしれないけれど、私の場合、英文が分かる度と「聞き取る&しゃべる」度のギャップがありすぎることが原因で、R君現象を発症しているな、きっと私。

外国語というものを学んだことのないオージーたち、そして「察する」ということをしないオージーたちにとって、「英語が分かる度と「聞き取る&しゃべる」度のギャップ」という案件なんて、とうてい理解不能な領域である。



今日、確信した。

私はきっと、「ちょっと頭弱い人」に見えている@メルボルン。

なんてご愁傷様なわたしであろう。



にほんブログ村 海外生活ブログ メルボルン情報へ ←ギブミー・ポチ



2012.12.16 / Top↑
2週間以上もブログをごぶさたしてしまった・・・。

だって本当にPCが直らない。
 
あらゆることして、ITの仕事やってる詳しい人にも5時間くらいかけて見てもらって、ディスクのリカバリーとかも何度もやってもダメ。

ウィルスとかスパイウェアとかじゃないんです、これは絶対にウィンドウズの不具合。

パソコンのメンテで飯食ってる知人にも「ウィンドウズの何らかの不具合」というお墨付きをもらった。

だからといって、ウィンドウズ7を使ってるみんなにこの症状が出てるわけじゃないから困る。なんだろうね、運? でも、マイクロソフトは、こういう不具合ばかり起きる事で有名なんだそーですよ。

だいたい、まだ買って数ヶ月のPCなので、「自分のせいじゃなくて、ウィンドウズのなんらかの不具合のせい」だということがシロウトのわたし的にも分かるし。

普通に文字が打てなくなってしまったと同時に、ネットも異常なほど遅くなってしまい。
今だって、旧PC開いて書いてんですよ。


今週末、とうとう買った店に持っていく事になっているけれど。
   ↑  ↑ ↑
日本じゃないので、ここまで漕ぎ着けるのも一苦労!

サービスセンターに電話するとフィリピンのコールセンターにつながり、話が込み入ってくると、あたかも偶然切れちゃったかのようなフリして、故意に電話を切られること幾度となく。

あ、英語なので、電話してんのはもちろんフグ。 こういうことすら自分でできないのもまた、もどかしい。

「はやくPCの解決法見つけなきゃいけないんだから、お願い」と、何度も何度もフグを動かすことからはじめなければいけない。自分ならサクサクとやってしまえる細かい雑務を、自分のペースでできないどころか、人の世話にならなきゃいけないなんて。

それで物事が「保留」状態のまま、あっという間に、「明日、時間があったらやる(フグ発言)」が数日、数日が1週間、一週間が2週間くらいになる。そういう無為な時間の積み重ねのような気がする、外国暮らしって。

いつも、2週間とか2ヶ月とか、そんくらいの単位で何かが保留状態で、そのために何かにつけ「意味のない」無為な時間がダラダラ過ぎる。

そういうことをたまに愚痴っても、「何か好きなことしてればいいじゃん」と言われる。そんなに簡単で単純なことじゃないんじゃ!!!!!くそたわけ。


でも、前もって文章を考えて自分で電話かけるところまではできても、相手が言ってることがほとんど聞き取れないので、やっぱり自分ではできない。窓口に行っても同じ。言えても聞けない。特にこういうことは、なんとなく分かる程度じゃなくて、相手が言ってることがよく理解できないと意味ないし。


ああ、日本じゃない国って、外国語での暮らしって、面倒だわー。


保障期間内なんだけどさ、なんならもう、新品ととっかえてくんないのかな・・・?
これで中途半端にいじられて、治ったとか言われて返されたらどーしよう!(←いかにもありそう)。

そもそも、日本のトーシバなら、もうちょっとちゃんとカスタマーサービスすると思うんだよね。

オーストラリアのトーシバは、日本のトーシバとは一応は別会社かもしれないけど、日本のトーシバに文句言ったらどうなんだろう?無駄だだろうか?「こっちのトーシバじゃラチが明かないんです!トーシバ名乗った製品である以上、なんとかしてくれませんかね?」とか言って。

----------------------------------------------------------------


あ、おとといはAMEPの面接に行ってきました。レベル分けをする面接ってやつね。

AMEPは4レベルあって、一番下のレベルはABCも知らないような人たち用。でも、だからといって、一番レベルが高いクラスが「ペラペラレベル」かというと、そうではない。

AMEPはあくまでも「日常生活で英語に困らなくなるレベルまでなら、政府が面倒見てやろう」という趣旨だということなので、一番上のレベルでも、それほどのレベルではないということだ。というか、そのことが、ようやく分かった。

というのも、やらされた簡単なテストとかいうやつが、アホくさいほど簡単で・・・。

たとえば、「オーストラリアは、昔はイギリスから船で6週間かかりましたが、今は飛行機であっという間です」とかいう趣旨の短いくだらん英文を読まされて(ほんとうに簡単)、そのあとに、

「オーストラリアには昔は、何で行きましたか?」って、あまりにもヒネリのない質問聞かれて。

おまえ、船に決まってるだろう!そのまーんま書いてあるじゃないか。というか、ほんとうに中学生英語程度だった、まじで。


それで、「まぁ、あなたできるじゃない」って言われたんだけど、あんなテストもできない人って、日本人ではあまりいないのでは?教育もまともに受けられないとかいう状況の村とかから出てきたわけじゃないんだよっ!って言いたくなった。

というか、村から出てきたレベルじゃないけれど、でも、日常生活で英語で本当に困ってるんだ、と叫びそうになった。

で、言われた結果が「あなたは本当のところは、AMEPを受けられる資格がないレベルなんだけど、でも、永住権が取れるまではあなたにとって他に選択肢がないだろうから、あなたがそうしたいっていうなら、一番上のクラスに来てもいいけど、でも、本当はAMEP対象外」と!!!!

(というのも、永住権がとれるまでは、何か他に学びたい事があっても、高い学費をそのまま払わなければいけないのである。扱い的には「外国人留学生」となってしまうってこと。永住権がとれると、それから一定期間は、いろいろな学校がまた安く通えるのです)。


冗談じゃないよ。

ほんとうに、私は、日常生活で困ってるんだ。


一年半たっても、人々の会話がほとんど聞き取れないし、とっさには何も言えないし。文章を考えてから言わなければいけないし、文章を考えて言っても、返答が聞きとれないし。

だから、かなりカタコトの怪しい英語で、

「文法や語彙力がろくになくても、なぜかコミュニケーションができるタイプの英語ができない人ってたくさんいると思います。でも私はその逆のタイプで、基本の文法は一応知ってるし、語彙力もわりとあるんですが、まるでコミュニケーションができないんです。とても不思議なことに、この2年間、英語の映画やニュースを毎日見続けていますが、なぜだか、ある地点から聞きとり能力がまったく伸びないんです」

などと、いろいろ言った。

ま、典型的日本人ってことだね(笑)。


で、なんとか一番上のレベルに行っていいってことにはなったんだけど。

AMEPって、話に聞いていた以上に、「英語ができちゃうと通えない」らしいです。
しかも、できちゃうレベルが、とっても低い!

思うに、世界には「文法や語彙力がろくになくても、なぜかコミュニケーションができるタイプの英語ができない人」のほうが、日本人にありがちなタイプよりも圧倒的に多いんじゃないかと思う。ペラペラしゃべってるように見えても、よくよくチェックするとけっこうメチャクチャっていうタイプ。

で、日本人のように「ぜんぜんしゃべれないのに、落ち着いてイスに座ってテストさせると、なんだオマエ、できてるじゃないか」というタイプは、本当に少数派なのよ・・。

だから世界は、日本人系の「日常生活に困る」に対する理解がとても貧しい。


ま、とにかく、10月から通いまーす。

2012.08.30 / Top↑
ブログで何度かすでに言っているように、とうとう配偶者ビザが降りた。

自分の中では「セーフッ」って感じ。何がセーフって、もうちょっとで本格的なプチウツ引きこもりになるところだった。本格的なプチウツっていうのは、「ウツからの脱出」とか「引きこもり 国際結婚」とかいうフレーズをググッたりし始めるあたりです(笑)。

配偶者ビザが下りたといっても、実はまだ「やや暫定」という立場。これから2年間、無事にちゃんとホンモノの結婚生活をし、悪いこととかもぜずに生きれば「永住権」の申請資格が発生する。それで永住権を申請して下りれば、ようやくカンペキに安心となるわけ。

ま、でも、やや暫定といってもこれでもう、学校へ行く資格も働く資格も、医療受ける資格も得られたので、いいのだ。

あー、これでやっと社会生活に少しは参加できるようになるのねー。

これまでの生活、はっきりいって、「夫と二人で無人島に住みながら、昼間は夫が本土に仕事に行くので、私は島に一人ぼっち。ヨガのためにちょっと本土に行くけれど誰ともしゃべらない。他の人に会うのは数ヶ月に一度」って感じだったもんね。うん。

ってことで、フグの知人の妻がさっそくフグに「奥さん、やっと働けるようになるわねー」とか言ったらしいんだが、いや、それはまだ・・・。


その前に英語ですよ、英語。


あの記事でも書いたように、移民国家オーストラリアでは、配偶者ビザなどがとれると、510時間の英語の授業をタダで受けられるのだ。AMEP(Adult Migrant English Program 成人移民英語プログラム)ってやつ。


移民?移民っていうと、「私、移民なんかじゃありません。日本人だし、今後もずっと日本人だし、結婚によってなぜかこの国き来ちゃっただけなんで」とか言いたくなるんだけど、

えーと、私のような者だって、移民は移民らしい。

そうか、私、移民なんだ・・・。

学校時代の歴史の教科書とかから植えつけられたイメージからか(?)、日本語の「移民」って言葉って、なぜか私の頭の中では、「自分の国や生活がひどく困窮などして、風呂敷ひとつの荷物で新天地求めてきた人」っていう意味で居座っている・・・。



ま、そんな話は置いておいても、普段は文句ばっかり言わせていただいたいるオーストラリア、こういう制度はなかなかよろしいじゃないですかっ。

しかもこの英語の授業、ちゃんとお金を払って受けている人達もいるわけで、彼らが払っている金額はなんと、1時間12ドル40セントだとか。 ってことは単純計算でも、6324ドルする英語のコースがタダで受けられるってこと。これは、受けとくに限るよね。



AMEPの授業はAMES(AMEPの学校)のほか、大学や地区のコミュニティセンターもAMEP用英語コースを提供していたりする。

その中からメルボルン市内で、私が通えそうな場所をざっと挙げて見たら5校くらいあった(公共の交通機関が信用できないメルボルンでは、東京の感覚で「乗り換え多くなってもいいから、いい学校に行きたい♪」とか、おめでたい気分で選ぶと、ひどいことになる。通い易いロケーションはけっこう鍵)。


●コミュセン

コミュニティーセンター系はボツにした。

一応覗きに行ってみたけど、予想通り。難民っぽい人達(うちのあたりの場合、ほとんどがソマリア?とかエチオピア?とかから来たアフリカ人・・・)が、暗~く、じめっ、ウジャっといるというか。

メルボルンには、住民のほとんどがRefugee(難民)の人達とか生活保護を受けている人達などで占められている、すごく治安が悪そうな集合住宅(政府運営)というのが、そこかしこにあるんだけど、そのコロニーのど真中にあるんだもの、うちの近くのコミュニティセンター。周辺の雰囲気がすでに殺伐としてて、潤いがなくて、すさんでてヘンだし。

やめとく、そんなとこ。


●AMES

うちから通えるかな?というAMESが2件あり、そのうち1件は、シティにある。通うのがちょっと面倒だけど、毎日シティに出れるのは魅力だし、いろんな国(貧乏な国~たまには先進国)のいろんな情況の人(難民、妻、母国ではエリートetc)が来てそうなので、よさそうだなと思った。 やっぱり、いろんな国のいろんな人がいると楽しそう。


●大学など

でも、たぶん私は近くの大学が提供しているAMEP向けコースに行こうかと思う。

そこなら車で通う場所(車だとスムーズだか、公共交通機関だとひどく行きにくい場所)だから交通費かからないし、場所もまぁまぁ「使えるストリート」に近いし、大学だから雰囲気もすさんでなくて若者がたくさんいていい。



ってことで、その大学に2週間後にレベルを判定する面接に行ってくることになった。
 
学校通うの、たーのーしーみー(宿題もたくさん出る模様)。



ちょっと悔しかったのは、その大学のAMEP担当のおばちゃんがいささかおしゃべりすぎで(笑)、さっそく彼女に、「夫がインド人」であることがバレちゃったこと!


おばちゃん「結婚でこっちに来たのに、英語の練習がしたいなんて。御主人とは英語の練習にならないの?」

私「えーと。主人はオーストラリア国籍ではあるんですが、厳密にいうと、オリジナルは違う国の人でして」

おばちゃん「あらそうなのね、というか聞いちゃっていいかしら?どこの方?」

私「イ、インドです・・・」

おばちゃん「んまぁ!そんな日本人始めて!あらやだっ」とかいう具合に、ペラペラペラペラ、話があらぬ方向に行き、

「なぜ出会ったの?んまぁ、じゃ、あなたインドに住んでたってわけ!?(小さい声で→)あんなカオスな国、大変じゃないの?」などなど。。。(笑)、そのへんの話に15分くらいが割かれた・・・。

最後にも「日本人の女性とインド人のダンナって始めて聞いたわー。んまー」とか、やたらこだわれれ・・・・(笑)。


で、「あら、あなた、英語で会話できるじゃないのよ」って言われたんだけど、いやいや、私が発した言葉は「His passport is Australian」とか「He is Indian」とか、そんくらいで、あとはほっとんどおばちゃんが一人芝居みたいにしゃべってただけです。


別にいいんですがぁ、私、「夫がインド人」とかいうあたりの情報、どっちかっていうと最初は閉まっておきたいっていうかぁ(笑)。 いずれバレるのはいいんですが、最初からバレたくないっ!

まるで私が「インドな日本人です」って看板つけてるみたいじゃないのよっ。

私、その看板をはずしたくってはずしたくって、たまらないのに。

看板は普通に「日本人です」で行きたいです~・・。



とにかく!
まずは面接に行ってきまーす。


※パソコンは治ってましぇん。なので、旧パソコンを開いて文字を書き、それをメディアにコピーし、新パソを開いてペーストして書きましたわ・・・・(旧パソはネットに繋がらない)。

2012.08.16 / Top↑

------「英語という名の苦労 Q&A編」のつづき-----


しかし、「あとは能動的訓練だ」つったって、いったいどこでそんな訓練できるだろう?

ここでのちゃんとした社会生活、ないのに(そんなんでいいのか・・・?)。

ということで、とうとう、とうとう、とうとう!

私は、フグと英語で会話してみようという試みを開始したのである。


実はこの試み、これまでにも2回くらい試しずみなのだけど、さっさと失敗に終わったという過去がある。

あまりにも心地悪いのだ。

これは、英語が苦手でつっかえつっかえになってしまうから、心地悪いのではない。

ヒンディー語を話さない人には説明しがたいんだけれど、ヒンディー語って驚くほど日本感覚でしゃべれるのだ。

だから仮にヒンディー語から日本語に切り替えるというような試みだったら、たとえものすごくたどたどしくても、心地悪くはないと思う。

例えば、英語しゃべるカップルがドイツ語に切り替えるとか、もうちょっと語群ぐるーぷ的に遠くてもイタリア語やフランス語に切り替えるのだったら、やはりそこまで心地悪くはないのではと思う。

だけど・・・

奇跡的な感覚の似てさの日本語とヒンディー語の感覚から、英語の感覚に切り替えるのって、ああ、なんと説明すればよいのやら。

人格とかキャラ、まるとっかえする感じなのである。

具体的にいうと、

英語でフグにしゃべりかけた途端、自分がものすごく高飛車な女になったように感じる。もうね、超自己中で、他人は他人よ風な女になった感じがしてならない。

私、私、私が、的な。あなたがやりなさいよ、的な。あら、わたし、知らないわよそんなの的な。浅知恵かざしていばってるような女になった気分。



逆にフグに話しかけられても、英語だとなんかすっごい嫌な性格の夫に見える。

おまえに言われたかねーよ!とか、言いたくなる感じ(笑)。

かといって、「Could you ~」みたいな丁寧な表現使われても、今度は慇懃無礼(インギンブレイ)に感じるという始末。


そんなこんなで、フグも同じように感じるらしく、なかなか「英語に切り替える」案は難しくて、それまで築いたお互いの距離感まで変えなければならない感じになるので、スムーズにいかず、頓挫で終わっていた。


だけど、そんなこと言ってられないと思い始めたわけだ。

それとともに、フグとの夫婦関係も、一緒に住み始めたばかりの当初よりはずいぶん安定してきているので、ヘンな気がしても、心地悪くても、この際やるしかないと、ついに思ったわけだ。

夫との会話が心地悪くったって別にいいじゃん(新婚期間の終結:笑)、それより私の人生を救わなきゃ!みたいな感じね。


というのも・・・・

英語の国に住んでいて、しかっも今後もたぶんずっとここで暮らすって分かってまでいるのに、「私、英語しゃべれないんですーぅ」っていつまでも言ってる女がいたら、それってそうとうウザくないですか?

しかも、理由を問うてみたならば、「うちではヒンディー語しゃべってるから」って。

ウザっ。

この女って客観的に描写してみると、最悪なメルボルンの気候よりもイケてない。ウザすぎて、メルボルン中の全員ひくわ。


例えば、うちではフランス語しゃべってるから、っていうようなのとも大差あるよね。単にオサレなイメージから言ってるんじゃないよ。なんというのかね、国の存在感とか、先進国であるとかないとか、そういうのも関係するよね。

そこを、ヒンディー語ときた、この女。

わたし、はっきりいって、「メルボルンで暮らしてて、英語しゃべれないって言ってて、家で例えばスワヒリ語とかモンゴル語だけしゃべってる日本人女」がいたら、凍えるわ。 一目散に逃げるね。


それに気づいて、とうとう私は3週間くらい前から、フグとできるだけ英語でしゃべるようにし始めたのであーる。今度こそ、すぐに頓挫しないと自分に言い聞かせて。


しかし・・・・・・。トホホ・・


つづく


※ヒンディー語はいくら日本感覚でしゃべれるからといっても、言語グループは全然違います。ヒンディー語はなんと、英語やイタリア語やロシア語なんかと同じ印欧語族に属します。でも、けっこう遠い親戚。

じゃぁなぜ、それほど日本感覚でしゃべれるのかといえば、語順がほとんど同じだからだと思います。そして語順が同じだと、いろいろな表現や発想が、驚くほど似る。同じ感覚でしゃべれることになる。語順が同じ、だけではすまされない、いろいろなことが似てくる気がします。

でも学べば、なぜ印欧語族なのかも、なんとなくわかりますよ。動詞の活用とかね、「ああ、これが印欧語族グループに属するアレか・・」というのが。

ちなみにヒンディー語は記事に書いたとおり、日本感覚でしゃべれていいんですが、これまた驚くほど役に立たない言葉です。はっきり言って、しゃべれて損。大損こきまろです。ほんと、我ながら呆れる。これについては、また。




2012.06.12 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。