国際結婚により、これまでダントツ興味のなかった国オーストラリアのメルボルンにやってきて人生ごと座礁中。

こんぬづは、みなさん。

無味無臭なメルボルンにやってきて、人生が五里霧中なパナッタレです。

インド単身在住4年の日々を終え、無事に日本に帰還して落ち着いた人生を歩もうとしていたのですが・・・、おっとどっこい、その後にうっかり出会った現夫の住むオーストラリアのメルボルンに移住することになってしまいました。

やっと2012年7月、配偶者ビザが下りました。早くPRが欲しいです。


番外編としてインド時代の写真をたまにランダムに紹介しています。

ブログを通じた出会いを楽しみにしていますっ。

にほんブログ村 海外生活ブログ メルボルン情報へ ←ギブミー・ポチ


----*-----*----- ※インド時代にせっせと書いていたブログもオンライン空間のどこかに放置してあります。また、メルボルンに来た去年にもブログを立ち上げたんですが挫折したあげく、IDもパスワードも忘れてしまったまま放置・・。何が言いたいのかというと、「似た内容、どっかで読んだな。。」と思ったら、それ、たぶん私のインド時代ブログか、挫折したメルボルンブログです・・・・。あしからず~。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
■■ PHOTO で India ■■-------------------------------------------------------------------


先日の記事、「天国キーロン」で紹介したキーロンですが、キーロンに行くまでの道中について書いてなかった。

順番が逆ですんませんですね~。


あの記事にも書きましたが、キーロン村を中心とするラホールエリアに入るには、インド本土との間に横たわるロータン峠(Rohtang La、標高3978メートル)という峠を超えていきます。

この峠が文化的にも地勢的にもインド本土と「峠の向こうから始まる世界」を隔ててきたわけです。
 
デリーから行く場合は、まずマナリーという山間の町までバスで20時間ほど。マナリーは、クル渓谷の奥にある谷間の町で、標高1950メートル。インドのヒマラヤエリア奥地への旅の起点となる街のひとつです。

そして前述のロータン峠は、乗り合いジープなどで、このマナリーを奥にどんどん山を登って行くとあります。

しかし昨今、マナリーはすっかり人気の避暑地となっており、ロータン峠見物のインド人客が押し寄せるので、マナリーもロータン峠も、「なんでこんな山奥にまできて、渋滞や排気ガスに見舞われなければならんのじゃ」と思わずにはいわれない状況となっております。

ロータン峠たるや、ゴミを平気でポイ捨てして撒き散らしまくるインド人家族連れ観光客のツナミで、大変な惨状。「乗っかって写真を撮る」ためにいる馬たちも、かわいそうなくらいしなびてて・・。あたりは馬の糞や、ゴミだらけ。一応、富士山よりも高い場所なのに。

でも、家族連れなどのギャーギャー騒ぐ観光客が訪れるのは、このだいたいロータン峠までなのです。いわるゆインド文化も、このロータン峠まで。

この峠を超えたとたんに、ウソのような別世界がいきなり始まるわけですが。



今日はその、マナリーからロータン峠までの景色です。

山道で予想もしなかった渋滞に巻き込まれ、何時間も車に閉じ込められることになるので、ロータン峠をスムーズに超えたければ、マナリーをかなり早い早朝に出るべし。これポイント!


hi28.jpg 


すると・・・これから山肌の草場へ向かうお決まりのヤギや羊の群れに出くわしたりします。

目が光っているのは、カメラのフラッシュのせいと分かっていても、この写真、ロボットの大群みたいでこわいーーー。

 
hi27.jpg

私も、群れに加わってみたりとか。

さて、このあたりから、だんだん道は峠に向かって上り坂になります。

hi30.jpg 

それとともに、朝日に照らされる山が見え始めます。
これは、ジープの中から撮った写真。

hi29.jpg 

私はこの瞬間が好きで好きで好きで、好きで好きで好きで好きでたまりません。

「下界はまだ暗いけれど山は高いので、私たちの俗っぽい下界なんかお話にならないくらい高いので、一番最初に光に照らされるのです」

という瞬間。

高ければ、光はあたるのです、みなさん!!!
光があたらないのは、低いからなのです。 

なんて、崇高なんだろう。

こういう景色見ちゃうと、自分なんて虫ケラ。


この逆バージョンで、「下界はもう暗いけれど山は高いので、私たちの俗っぽい下界なんかお話にならないくらい高いので、一番最後まで光に照らされているのです」

という、夕暮れ時に輝く山も好きです。

最後の最後まで、てっぺんが金色に輝いているでしょ?山って。自分がいる下界はとっくにとっぷり暮れているのに。

私は、高校時代、山岳部でした。
山合宿の帰り道、電車の中から、山だけがまだ光ってるのを見ながら帰ったものよ。


hi31.jpg 

さらに登っていくと、雪が残る山も出てきます。

そんな道を、物資を運ぶトラックが行くのですねぇー。

hi32.jpg 

ダーバ(Dhaba)で、ちょっと休憩。

ダーバって、「食堂」って意味。
レストランとかカフェじゃなくて、あくまでも食堂とか茶屋みたいなのをダーバと言います。

そして、更にしばらく登って行くと、標高3978メートルのロータン峠に到着。

ロータン峠の適当な写真がなくて、スンマセン。


ちなみに、ロータン峠(Rohtang Pass)は、チベット方面の言葉ではロータン・ラ(Rohtang La)です。

このラ(La)ってのが、峠って意味なんですが、あの「シャングリラ」のラも、そのラなんですよ。

シャングリ・ラ。

シャングリラは、シャングリ峠なのです。


hi33.jpg 

これが、猥雑なロータン峠を超えてすぐくらいの場所からの景色です。

ここから先、別世界の始まり~。


※次は、ロータン峠を超えたところから、キーロン村までの道中を紹介しまーす。

--------------------------------------------------------------------------------------------

※このコーナーは、当ブログの番外コーナーです。
インド時代の写真を地味に紹介していています。
当時のブログや仕事で紹介した写真もたまに出てきますが、あしからず。

スポンサーサイト
2012.06.28 / Top↑
■■ PHOTO で India ■■-------------------------------------------------------------------

hi04.jpg 

これは、キーロン(Keylong)という村。

インドには、ヒマラヤがあります。
インドの北~北東には、ヒマラヤ山脈が横たわっているのです。

デリーに住んでいた時代は、ストレスたまってボロボロな気分になっていても、北に行けばヒマラヤがある・・・と思えばガマンできました。

そして毎年夏になると2~3週間くらい、ヒマラヤ地方に通っては、癒されていました。

6千~8千メートル級の山々だから、まさかアイゼンとか駆使して本格な「登山」とかしませんよ。でも、こういった小さな町だって、すでに標高は3千メートル超している。ちょっとハイキングするだけで、富士山登山くらいの運動量だったりします。


インドを引き上げて日本に帰ったあとも、美しい思い出として思い出すのは、やっぱりヒマラヤ。

飛行機でデリーに飛ぶと、デリー到着2時間位前から飛行機の右手前方にずーっとヒマラヤ山脈が見える。

日本に帰って1年ぶりにインドに行ったときには、運よく天気がよくて、運よく右側の窓席に座っていた私は、遠くに見えるヒマラヤを見ながら、涙涙涙、鼻水ビー。自分でも驚きました。


hi05.jpg 

インドのヒマラヤエリアといっても、実際はすごく横幅が広い。

カシミール地方、そしてラダック地方、ラホール地方&スピティ地方、キノール地方があり、それからヒンドゥーの四大聖地(チャールダーム)があるウッタランチャル州エリア、クマオン地方、標高世界第3位のカンチェンジュンガやダージリンのあたり、シッキム州あたりのエリア、間にはネパール・・・・・などなど、多彩。

私は旅行時代をふくめ、せっせせっせと6回の夏をまたいで山に通いつめ、紛争地域カシミール地方以外は全部回りました。

このキーロンはラホール(Lahaul)というエリアの中心となる町(村)です。村の標高は3080メートル。小走りで息がきれちゃいますよ。

ラホールエリアはインド本土側から見て、ラホール地方&スピティ地方というエリアへ入る際の玄関口となるエリアです。インド本土との間にロータン峠(Rohtang La、標高3978メートル)という峠があり、この峠が文化的にも地勢的にもインド本土と「峠の向こうから始まる世界」を隔ててきました。

ロータン峠の先は90年代までは外国人の立ち入りが禁じられていたため、ラホール地方とスピティ地方は観光的にはほぼ手付かずのままです(すくなくとも2006年当時)。

このエリアの特徴は、文化的にはインドのヒンドゥー文化とチベット文化圏の中間どころ。
人々の顔も、いわゆるインド人な濃い系顔と、チベット系の日本人的顔の中間。

自然は、インド本土側から見てロータン峠ひとつ手前のマナリーエリアに比べるとかなり乾いているけれど、しかし、ここよりさら奥のスピティ地方に比べると、まだ全然緑がある、といったところです。

人家やチベット僧院の建物などが見えないと、ヨーロッパアルプスのような景色に出会う場所でしたよ。

hi10.jpg 
村周囲を散策。

hi06.jpg
 

hi09.jpg
 
ヒマラヤ地方では、こういうトラックによく出会います。
物資を運ぶトラック。

冬になれば雪で道も封鎖され、物資を運ぶトラックの行き来もなくなり、完全な閉ざされた世界となります。

hi07.jpg
 
村のマーケット。

hi08.jpg
 
あんず(クルマーニ)を買って、宿までの歩きがてら、食べ歩き。

hi11.jpg
 
村の娘っこたち。
これは、6年前の写真だから、もう、ムスメさんになってるかなー??

ほら、顔だちがどっちつかずでしょ?濃くもなく、薄くもなく。

キーロンの村には、周囲の山の中腹にチベット・ゴンパ(僧院)があります。
これらゴンパまでは、けっこうハードなハイキング。

今度はそれらゴンパを紹介しまーす。


--------------------------------------------------------------------------------------------

※このコーナーは、当ブログの番外コーナーです。
インド時代の写真を地味に紹介していています。
当時のブログや仕事で紹介した写真もたまに出てきますが、あしからず。
2012.06.25 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。